第一章 報わぬ盾
「……来るぞ、衝撃に備えろ!」
リゲルの鋭い声が、朝霧の静寂を切り裂いた。
ドォォォォン!
轟音が鳴り響く。
シキシマ北端、最前線の第三隔壁が、悲鳴を上げて弾け飛んだ。
土煙を切り裂いて現れたのは、鉄の鎧を纏った7体のトロール。
4メートルを超える巨躯が地面を震わせ、領内へ殺意とともに雪崩れ込んでくる。
「トロール7体侵入確認! 装甲兵、楔形陣にて防御! アンタレス、魔導隊を急げ!」
銀の鎧に身を包んだ聖衛騎士団長リゲルは、剣を手に指揮を飛ばす。
装甲兵たちが盾を重ね、鉄の壁を築く。
直後、トロールの振るう巨大な棍棒が振り下ろされた。
火花が散り、衝撃波がリゲルの頬をかすめる。
盾を支える兵の一人が弾き飛ばされ、湿った地面に叩きつけられた。
「リゲル様、詠唱完了!」
副官アンタレスの叫び。
彼女の杖の先で、凝縮された魔力が紅蓮の渦を巻く。
「装甲兵、散開! 『ヘルファイア』放てッ!」
リゲルの号令と共に、アンタレスはローブの裾を翻しながら杖を高く掲げた。
彼女の髪とローブが炎の熱風に舞い上がり、魔道士たちの炎の奔流が一斉に炸裂する。
炎はトロールの鎧を溶かし、肉を焦がし、巨体を包み込んだ。
焼ける肉の臭いが鼻を突き、苦悶の咆哮が響き渡る。
7体のうち5体が黒煙を上げて崩れ落ち、残る2体は忌々しげに、城壁の穴へと逃げ帰った。
「2体逃亡…追撃を!」
叫ぶ兵士を、リゲルは片手で制した。
「ならん。我らは『専守防衛』に縛られている。領外への追撃は侵略とみなされる」
もどかしさを奥歯で噛み殺し、リゲルは崩れた壁を見上げた。
「今月だけで14回目か…。これじゃきりがない」
「戦死者は、この1週間だけで7名ですわ…。第三隔壁の民たちは、毎日のようにこの現実を見ているのに……」
アンタレスの呟きが、泥にまみれた戦場に虚しく響いた。
工兵たちが修復作業に追われる中、
安全な第二隔壁に住む市民たちが次第に集まって来る。
彼らから発せられる言葉は、称賛ではなく罵倒の嵐だった。
「また魔族を殺したのか! この野蛮人どもめ!」
「話し合えば分かるはずだ! 騎士団がいるから魔族も怒るんだ!」
リゲルは無言で剣を鞘に収め、深く頭を下げた。
背中に突き刺さる罵声は、もう慣れた痛みだった。
だが、心の奥底に刺さった棘は、もう抜けないほど深く、黒く膿んでいた。
第三隔壁の労働者たちは、震えながらその様子を見守る。
彼らは壁の外の脅威を知っている。だが、その感謝の囁きは、第二隔壁から降ってくる怒号にかき消されてしまっていた。




