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第五章:夜明けと未来

1.穏やかな目覚め

眩しい光と、血と土と怨嗟の匂いが入り混じった激しい戦いの記憶から、天野 巫女はゆっくりと意識を取り戻しました。

目を開けると、そこは知らない家のベッドの上でした。真っ白なシーツ、清潔で柔らかな布団。カーテンの隙間から差し込む朝の光は、暖かく、優しく、昨夜の惨劇がまるで遠い夢だったかのように錯覚させました。

「ここは…?」

山奥の寺や、都会の喧騒とは違う、静かで、安心感のある空間。巫女は体を起こそうとしましたが、全身が鉛のように重く、動かすことができませんでした。

そのとき、巫女の首元で、翡翠のペンダントが微かに輝いているのを感じました。昨夜、七色の光を放ち、大天使の涙を解放したペンダントは、今はその輝きを増した純白の輝きに戻っていました。怨念の痕跡は、どこにもありません。

ドアが静かに開き、巫女の質問に答えるように、懐かしい顔が揃って入ってきました。

「よう、やっと目が覚めたようじゃな」

長年お寺で巫女を支えてくれたおじいちゃんが、穏やかな笑顔で立っていました。その後ろには、少し顔色が悪く、疲労の色が濃いながらも元気そうな伊邪那岐 剣、そして、どこか茫然とした様子の伊邪那美 ハルカの姿がありました。

巫女は、安堵と混乱が入り混じった感情で、何度も言葉を詰まらせました。

「おじいちゃん、剣、ハルカ……私、私、昨夜の、あの、校庭で…」

おじいちゃんは、巫女の頭を優しく撫で、その言葉を遮りました。

「いい、いい。全ては剣から聞いたぞい。そして、今朝、お前が寝ている間に、わしと剣とで、お前の母親から受け継いだあの場所で、まもるの魂をしっかりと送り届けてきた」

巫女は涙が溢れるのを止められませんでした。父を失った剣は、どんな思いでそれを行ったのだろうか。しかし、おじいちゃんの言葉は続きました。

「よう頑張ったな、巫女よ。もう、何も心配することはない。すべては終わったんじゃ。今はゆっくり休むことじゃ」

2.解放された魂と人としての再生

ハルカが、静かに巫女のベッドの脇に近づいてきました。彼女の顔には、もう以前のような冷たい憎悪や、遠い怨念の影はありませんでした。ただ、ごく普通の、不安げな十代の少女の表情が浮かんでいます。

「巫女ちゃん……」ハルカが、はにかむように口を開きました。「私、あまり最近の記憶がなくて、何があったのかもよくわからないの。ただ、すごく深い眠りから覚めたような気がして…」

そう言ったハルカの首元の翡翠のペンダントは、以前の禍々しい黒い渦ではなく、巫女のペンダントと同じように、清らかに白く輝いていました。伊邪那美の怨念は、巫女の矢と、イザナギの愛の言葉によって、完全に浄化され、魂は黄泉の道へと送られたのです。ハルカは、ただの伊邪那美 ハルカとして、再生したのです。

剣が、深く息を吐き、巫女の目を見ました。彼の瞳には、千年の宿命から解放された安堵と、父を失った悲しみが入り混じっていました。

「ハルカは、大丈夫だ。怨念は消えた。ただ、怨念が支配していた期間の記憶だけが、彼女にはない」

剣の言葉に、巫女の心は静かに満たされていきました。神話の宿命は、彼らを縛るものではなくなりました。

3.守り人の新たな誓い

剣は、ベッドの脇に座り、巫女の手を優しく握りました。

「巫女、本当にありがとう。お前の歌が、俺たち全員を救ってくれた。父さんも、きっと報われただろう」

そして、剣はハルカの方へ視線を向け、穏やかな笑顔を向けました。

「父さんや先祖の思い、そしてイザナギの魂の言葉は、もう俺を縛るものではない。俺はもう、守り人の使命だけを背負う存在じゃない。ただの伊邪那岐 剣として生きる」

剣は、再び巫女を見つめ、深呼吸しました。

「俺は、守り人としての使命とは別に、ハルカと共に生きていこうと思う」

巫女の頭の中で、壮大な神話の結末と、普通の高校生の恋の決着が、激しく衝突しました。

「へ?……へ?」

巫女は混乱し、何度も瞬きをしました。

「え?ということは、剣の運命の人は、ハルカちゃん?へ? 私の運命の人は??」

「運命の人?」剣は首を傾げました。

巫女は立ち上がりそうになりながら、まくし立てました。

「だって!送り人と守り人は、引き合う運命なんだよね?私、剣と再会した時、キュンキュンしたし、ペンダントもチクリって反応したし、あれは、運命の再会なんじゃなかったの!?」

剣は、その問いに、少し照れくさそうに、しかし真剣に答えました。

「あの時、お前の歌が、俺の内に眠っていた**『守り人の力』を呼び起こしたんだ。俺のペンダントは、『送り人』の存在を感知して反応した。それは運命だ。だが、それは使命の引力**であって、恋の引力とは限らないだろう」

剣は静かに続けます。

「俺は、ハルカの中にいたイザナミの怨念を、自ら抱きしめた。その時、イザナギの魂が彼女に謝罪し、そして俺自身の魂が、彼女の中に残った人間のハルカの悲しみを感じたんだ。俺は、守り人として、彼女の魂を解放した責任がある。そして、ただ一人の人間として、彼女を孤独にしないという誓いを立てたんだ」

剣はハルカの手に優しく触れました。ハルカは、記憶がなくとも、その優しさに安らぎを感じるように、剣に寄り添いました。

「これが、俺の選んだ、新たな**『守り人』の道**だ」

4.送り人の新たな出発

巫女は、その言葉を聞き、膝から崩れ落ちそうになりました。壮大な戦いを終えて、世界は救われた。しかし、恋の運命は、彼女の予想とは全く違う方向に転がったのです。

「うそでしょ……世界を救ったのに……私の運命の人はどこ…」

おじいちゃんは、そんな巫女を見て、楽しそうに笑いました。

「ホッホッホ。巫女の人生はまだまだ先が長いんじゃから、いずれ現れるじゃろて」

おじいちゃんは、お茶をすすりながら、穏やかに言いました。

「送り人という役割は、決して**『守り人』と結ばれなければならないという宿命ではないんじゃ。お前は、全ての人々の悲しみや喜びを歌うことができる。そして、誰にも言えない『最後の別れ』**を届けることができる。それは、世界で最も優しい力じゃ」

「そしてな、守の魂は、お前のおかげで安らかに逝けた。だが、守は言っておった。『私が築いたこの高校の石碑や建物は、私が守り人として残せる最後の結界じゃ』と。お前も剣もハルカも、あそこで安心して学んで、普通に生きるんじゃ」

巫女は、深いため息とともに、再び布団に潜り込みました。世界を救った壮大な戦いの後、彼女に訪れたのは、運命の人がまだ見つからないという、ごく普通の高校一年生(春休みが明ける)の、ちょっと切ない現実でした。

「まさか、**『送り人』の運命の人が、『ラーメン屋の店主』**とかだったら、どうしよう……」

おじいちゃんは、巫女の冗談に、「ホッホッホ」と大笑いしました。

巫女の首元で輝くペンダントは、静かに、そして暖かく光っていました。彼女の**「送り人」としての旅**は終わっていません。これからは、愛と許しの力を武器に、人々が背負う悲しみを癒し、導いていくのです。

夜明けが訪れ、神話の時代は終わりました。巫女の物語は、ここから、新しい「愛」と「運命」の物語として、始まっていくのでした。

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