空中戦
突如として空中にその巨大な本体を露わにした空中の要塞城。何がそこにいて、何をしたいのか目的は明確にわかりはしないがタージェやギアの心の内はあまりよい方向に動かなかった。それは目の前の惨劇が物語っており、果敢にその何と解らぬ物体に挑んだ北の反乱軍は完膚なきまでに叩きのめされた。その結果、主要な空母や大型戦艦は全て大破し海底深くに沈没してしまいそれを目の当たりにしたギアや他のメンバーも危機感を強めていく。
「ギア……」
「あれは内陸に上げてはいけませんね。それにレイからアレンと三人を北西の火山群島に派遣したと報告もありましたし」
「なら、ルナが危ないな」
「私は空から行きます」
「宙慧! 一人では…………。ギア頼む!」
「御意」
その他にもそのエリアではルミとゼシ、シェイドが動いていた。大きな鉞を担いだルミが海岸線の島を睨みつけている。準備が整うのを待ちシェイドは周りの部下に退避命令を各部隊に告げるように命令し本城に帰らせていく。ここに分隊を置いておくとどんな被害が出るか解らないからだ。本隊の護衛と殿も兼ねており深刻だということは解る。
「ルミ! 行けるぞ!」
「はい! いっくよぉ!」
「絶対に無理はしないでくれ! 氷柱!」
ゼシが力を込め海面から細い突起を突き出していく。その突起は言うまでもなくルミの足場だ。ルミは人間離れした跳躍などの身体能力がずば抜けていたのだ。物理的な法則を無視した彼女の跳躍力でどんどん空高くに上がって行く。途中で空中の城が張るバリアのような光の壁に阻まれ砕こうと鉞を打ちつけるがビクともしない。その内に北の反乱軍が所有する小型の戦艦の流れ弾が次々に彼女の足場を奪っていき遂にその足場も倒れてしまった。
「全く……後先考えないやつだ」
「ありがとう。チュッ!」
「……」
「照れてるぅ」
「……」
空中で抱きかかえられてその抱きかかえた相手にいじられているのはシェイド……。まっすぐで冗談の効かないシェイドは真に受けるので反応は面白いが動きからはそんな和やかな空気は見とれない。空中にある崩れた氷塊の破片を足場に陸に着地する。この二人は並みの将兵とは格が違うのだ。身体能力、洞察力はコマンド級でこの二人の力は相当ギルドに貢献しているのである。
「粘るな小僧」
「ルナを解放しろ!」
「ふん、翼のない人など道具として使えばそれでいいのだ。貴様等のように低能で戦闘もろくにできん雑魚と我ら天の采配により大いなる既知と肉体を得た者は違うのだ」
「……お前等に何があったか知らないが、僕には解る。ここであなたは死ぬんだ」
「ほお、この期に及んでよくそんな口がきけたな。確かに銃や魔法は当たっておらんが……多勢に無勢だとは思わんのか」
空中要塞の内部ではルナ以外の三人がそれぞれのスタイルで敵を倒していた。しかし、敵の言うこともまた正しく完全に制圧するなど到底不可能なのが事実で三人は疲労に苛まれている。デルは一人遺跡の内部で剣を構えて対峙しアレンは派手に遺跡を破壊しながら外部で激戦をしている。ヴィヴィアは怪我の関係からあまり万全ではないが森を上手く活用し敵をトラップにはめて次々に倒していく。
「レイさんに習っておいた剣術が役にたつとはな! ハァァァ!!」
破壊力は抜群である。遺跡が砕け島が揺れているのに下にいるタージェと上の二人は気づいていた。ただ、バリアが厚くギアですら破れないようす……。彼らがその結界を破ることができなければ攻撃の観点ではここに破ることのできる者はいない。
「ギアさん! 無理です!」
「そのようだな! どうやれば……」
「星魔法の結界は覇王か魔王のような特別な力のある人間にしか破れないのです」
「修羅かレイ待ちだな……急いでくれ、二人とも」
その修羅は恐るべき方法で海を越えようとしていた。あまりに大きなリスクを伴うため聖刃が反対するのも頷ける。しかし、日光、月光の姉妹ですらその堂々たる言葉に飲まれ最終的にはその方法で海を越えることになった。オーシャと赤額は二人の最高速度で各々ギルドの城に到着し城外警備のリーンとライムズがその受け答えをしている。
「ギルド。ホーリ・プリセクトの方ですかい? 俺は赤額。魔王修羅様の使いで書状を届けに参上した」
「有翼人……。書状? 確かに修羅の草書や。うちには読めへんけど城に急ぎや!」
「合点承知の助!」
オーシャはライムズのパートナーの光狼と共に城に走る。途中でリーン赤額とも合流し二人揃って前門内部に通されレイに謁見しているようだ。オーシャは以前の経験から少し警戒心が強く出て体が強張っていたがマナを見てすぐにそのこわばりも治まった。
「手前は大陸、サンドウィンドゥにて魔王様より命を受け書状を侍り参りました」
「ふふふ、そっちの女の子も楽にして。レイもその方が楽みたいだし」
「赤額……だったかな? 君も楽にしてくれ。大方の内容は理解した。この手紙から読むと君もそこのオーシャもこのギルドに入隊するらしいからゆっくり休むといい。修羅が到着したら北西の空中城に向かうように伝えてくれ。俺は……やることができた」
「レイ……まさか」
「ファンさん。その……まさかを受けるために行きます。古代文明には古代の力で対するのが一番効果的です」
「そうか……。お前も遂に」
「はい、『覇王』の本当の意味を理解しました。マナ……行こう」
「う、うん」
オーシャと赤額は何のことかさっぱり分からず顔を見合わせているその最中にリーンが謁見の間に飛び込みそこにいた皆が窓に詰め寄った。そして、レイがマナを抱き上げ窓から飛び降り前門を飛び越えた。
「レイ! そ、空から! 空から!」
「リーン! 何が何だか……」
「とにかく! 窓の外から見い!」
それは修羅の行った背筋の凍るような方法の結果だった。空中に浮いている小型の攻撃艦がこちらに向かって飛んできている。本来なら空を守っているクリードとダークネスは空中城の方向に向かって攻撃にいってしまいその軌道を変えることは誰にもできない。
「修羅! そんな無謀な方法で……」
「今は一秒でも時間が惜しいんだ! 急がねばいつあの城がどんな攻撃をしてくるかしれん! 俺の力を使えばこの距離は何とか超えることができる。急がねば……」
「義兄上……ここは姉様の方法で行きましょう」
「月光ちゃん。私もそれがいいと思う。義兄上はよく言ってましたよね。自らを粉にせねば誰も守れず救えない……と。今がその時です」
「俺も賛成です」
「雷軌どのに同じ。方向と最後のクッションは俺に任せてください」
「……仕方ありませんね。気は進みませんが……その策で行きましょう」
修羅が行う作戦は彼女の力を凝縮しそれを任意の時間、場所で爆発させその力で進もうというのだ。最初のかじ取りは聖刃が務める。その間、雷軌は内部で二人を守る体勢をとり続けていた。風崖は先の進言どおり形態変化をした状態で船の甲板に立ち風の魔法を使い船が空中に浮いた時の制御を担当するという。
「準備はいいか? あと数分だぞ」
「舵は大丈夫です」
「修羅様。魔法の安定化は完了、いつでも行けます」
「姉様! こちらも問題ありません!」
「三! 二! 一! 行くぞ!」
爆発は恐ろしく巨大な物となり波の波長が崩れ巨大なうねりを作って船を押し上げる。爆発し船の推進が始まって数秒間は水面についていた船底はその後空中に浮き聖刃が舵を握る中風崖と息を合わせてまっすぐに操作している。内部は雷軌が何とか日光と月光の二人を無傷で守りきりその後に備えている。
「見えたぞ! あれが覇王城だ!」
「なんと雄大な……あそこであれば覇王がいるというのはうなずけます」
「ん? 覇王……何をする気だ?」
レイは修羅の動きに合わせ彼の覇気と呼ばれる魔力に近い何かを発し城の近くにそのまま落ちようとしている船体を受け止めにかかったのだ。いうまでも無く彼の力だけでは足りず完全にショックを吸収するまでに至らずマナが付き添う。その彼女の魔法を用い結果的にもギリギリという感覚で船は地面に落ち半壊状態で爆破をせずにその場に停止した。
「助かった……覇王」
「お帰り。修羅ちゃん」
「覇王妃よ……その呼び方はよしてくれ」
「よく帰ってきてくれた。さっそくで悪いが……」
「解っている。聖刃、すぐにでも行くぞ」
「解っています。ですが、その前に……覇王殿これから妹達ともどもよろしくお願いします」
「あぁ、聖皇殿だな。こちらこそよろしく頼む。修羅と共に行ってくれるか?」
「えぇ、我が妻を守らぬ夫がどこにいようか」
「修羅ちゃん……おめでとう!」
「聖刃……気が早いぞ。まだ、夫婦ではないであろう」
修羅と聖刃が発つのと同時にレイとマナもすぐに中央大陸の中心にある大きな森林に脚を進めて行った。その頃、一人の女性がとても厚い結界を突き破り中に一人きりで突入した。ギアも同じような方法で突入を試みたが全く……傷を付けることすらできない。突き破ったのは……そう、宙慧だ。
「待ってなさい……。月……今、母が助けに行きます」
内部で奮闘中のデルはやはり多勢に無勢のようだった。多くのカイザーの命を彼も奪ったが最終的には彼と戦った老練の魔術師によって吹き飛ばされてしまう。遺跡の壁を破壊しつつ外に身を横たえることになったのだ。残りの二人は以前として森と遺跡の密集するエリアで大きく体を張っている。
「ぐふっ! ……こ、こんなところで」
「デル? デルではないですか……。大丈夫ですか?」
「は、はい。剣で直撃は避けました。宙慧さんこそどうやって」
「それは……ゴフッ! もう時間がありません。早く娘の……月の元へ」
「宙慧さん!」
「急がなくては……こんな体なんかのせいで」
「無理です! そんな状態で戦ったりしたらそれこそ死んでしまいます!」
「もう、いいのです。最後に娘の未来につなぐことができるなら」
デルの肩を借りて遺跡の内部に脚を踏み入れる。そして、内部でもルナが抵抗しようともがくが全く意味を為さない。
「うぅ……。こんな結界くらい!」
「無駄だ。その結界はこの古代文明の残した生きている空中要塞のものだ。貴様はいずれ魔力を食いつくされ死ぬだろう。だが、地面に這いつくばることしか脳のないやつらを皆殺しにする程度なら……問題なかろう」
「そ、そんなことさせないんだから! 今にデルが助けてくれる!」
「ふん、あの小僧なら今ので死んだだろう。あのような吹き飛ばされ方をしたのだからな」
修羅と聖刃が下に到着しそちらの人張りも何とか始まった。上に登るのは修羅一人で残りはみな、先ほどから始まった太いレーザーへの対処だった。
「ほう、修羅。お前も結婚するのか」
「い、今はそんな……」
「修羅ちゃんおめでとう!」
「めでたいな……」
「そんなことより人張りを急がねば!」
「そうだな。俺があらかた決めておいた。修羅はギアと共に内部に入ってくれ。俺とゼシであれの進撃を抑える残りは砲弾をはじき返してくれ」
『了解!』
城ではかなり不安が募っていた。大方の人員が抜け不安な上にファンが産気づいてしまい城内はてんやわんやなのだ。唯一産婆さんのように働ける六弥という阿蘇の奥方の従者が付き添いずっと付き添っていた。
「ほら! 頑張ってください! 吸って! 吐いて! 吸って! 吐いて……そう、頑張って! もう少しですよ!」
再び空中城に戻り遺跡内部でのことに目を向けよう。島が動き出しそれを強力な二人の魔法で何とか抑えている。シドが岩と土で作った巨人で島の最下部を抑え先に進めないようにしゼシが同じく最下部を海面で凍結させ動かさないように固定しているのだ。それでもじりじりとその空中城は先に進んでいく。それ以外の聖刃、ルミ、シェイドはいきなり始まった砲撃の対処をしている。ルミははじき返し聖刃は能力で背中に翼を出して空中で弾道を変えたり切り落とす。シェイドは魔法に近い忍術と呼ばれる技で弾の速度を一定時間一定範囲をスローモーションのようにし彼も切り落としている。
「全く! これは厳しいですね!」
「うん! でも、守るには仕方ないよね!」
「いうまでも無い!」
「無駄口叩くな! こっちも難しいんだぞ!」
「修羅……持久戦に持ち込まれればこちらが負けるのは解りきっている急いでくれ!」
空中で修羅が薙ぎ払い槍を一振りし内部に侵入したギアと修羅。外にはたくさんのカイザーが飛んでおり彼らに向かって迎撃をを始めている。ギアは銃弾を受けても全く動じずに突っ込み修羅は一度高く飛び上がってから島の中央に着地した。そこからはまさに鬼神と魔王の恐ろしいまでの進撃を見せ遂にギアはアレンと修羅はヴィヴィアと合流し各々が加勢を始める。
「大丈夫か! アレン!」
「ギアさん! 俺は問題ないです! それよりヴィヴィアとデルが心配だ!」
「ヴィヴィアは修羅が向かったようだ。宙慧は?」
「おそらくデルといっしょでしょう。デルは遺跡の内部でルナを助けようと奮闘してます!」
ヴィヴィアは絶体絶命の状態を修羅に救われ何とかその状態を乗り切った。怪我の事といつの間にやら集まった近距離戦闘に特化したカイザー達に囲まれ身動きが取れなかったのだ。そんな最中に修羅の薙ぎ払い槍が猛威をふるい敵は一瞬で多くの味方を失ったことになる。最終的に生き残りは数人で彼女らはすぐにその場から未だに遺跡を崩しながら戦う二人の元に向かっていた。
「助かったわ……ありがとう」
「礼には及ばん。それより行くぞ」
「えぇ」
内部では老練のカイザーのみが生き残り宙慧の容赦なくすさまじい攻撃を何とかしのいでいる形だった。しかし、その宙慧も先にいっていたように身体が限界を超えており既に呼吸すらままならずいきなり崩れ落ちて立てない様子だ。それを見るとデルがレイからもらったこれまでのこの老練のカイザーとの戦闘で刃こぼれの激しい剣を顔の前に立て彼自身の力を解放した。
「ここまで……追い詰めて……なのに……いうことを聞きなさい!」
「はぁはぁ……そうか。貴様、魔痕が出ている。魔術師の業病の一つのそれが出ればもはや生きていく道は……」
「そ、そんなこと知っている。最後に娘を守れれば……それでいい」
「宙慧さん。ここからは僕がやります」
「小僧、一度負けた者に何が……」
修羅とヴィヴィアが到着しそこに固まっていたカイザーの主力はことごとく壊滅。投降してくるものも少なくなかった。そして、島はほとんど彼らに制圧され中央にある遺跡以外は皆が普通に動けるようになっている。そこに……。
「伏せろ!」
「きゃっ!」
「うおっ!」
大きな斬撃が彼らの頭上を抜け周りの木々が真っ二つにされていく。恐ろしいのはそれからだった。中からはルナと宙慧を担いだデルが飛び出し後ろからの攻撃を完全に剣ではじき返している。そして修羅とギアに二人を預け刃こぼれした剣を構え老練のカイザーと対峙した。
「……そろそろ決着を付けようよ」
「解っておる。しかし、貴様が空王の素質を持っていたとは」
「僕も……母さんが教えてくれるまでは知らなかった。でも、この力はむやみに使っていい訳じゃない。僕が、大切な人を守る時だけに使うのさ」
「ふん、どの道もう遅い。この要塞は止まることはない」
「やってみなくちゃわかんないさ!」
リーンやライムズ。赤剛の面々。二頭の龍は城のまわりから空中城の方向に向かっていく。それほどにまで大きな騒動になっている。大きな……そして、下手をすればこの大陸の外側からなくなって行ってしまう程の事態に発展していたのだ。空中に浮いているその城の攻撃はそれを占拠し操ろうとしていた者たちが持っていた意識とは全く別物だということ事が判明したのだ。デルが持つ機械などの知識が働きその城のエネルギー炉とエンジンの働きをするであろう部分に入り込みそれに分析をかけたのだ。
「ぐ、ぐぬ……」
「貴方は……道を間違えたんだ。オルドロス、我が名はオーブ・ギア・オーガ。貴方の躯は丁重に葬ろうファンと共に供養する」
「ファン……娘は……元気なのか?」
「我が妻として健在だ。もうすぐ、貴方の孫も生まれるはずだ」
「そ、そうか……なら、悔いはない。オーガ殿、娘を……た、たのん……だぞ」
その会話は誰も聞くことなく二人だけの秘密となってしまった。デルが解析しその城の秘密に近づいたのだ。恐ろしいのはその内容だ……デルがいきなり全員に退避するように叫びすぐに遺跡の外部に出る。直後に全員が飛び降り下のメンバーも激しさを増す弾幕止めることが難しくなってきているようだ。シドやギアがデルの考えを理解したのか号令を出しすぐに全員が後ろの弾幕を気にしながら退避する。
「デル、ルミ、アレン、ヴィヴィア、修羅……おい、ギアと宙慧はどうした」
「遅くなりました。シドさん」
「ギア! その背負ってる二人は……」
「歪んだ世の中の象徴と……これから天に召されようと……」
細い声の宙慧がいきなり吐血し片腕からずり落ちその場で横になってしまった。すかさずルナが駆け寄るがもうすでに息は絶え絶えで生還できる望みは薄い。それを悟っているギアと他の面々は下を向き目をそむけ口を紡ぐ。聞こえるのはルナの大きな鳴き声だけだった。
「お母様! お母様!」
「ルナ……泣かないで……。今更、貴方に母親面なんてできないのは解ってる。だけど最後にいわせて。愛してた……もう、命は尽きるけれど貴方を守れたの……それだけで満足。デル君。貴方にはお礼を言いきれないわ。これからも……月をよろしくね。これは貴方に預けるから…………」
「そ、そんな。お母様! まだ逝かないで!」
既に力はなく垂れ顔は安らかな笑みをたたえ宙慧は40歳の生涯を閉じた。その腕は魔法の使いすぎから来る程度の酷い火傷のような痣ができていたという。だが状況が状況だけにすぐに本城に帰って行く。ギアと修羅、その後に加わった聖刃が様子を見つつその島の動向は安定を迎え動かない。動きを見せる前に今回戦闘に参加したメンバーには皆休養が与えられている。そうして、一時の膠着が再び続き皆心を顔に移したように不安さが強く浮いていた。
「ギア……あのあざは何なんだ?」
「あれは……人間が魔法を無理に使うとできる呪いのようなものです。俺やファンにもありますが彼女ほど酷くはありません」
「最後にするつもりで結界を突き破ったんだろうな」
「そうでしょうね……」
「デル、お前はルナのそばにいてやれ」
「はい、そういえばゼシさんがギアさんを呼んでましたよ」
「ん? ありがとう」
悲しい出来事の他にも嬉しい出来事もあったのだ。そう、ファンは出産を無事に終えていてギアの帰りを待っていたのだ。部屋の前には六弥とリーン、ヴィヴィア、アル、闇剛が集まっていた。ギアがそこに行くと皆が頭を下げ複雑な表情でギアに話しかける。
「おめでとうございます」
「なんか……複雑ですね」
「あぁ、そやな」
「皆……どうしたんだ?」
「ファンさんと赤ちゃんを見に来たんです。どうせギアさんのことだから名前は決まってるんでしょ?」
「ギア将軍は……そんなことにまで」
「悪いか?」
「名前はどうしはるんですか? 気になりますわ」
「あぁ、男ならブライ。女ならクライス」
「名前よりもお子さんとファンさんがお待ちです。さ、さ、中に入ってくださいよ。一日も空けるなんて全く……なかで天使さんがお待ちでから。少し体調が悪くなってしまって大変でしたよ」
ファンはまだベッドから起き上がれないが白い布に包まれた子供を愛しそうに抱いている。そこにいつになく顔をほころばせるギアが入るとさらに嬉しそうにファンがそちらを見た。後ろについているメンバーは皆珍しそうにファンとギアの子供を覗き込んでいる。
「背中には……ギアさんの翼?」
「角……ないわね。あ……あった。おでこに小さいのが」
「目の色と髪の色はファンさん……不思議ね」
「不思議や……オウガとカイザーのハーフってこんな子なんやな。耳も長いし」
「ふふ、で? ギア名前は決めてるんだろう?」
「性別は?」
「女の子だ」
「クライスだな」
「クライス……か。いいじゃないか」
「レイは?」
「あぁ、私もマナに抱いてもらいたかったんだが……アイツらも覚悟を決めたらしい」
「そうか」
「なぁ! さっきから二人で何をこそこそと話とるんや?」
「これからの話だ。あの空中城はこれから何らかの動きを見せるだろうしな」
「えぇ、その場にいた私は解る」
「私も、アークリーと出ます」
「今はいい。それより……ルナは?」
「ふさぎこんでるわ。マナがいればよかったんだけど。あの二人はどこにいったんですか?」
「俺の口から言えるのは……この世の『始まりの地』としか言えないよ」
「始まりの……地?」
「あぁ、これから始まる場所だ。ギアと私はそれを見守ることにしているんだ」
一時の休息をする皆と外で変化を見せる空中要塞。それとは別にまた一つ大きな変化が彼らを待ち受けているのだ。レイとマナは再び彼らの先代が行ったようにそれを行うためにそこに向かっていた。余裕はない中でもそれはおごそかに伝えられていく。彼らの時代が来るのだろう。紡がれる世の中は今や紐により込まれた。そして、これからその紐が綱になり大きな塊になり……輪廻になるそれを紡ぐ始まりは既に遠い昔だ。これからの未来はどう進んでいくのだろうか。