対なる護りたい者達
レイとマナが休息をとっている間に巨大な戦争が二人の住む大陸であるユートピアの中でまき起こっていた。北の軍はノースビーストの怒涛の攻撃を受け島の側面にある群島地帯にゲリラ防衛線を張ったかたちで立てこもった。東の軍は元そこの大将である雷軌と岩鋼の指揮する元々その地域の兵に攻められたうえ、さらに大将に言葉を告がれ二人の軍になびく者があとを断たなかった。敵の大将は兵力を吸収され見るみる後退し最奥に残る最後の城で籠城を決め込んでいる。南は過去にクーデター鎮圧に大きくかかわり正体は解らないが英雄視していた少女が幾年かの時を経て現れたことでそちらに寝返ることを決定し送ろうとしていた軍と幾人かの将軍をこちらによこしてきたのだった。もちろん将軍とは言うが元ビーストの戦闘部族のでの下級の指揮官ばかりであまり階級は高くないが……。
「ふぬ……なかなかに良い軍師じゃな。かのギア殿は」
「叔父上が認めただけのことはあります。だが、彼も手を焼いているのは我々に従わない北朝の忠臣とその家臣でしょう。……それの命さえも助けようとするとは……」
「奇才奇策の天才は何やら思惑があるようだな」
「雷軌殿! 岩鋼殿! 新手じゃ!」
「闇姫殿がなぜ……」
「既にアサシン殿……もとい、シェイド殿も北に向かわれた。間蝶部隊の微細な指揮を我らに任せるとギア将軍が申されている」
敵の新手は北朝にもこちらにも味方をする事をせずに双方と対を向くようにV字の陣形を組んだ。弓兵中心のその部隊の武具はバラバラで統一感は全くない。現れた場所は北朝軍の海の孤城のすぐわきにある船の墓場からだ。その中で現れた大将と思われる男はガッシリとはしていないものの身長は高くアルに似た碧の髪を長めにしている。武器も弓だった。何か彼女に関連があることは確かだろう。
「あれは……大鷹の弓」
「雷軌殿。それは本当ですか?」
「ぁぁ、革命家の中でも穏健な男と知られ自ら出ることはなかなか無い男じゃ。俺も見るのは二度目になる。だが、以前とは違い何かを得たようだな。顔立ちが違う」
「そうか、このタイミングで来るか。闇剛はいるか?」
「ギア将軍……闇剛はここに」
「すまないがギルド本城を経由してアルを迎えに走ってくれないか?」
「御意のままに」
闇剛が居なくなり戦闘は更に難しくなっていた。緊迫感は強まるのだが三軍は皆、一様に動かず相手をみている。三軍……というが北朝軍は城に籠もり橋を上げたため出ては来ない。問題は小勢ながらも歴戦の猛者が集まる革命軍の弓兵中隊が数隊。彼らも未だに完全に状勢と策が噛み合わず様子をみているようだ。それはこちらも同じである。所変わり北の群島地帯に視点を移そう。敵がしくゲリラ戦の効果はいまいちで敵の本部も浮き足立ちこちらが善戦しているようだ。こちらに出て来て居るのは……ルミ、ヴィヴィア、ゼシ、タージェ、宙慧だ。策士のように頭が働く者が多く攻撃の要はルミ、タージェ。次に伏兵やトラップなどの補助にヴィヴィア、最後に本陣で構えるゼシと宙慧。こちらの配置は絶妙でバランスも完璧だが敵は指揮系統が弱いだけで実際の戦闘能力は兵器の上でこちらより数段高めだ。ノースビーストの部隊は夜襲や挟み撃ちなどで後退させることや数を減らしはしたが決め手がなくなったらしく本隊に泣きついて来たのだ。
「いくらルミちゃんでも戦車大隊はキツくないかしらゼシちゃん。シドさんはともかく……」
「それは問題ないから安心して見ていて。あのルミの力は舐めない方がいいわ。家の人と腕力なら引けを取らないから」
「凄いわね。それより伝令にしては位の高い人が来たわよ。ねぇ、シェイドさん?」
「は、シド大軍団長からの言伝と近況、軍功、およびこちらの動きをお伝えするため……」
「長ったらしいわよ。レイみたいに端的に話しなさい」
「申し訳ない。性格ですからこれはご勘弁を。では、単刀直入に……」
東は動かぬままに味方になるようにとの勧誘を続けていた紅蓮と氷鑓がギアの本隊と合流し睨み合いは未だに続いているという。北のシドとルミの攻撃隊は敵の大隊を崩し次々に小さな無人島を解放していくがこちらも地理を上手く活用され時間がかかってきた。部隊のダメージはあまりなく敵は有り余る軍力を使いこなせずに徐々に最奥の島へと追い詰められていくらしい。そして、細々した内容としては休養中だったマナとレイがギルド本城に帰還し新たな敵と向かい合っていた。
「全く……なんで無駄に攻撃隊を送り込んで来るんやろうか。ホンマ……無駄やっちゅうのに、命が大切やないんか?」
「リーン。今回はお前に指揮を任せたい。ライムズも連れて西大陸の荒野手前にある敵の本拠地を叩け。作戦はライムズに任せて暴れて来い。後は騎士団を半数同行させろ」
「まだ、本調子やないんやろ? そんなヤツをほっとけるかいな。あれから能力の切れが悪いことくらい知っとる」
「リーンちゃん。私が居るから大丈夫」
「マナ……はぁ、わかった。制圧したはずの所からなして軍が沸くのか知らへんが……これ以上は好き勝手はさせへんから。安心しとき」
「うん。レイのことは任せて」
「怪我はするなよ? ライムズ全力でフォローしろ。アレンは馬を走らせ……なくても大丈夫か。シド大軍団長に状況の報告と間諜に出会ったら周りのそれらにも伝えるように言っておけ」
「了解しました」
「アイアイサー」
一度、制圧したはずの場所から次々に沸く敵兵に悩まされていた。そして、中央大陸に向けて走る少女が一人。1日かからずに数十キロを走る彼女は更に奥に走る。南の大陸にいるアルを迎えに行くのだ。速さは走ってはいるが人間離れしているのは言うまでもなく解るだろう。彼女も一応は闇姫と呼ばれるだけあり実力は高く能力も備わっていたのだ。背中には黒い小さな翼があり気にしながら走っている。武器の三日月型に湾曲した二本の逆手持ちの短刀は腰につけていて少々重そうだがなお走る。南の大森林に差し掛かれば木の上に登り枝の上を駆ける。
「全く……交渉は即決で同盟締結は早いがなんで半日も飲んでるんだよ」
「悪かったわね。でも、あたしは楽しかったわよ。あなたが乱れてくれて」
「俺は死ぬかと思ったんだが……軽い言われようだな」
「フィトはお酒に弱過ぎな……の……って、闇剛ちゃん!」
「ふぅふぅ……やっと見つけ……ました。お……二人……とも……は、早く。ギア将軍の……所へ! ふぅふぅ……とくにアルさん!」
「ちょっと! 闇剛ちゃん! 闇剛ちゃん!」
「大丈夫だ。息はあるし外傷もない。この子は疲れてるだけだ。ゆっくり、ゆっくりとでいいから行ってくれ。この子は俺が近くの宿でみるから」
「わかったわ。ギアさんは東よね?」
「あぁ、頼んだ」
アルは大森林前の道でフィト、闇剛と別れ走り出した。森育ちの彼女、アルにとってはこんな森は造作も無い。それどころか故郷の森で迷う訳も無く走って行く。フィトは言ったとおりに近くの戦闘部族の厚意に甘え闇剛を休める。いくら彼女でも休憩なしに大陸を縦断することは体力を使うのだ。説明が遅れたがこの島を大陸と言うがそこまで大きくはない。一つの大陸の大きさは38万平方キロメートルほどでそれを五つ接続しているから大きく見えるのだ。海外の国家から比べればかなり小さく島全体から見ても隣の大陸と比較すれば五分の一だ。大陸に観点が移ったところで視点をさらに広げ海に出た二人に視点を移そう。
「『風にのる流浪の旅と、戦い歩く生業に心は疲れ上を向く晴れ渡る空は美しい
大きな空に目を向けて心の叫びを問いかける無情の世界に終末は来ずなお荒れ乱れ
鬼と天使の心を宿し我はこの世で生きていく皆、皆、願わん平和のために」』
船上では特徴的な弦楽器を弾きながら吟遊詩人らしく風崖が唄言葉をメロディーに乗せ男性にしては明るい声質のテノールを響かせる。その横では甲板の手すり前で黒い塗りの横笛を吹く修羅の姿も見られる。白銀の髪は優美に揺れ笛を吹けばなお映えた。風崖が曲を終わらせるとそれに合わせて修羅も笛から口を離しその数秒後に周りからは拍手がわき、船の乗組員も聞き惚れているようだった。
「あまり目立つ行動はなさらないでください。俺はまだしもあなたに目が付いては……」
「問題はない。こちらの船は向こうに行くだけで人は乗せないのだ。こちらに俺が向かっているなどという情報は流れていまい」
「しかし……」
「気を楽に持て。恐れるべきは敵の巡視船だ。攻撃してくることを想定し少々の策は考えてあるが……」
『な、何だ!? 鉄の船だ!』
風崖が大鎌を構えようとした瞬間に修羅が止め二人は船のてっぺんに移動し金属製の船から現れた武装している兵隊が乗客を脅し両手を上げさせているのを見ている。敵兵はこの船を制圧したように思っているようだがそうもいかない。なぜなら……。
「風崖。これから敵の船を制圧する」
「そんなことだろうとは思いましたよ。修羅様。どうやって乗客を救出するつもりですか?」
「それは俺に任せろ。お前は音消しの魔術で皆の音感を無くし敵兵を昏倒させる。俺は甲板の敵を殴り飛ばして海に落とす。それでよかろう」
「御意」
簡単でストレートな作戦ではあるが実際はこれが一番一般の乗客に被害が出にくい策だ。運のいい事に霧が出始め敵兵が緊迫してきているのも解るがこちらとしては好都合だ。まずは風崖の動き……。
「修羅様も時々強引にことを進められる。右舷に二人組、船首に一人、操舵士が二人に船長一人。見張り台に一人……か。船尾にも一人いるな」
鮮やかな手つきで一人を沈めた。風崖が音消し……簡単には風の力で音波を遮断し音を伝えさせないことができる魔法だが……。それを使用し船の二階にある見張り台の男を殴り飛ばし海に落とす。右舷の二人も同じ末路を歩んだようだ。船首にいる男は後頭部に軽い打撃を加え縛り付け人質にするようにした。甲板にいる残りは船尾に一人。後は内部だ。
「はっ……」
敵が次々に海へ落ちる……。
「腕が鳴る。女子の姿でも俺の力が使えることは証明できた。何人連続でいけるかな?」
こちらは囲んでいる見張りをさらに鮮やかに……そして流れるように一瞬で片づけた。一人目が殴られ飛ぶと後ろを向いていた一人に衝突し海に落下。残り三人は二人をラリアットで殴り飛ばしラストは華麗なるアッパーで昏倒させた。そして、こちらに移り内部を探っている兵士にも同様の末路を歩んでもらう。始まりは風崖が早かったが終わりは修羅の方が圧倒的に早かった。
「貴様! ぐあぁ!」
「なっ! うおっ!」
「操舵士確保……と。甲板へご案内」
船長も同様に昏倒させて縛り上げた。魔法を解除するといきなり船に揺れが走り修羅が周りを見回した。この海域には昔から魚人が住んでいるとは聞くがまさか襲ってくるとは思いもよらなかった。そこで大声をだし乗組員や乗客に巡視船へ移ることを指示し風崖も駆けつけ状況を把握した。しかし、船の舵を壊され船底に穴をあけられたのか沈むスピードが思ったよりも速い。
「くそ!」
「キャーー!」
「今行く! 修羅様も非難を!」
「待て! くっ……沈むのが速すぎる」
船が傾き滑り落ちる幼女を胸に抱えたが戻れないと察したらしい風崖はその子を優しく放り投げ修羅が受け止める。船は元の船員が危険と判断し舵を切り目的の大陸へと進む。最後に風崖が一言残し霧と海に消えた。
「修羅様、幾日、幾月とは……いや、今生ともわかりません。しかし、俺に運があるならば。またどこかでお会いしましょう!」
「ふ、風崖!」
風崖と別れてしまったが修羅は目的を達するため前を向くことに決めたようだ。その頃の本城ではデルとルナが忙しそうに。正しくはデルが忙しく手を動かしていた。新しい機材の設計に図面とにらめっこしているのだ。デルはギアに魔法科学と錬成魔法の定理や基盤、技術の提供を受け今や大陸一と言っても過言ではない科学者に成長していた。どちらかというと発明家かもしれない。
「詰まらないなぁ。デルはそんな紙っぺらとにらめっこしてて楽しいの?」
「うん? 楽しいよ。どこにどの技術を使えば革新的な新しい技術を生み出せるのかとわくわくするよ」
「……解ってないわねぇ、空気読みなさいよ。そうだ、師匠とお茶の約束があった。デルも来る?」
「僕はいいよ。ギアさんが帰ってくるまでにこいつを書き上げたいんだ」
少し残念そうに下を向くといきなり彼の頬を強く引っ張って彼の仕事部屋からドスドス足音を立てて出て行った。物理や化学では天才的な彼だがこちらの方面にはめっぽう疎いらしく頭上にクエスチョンマークを連発させては考えている。そのうち図面に目が移りそちらに手を付け始めた。
「と……いう訳なんです! 腹が立っちゃって……って師匠!? マナさんまで!」
「アハハハハ!! すまない……フフフ。お前も遂に年頃になったか。アハハハ……」
「そうですね。今のルナちゃんはとても可愛いよ? いつか私にも言ったよね?」
「そ、そうですか?」
「ま、今頃はマナの未来の旦那様と話しているだろうよ。あの二人は仲が良いしな。年下のデルからすればいい相談相手だろう」
「でも……レイで相談相手が務まりますか? あの人に鈍さは太鼓判つきですよ?」
「誰のだ?」
「私です」
「プッ……。ハハハハハハ!」
「マナさんは相変わらずですね……」
「ふぇ?? 何か変なこと言いましたか?」
ファンの予想通りにデルは剣の稽古をレイに付けてもらっていた。レイは既にギアが認めるほどの剣の腕を持っていてこの大陸内で一、二を争う大剣豪になりつつある。レイはどちらかというと片刃の剣が好きらしく使う剣も全て片刃の乱れ刃だ。デルは護身くらいにはと始めた剣術に激しくはまり研究に行き詰まると素振りなどをしている。
「レイさんとマナさんはどうしてお付き合いをはじめたんですか?」「俺はマナのことを愛してるし彼女も同じ気持ちだったからだろうな」
「よくわかりますね。僕はこのとおり鈍いので……言葉で直接伝えてくれないとわかりませんが……」
「そのうち解るぞ。ルナが明るく接していった最初の人間はお前だからな。その内だ、その内に変化が出る」
「そうですか?」
この二人も17歳になった。このギルドでは若年者ながら実力をかわれていてシドや他の上官からの信頼も厚い二人。レイと別れ研究室に戻って行くデルと数時間もお茶会の席で会話をしていたルナが鉢合わせした。ルナは研究室の外でデルと会うことが少ないのか問いかけてくる。
「あれ? デルじゃない。何してるのよ。こんな所で」
「レイさんに剣術を教わってたのさ。体を動かすのも気分転換になるし。楽しくて」
「ふーん……今度、見に行っていい?」
「え……良いけど退屈だよ? まだまだ基礎の段階から試合とかは難しいから素振りとレイさんの木刀を受けるだけだし」
「いいのよ。じゃ、楽しみにしてるから」
レイが道場から出て来るとマナとファンはまだ話している。ファンがレイの存在に気付いたらしく空いている元々ルナがいた席を進めた。現在この城には名だたる名将は数少ない。それでもレイがいれば何とか守れてしまうのである。
「レイじゃないか。座っていけ」
「ファンさんにマナ。お茶ですか?」
「今は井戸端会議だ。ルナも素直ではないなデルはお前以上の鈍さときた。あの二人は見ていて面白いぞ」
「確かに少し鈍い感もありますが心外ですね。ファンさんだって素直ではないと師匠から聞いてますよ」
「な、何!? 初耳だぞ!!」
「まあまあ、ファンさん。そういうことは直接ギアさんにね? ね?」
「ギアめ……帰って来たら問い詰めてやる」
すぐに話題を切り替えレイとマナの結婚式の話しになった。二人は婚約をしてはいるが今のところは式の予定を決めていなかったのだ。レイが忙しいこともあるが今は戦争中で皆が揃うことが少ないことも大きく関係しているだろう。
「で、お前たちの式はいつなのだ?」
「ふえ!? い、いきなり何を……」
わかりやすいマナは顔を真っ赤にさている。レイはいつものようにすらすら答えた。これも師匠であるギアに似たのだろう。
「今は戦ですから近々は無理でしょうね。それよりは早くこの大陸が安全になってくれることを願います」
「そうだな……」
「そうだよ。それからだよね」
所変わり西の平原。敵の兵の出所はだいたい掴んだが数が多く手が出せずにいた。リーンはたまに起きる小さな戦闘で敵を数十人倒すが一向に減らない。出所と理由は簡単。山賊が元西の国の兵をかくまっていたのだ。だが、最近になりこちらの警戒が厳しくなった関係で事態を一転させるために大集結し攻撃隊を送り込んでこの期に乗じて攻めようとのことらしい。攻撃隊自体はことごとく討伐されてはいるが本隊は数の多さが比ではない。本城の兵を集めても足りない量だ。現在、小勢しか連れていない彼女達では威嚇にもならない。
「苦肉の策やがやるっきゃないか……」
「リーンは何か心当たりがあるのか?」
「あぁ、昔な今とは違いうちのおとんが生きとる時にたまに赤銅の肌に蛍火の髪をした巨人が来とったんや」
「そ、それは何なんだ?」
「わからん。だが、この最奥に居るのは確かやうちもおとんとその人の会話を聞いただけやし。でも、かけるしかない」
「わかった、だったら俺も……」
「それはならん!! いかんで……指揮官が居らんとうちらかて奴らと何ら変わらへんのや。それに……家族と呼べる人をもう、もう! 危険な目に合わせとうない」
「レイさんから大方の過去は聞いてる。だけどよ。同じ重さを背負うのもいいんじゃないか? いずれ夫婦になるんだ。荷は一人で持たせずに二人で二分の一だ」
「ライムズ……。せやがな、来ることは許さへん。がら空きにしてはならんさかいな」
「了解。今はリーンが指揮官だ。命令には従うよ」
リーンは山の最奥にあるソルト・バレーに走る。彼女は本気で走れば馬より速い。西の大陸は手前に大荒野と数々の街、村を置くがソルト・マウンテン山脈を超えた辺りからは更に環境が厳しく人は居ないはずなのだ。リーンはそこを目指す。ライムズは睨みをきかせ敵の動きを見ているのだ。
その頃の闇剛とフィトはというと戦闘部族の宿で寝た後に情報通の女将に勧められ食糧を鞄に詰めて闇剛を背負って走る。フィトはあまり長距離を速く走れないためゆっくりだ。それにアルのように森歩きにも慣れていないためさらに時間をとる。
「お……姉様、だめ……行っちゃ……イヤ」
「……」
「お姉様……行かないで」
「はぁ……。修羅はおそらく大丈夫だが……この子に頼どころがなければこちらが潰れてしまう……」
「ん……、んん??」
「よぉ、起きたか。暴れるな。俺だフィト・ソニックだ」
「フィトさん?」
「あぁ、アルは走って行ったよ。君は無理をしすぎだ。女の子が……いくら忍びの生業でも脚をいたわりな。二・三日は立てないはずだからな」
「ひ、必死になるとつい……」
「修羅なら大丈夫だよ」
「私、何か言ってました?」
「ああ、不安さは解るぞ。俺も一人だったからな。ただ一人の家族か。俺はアルがただ一人の頼どころさ。君にはもう、兄弟がたくさんいる。修羅だけじゃなく、俺やアルも兄弟さ」
「……」
闇剛は落ち着くとまた眠り出した。アレンはシドに内容を伝えるとレイの指示であると告げヴィヴィアの補助に走って行く。こちらも以前のような攻防はなく敵は最後に残る大きな島の周りに戦車大隊、大型戦艦、空母、機動兵などを集結させ睨み合いにもつれ込んだのだ。敵との火力の差はかなりあるが向こうも簡単には砲撃できないのだ。前線のさらに最前線には大陸をねじ曲げたというシドが立ちはだかりその右横には戦車大隊の戦車を愛馬のペガサスと共に二百も叩き割ったルミが、左には海面を氷結させて軍艦や攻撃船の動きを完全に止めてしまったゼシ。さらに何もしていない宙慧とトラップを仕掛け終えたヴィヴィアとアレンが後ろにつきルミの後ろには夫のシェイドがいる。完全に動かない状況に苛立ち始めている双方だが無理には動かせない。自棄になった方の負けだ。
「う゛ぁーー!! 焦れったい!」
「ヴィヴィア、大人しくしろ。私はそんな粗野に育てた覚えはないぞ」
「師匠……」
「しかし、動かん」
「ですね」
「仕方ないですね。東も膠着状態ですし」
シドがヴィヴィアとアレンに振り返り本拠に戻ることを告げた。
「これ以上は本拠地を開けるわけにもいかない。ヴィヴィアとアレンは一度帰還しレイの指示で動け」
「はい」
「了解しました」
東はアルの到着と入れ替わりに雷軌が動き修羅と風崖の追跡をギアに頼まれ彼が単身で大陸に進路をとることとなった。革命軍も北朝軍も動かずに何も進まない。こうして一つの護りたいものから一つが失われて行く。ギアやシドはそれに苛立ちを覚えながら早急なことの解決を望んでいた。大きな動乱は止まることを知らずプルトンの起こした爆発の波紋はこのユートピアを飛び出し海外の他国にまで及ぼうとしていたのだった。