第二章:こたつを作ります!(4)
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ギデオンは長い前髪をかきあげた。
古い知人、モートン・ヘインズから娘を療養させてほしいと依頼されたときは、何もこんな辺境の地にと思ったものだ。ましてこれから、寒さ厳しい冬がやってくる。
その理由を尋ねたところ、長年の婚約が解消され、心に傷を負っているとのこと。その傷心を癒すために、王都から離れ、静かな場所で過ごさせたいという。さらに、アドコック辺境領には、アビーという一風変わった魔導職人がおり、彼女を娘に紹介してほしいとのことだった。
モートンに負い目のあるギデオンは、その依頼を渋々と引き受けた。
だが、彼の娘をひと目見たときには、彼女が生き返ったのかと、思わず息を呑んだほど。
考えてみればモートンの娘なのだから、彼女とは血縁関係にある。となれば、似ていてもおかしくはないのだが、昔の熱い想いと後悔が蘇り、彼女にできなかったことをしてあげたいという気持ちがふつふつと湧き起こっていた。
だがその気持ちは恋心など、やましいものではない。どちらかといえば贖罪だ。彼女を突き放し、守り切れなかった自分への戒め。
だから娘の薄いドレス姿を目にしたときは、もっと厚手の生地のドレスを着るようにと、つい言ってしまった。寒さにやられて身体を壊せば元も子もない。
ジェームスに任せたから、その辺はうまくやってくれるだろう。
違う人間だとわかっているのに、どうしても彼女と重ね合わせてしまう。
そして日に日に朝の寒さが深くなり、エステルがやってきて一ヶ月経った頃。
ギデオンはジェームスに呼ばれ、地下室へと足を向けた。
ここは魔導職人アビーの巣だと思っている。癖のある人間だが、魔導具を作る腕前は国家魔導技師にも劣らない。モートンですら彼女の名を知っていたくらいだから、人間性はともかく優秀な人間なのだ。それはギデオンも認めているが、彼女との付き合いが無駄に長い分、今ではその付き合いも必要最小限でいいと思っている。
「あ、ギデオン様!」
初日からアビーはエステルを手懐けたようで、彼女もまた、この地下室にこもって時間を過ごすことが多い。
ギデオンの姿を見つけたエステルは、太陽のような眩しい笑顔で声をかけてきた。
「見てください。これ、アビーさんと一緒に作ったんです」
興奮しながら、何かを見せようとする彼女の姿は、雪が降って庭ではしゃぎ回る子犬のようだ。
「なんだ?」
ギデオンは表情も口調も崩さず、静かに問いかけた。エステルが大きく手を振って示した先には、テーブルが置かれている。だが、それはギデオンが知っているテーブルとはどこか違う。テーブルの下が布で覆われていた。
「ギデオン様。ここに座ってください。足はここにいれて」
子犬がじゃれるように声をかけてくるエステルの言葉に、胸の奥がむずがゆくなる。アビーに言われたら断りたいが、エステルから誘われれば別だ。
ギデオンは素直に従った。椅子に座って、布の中に足を入れる。
「なっ……」
思わず声が出た。
「どうですか? ギデオン様。足元、あたたかいですよね。冬は底冷えするという話を聞きまして、足元をあたためるような魔導具が作れないかなぁと思って。アビーさんと一緒に作ってみました」
「考えたのはエステルよ。さすが神の娘! 発想が天才なんてもんじゃないわ。大天才よ!」
アビーは相変わらずだ。
「なんなんだ、その神の娘というのは」
「ええ? ギデオン、知らないの? エステルはあの国家魔導技師ヘインズ侯爵の娘よ? てことは、神の娘でしょ!」
エステルがモートンの娘というのはもちろん知っている。だが、モートンが神と呼ばれていることなど知るわけがない。
「それで、これはなんなんだ?」
モートンの話よりも、目の前の魔導具のほうが気になった。テーブルに布をかぶせただけだが、とにかくあたたかい。
「暖房魔導具の一つです。その名も『こたつ』です」
聞いたことのない名前に、ギデオンは顔をしかめた。
「はい。ちょっと失礼しますね」
そう言ってエステルは身体をかがめて、布をめくった。
「ここに熱源があります。この熱源によって布で囲んだテーブルの下があたたかくなる仕組みです」
彼女が言うように、テーブルの天板の裏側には熱を発する箱のようなものが取り付けられていた。
「こうやって布で空間を囲むことで、局所的にあたためることができます」
エステルの説明に、アビーもうんうんと大きく頷いている。
「あの……エステル様……」
ジェームスがエステルに向かって揉み手をしている。
「できれば、わたくしめにも……」
「もちろんです。ジェームスさんにはお世話になっていますから。だけど、まずはギデオン様に使っていただきたくて」
屈託のないまぶしい笑みでそう言われてしまえば、ギデオンだってまんざらでもない。
「これは、悪くないな」
「はぁ? ギデオンって本当に素直じゃない。本当は嬉しいくせに」
アビーとの付き合いは無駄に長いため、彼女はギデオンに対しての敬意を払う気持ちが薄れている。だが、それも今にかぎったことではないので、いちいち口うるさく言うのもやめた。
「それで、この『こたつ』を、みなさんの休憩所とか作業場に置く許可をいただきたいのですが……。編み物や刺繍のときも、やっぱり足が冷たくなるじゃないですか。だけど、これに入っていればそれも解消されるといいますか……」
「ああ、問題ない。これを使うことで作業が効率的になるならなおのこと。好きにやればいい」
エステルはアビーと顔を見合わせ「やったー」と喜び合う。
「では、ギデオン様の『こたつ』は執務室に運んでおきますね」
エステルのからりとした明るい声に、ギデオンは「頼む」とだけ答えた。
だがこれに一度入ってしまうと、なかなか出ることができないのが問題だ。それを指摘すると。
「そうなんですよね~。『こたつ』の欠点と言えば、気持ちよすぎて動けなくなるってことくらいでしょうか?」
「なるほど」
頷きながらも、ギデオンもなかなか『こたつ』から出ることができなくて困っていた。だからといって、いつまでもアビーの巣にはいたくない。早くこれを持って帰って、執務室でぬくぬくとしたい。
「あっ」
そこでエステルがポンと手を叩く。
「では、時間を決めるというのはどうでしょう? ええと、『こたつ』の熱源が入って、設定した時間がきたら自動的に消えるというタイマー式です。そうすれば、ある程度の時間が経ったら冷たくなるから、嫌でも出る必要はありますよね?」
「そうだな、それはいい考えだ。ずっと熱源があたたかいのもよくはないのだろう?」
「そうですね。それなりに魔石が消費されますから。誰もいないのについていたら魔石の無駄遣いですね。熱源の切り忘れ防止にも役に立ちます」
「だったら、そのタイマー式というものをつけてもらいたい」
「わかりました! では改良したら、ギデオン様の執務室にお運びしますね」
そこでギデオンはしまった、と思った。
つまりこのまま『こたつ』を持っていけないのだ。一度知ってしまったぬくもりを手放したくない。
「ギデオン。おもちゃを取り上げられた子どもみたいな顔をしてる。エステルならすぐにぱぱっと改良してくれるわよ。一日二日くらい待てないの?」
笑いながらアビーが言うものだから、ギデオンはきっと睨みつける。
「おまえに言われたくはない」
そこでやっとギデオンは魅惑の『こたつ』から出る決意をした。
城塞内の至るところで『こたつ』を目にするようになるのは、それからすぐのことだった。
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
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