第二章:こたつを作ります!(3)
地下室だが、天井から吊された魔導灯が輝き、室内は十分に明るい。地下室らしい石造りの部屋は、どこか冷たさを感じる。それでも、木で作られたテーブルや椅子が、ぬくもりを与えていた。
「適当に座って」
そうアビーに促されたが、テーブルの上には魔導具やら材料やら図面がごちゃごちゃに置かれている。ただ、幸いなことに椅子の上は物置になっていなかったため、彼女の言葉のとおり適当に座ることはできそうだ。
アビーはテーブルの上にある荷物を、まとめてテーブルの向こう側に押しやった。テーブルは壁とぴったりくっついているため、寄せられたものが向こう側から床に落ちる心配はないのだが、ごちゃごちゃ置かれていた荷物は、不規則に重なり合ってしまった。
「いやぁ、夢中になっちゃうと、片づけるのもめんどくさくて。っていうか、必要なものは手元に置きたいじゃない?」
アビーはエステルもよく見てきた典型的な魔導技師、もしくは職人だ。とにかく、見た目よりも効率を重視する。
テーブルの空いたスペースに、カップを二つ置いた。そのカップからはくねくねと白い湯気が立ち上る。
「そうそう、エステルって呼んでもいいかしら? 私のこともアビーって呼んで」
「はい。よろしくお願いします」
「それで、エステルは私のことをヘインズ侯爵から聞いたの?」
「はい。父がこちらに面白い魔導職人がいると……」
面白いという表現が褒め言葉なのか失礼な言葉になるのか、エステルには判断できなかった。だが、アビーはにっと笑う。
「ヘインズ侯爵がそんなふうに? 嬉しいなぁ。私たちのような民間の魔導職人からしたら、ヘインズ侯爵は雲の上の神のような存在よ? 私たちの間では、神って呼ばれてるんだから。その人に認識してもらえてるだけでも嬉しい」
「父に伝えておきますね? アビーさんが父を尊敬していて、神と呼んで崇めていると」
「ちょっと、いいわよ、言わなくて。恥ずかしいじゃない。ヘインズ侯爵は舞台上の役者、私は観客側の人間だから。そっと見守っているだけでいいの」
身内を褒められるのは悪い気はしないのだが、エステルからしてみればモートンは舞台上の役者のような男ではなく、父だ。まして神でもなんでもない。
「でも、その神様の娘さんか」
アビーがエステルの顔をまじまじとのぞいてきた。
「エステルなら大丈夫。緊張しないみたい。よかった。やっぱり、神様とエステルは別の人間ね」
それは喜んでいいのかわからない言葉だ。
「それで、なんでわざわざエステルはこんなところに? しかもこれから寒くなるよ、ここ。ここの冬は、慣れない人には辛いよ?」
「ええ、雪が降るとは聞いていたのですが……」
「とにかく、足が冷えるからね。足元の防寒だけは怠らないように」
アビーのその言葉を、エステルは胸に刻みつけた。雪が降るほど寒い場所が、どれだけ厳しいのかさっぱり見当がつかない。
「でもさ、エステルのような人間が、わざわざこんなところで冬を越さなくてもいいでしょ? 帰ったほうがいいよ?」
エステルを心配しての一言だというのは、わかっている。
「でも、アビーさんに弟子入りしようと思って……」
先ほどのギデオンの言葉を借りてみた。
「私に弟子入り? 私よりもヘインズ侯爵に弟子入りしたほうがいいでしょ?」
「父は身内ですから……。それに女性特有の視点で物事を見るのも、魔導具開発のひらめきに繋がるかもしれないと……」
神のようなモートンの言葉に、アビーも「そうなんだ」と納得したようだ。
「それに……帰れない理由があるんです……」
「なになに? なんでそんな切ない顔をしてるの?」
切ない顔と言うわりには、アビーの口調は明るい。
わざわざ隠していることでもないし、セドリックが婚約解消としたのだから、早かれ遅かれ、国中に知れ渡るだろう。下手をすれば近隣諸国まで。
「ええと……私、婚約してたんですけど……」
「さすが神様の娘さんね。そんなすごい人と結婚しようとしていた相手って誰?」
どうやらアビーはエステルの婚約については知らないようだ。
「あっ……王太子殿下……ご存知ですよね?」
「そのくらい、知ってるよ。次の国王でしょ? って……もしかしてその人と婚約してたの? エステルは未来の王妃?」
「の予定でしたが、婚約が解消されたので……。将来は父と同じ国家魔導技師を目指そうかと」
「あ~、そういうことね。アビー様は理解しましたよ。エステルは王太子に捨てられたから、こっちに逃げてきたのね?」
近いようで微妙に違う。父が言うには療養だ。婚約解消によって傷ついた心を癒すための療養。王都からも離れている国境近くのアドコック辺境領には、王都の情報が入りにくいからだ。それも、モートンがエステルの療養先にここを選んだ理由の一つでもあった。
「微妙に違いますが、だいたいそんな感じです」
「大変だったわね、エステル。そんな男、忘れちゃいなさい!」
飲んでいたお茶のカップを、アビーはトンと音を立てて置いた。
「今は、女性であっても手に職をつける時代よ。自分のやりたいように自由に生きるの」
そう言い切るアビーは、どこかきらきらと輝いて見えた。
「はい、私も国家魔導技師を目指します」
そこでアビーは人差し指を立てて、横に振った。
「何も国家魔導技師にこだわる必要はないと思うのだけれど? 魔導職人もいいわよ~自由で」
「そうなんですけど、私、作ってみたい魔導具があるんですよね」
エステルが話題を振ると、「え、なになに?」とアビーが興味を示してきた。
そこでエステルは、学生魔導具開発展で発表しようとしていた『でんわ』についてアビーに話し始めた。できればここで『でんわ』を完成させたい。そのためには材料と環境が必要だ。
「ちょっと待って、エステル。さすが、神の娘ね! 何よ、それ。最高じゃない。すごくロマンティックね。離れている恋人と『おはよう』『おやすみ』って言い合えるんでしょ?」
アビーの反応は、エステルを喜ばせるには十分なものだった。セドリックのあきれたような反応が頭の片隅を支配していたが、それを吹き飛ばしてしまうくらい。
「アビーさんには、そういう相手が? 是非、使ってもらいたいです!」
「う~ん。残念ながら、そういう相手はいないのよね。私の恋人は魔導具だから。魔導具に人生を捧げているのよね」
そこまで言い切ってしまうアビーが格好良く見えてきた。
「私、アビーさんについていきます!!」
「え? ちょっと急に、どうしたの?」
「だって、アビーさんがかっこいいんですもん。私も魔導具に人生を捧げます。もう、セドリックなんて知らないんだから!!」
そこでエステルは、カップに入っているお茶を一気に飲み干した。その後も、ふん、と鼻息が荒い。
「よし。じゃ、エステルはそこの机を使って。必要な材料は、そこの棚に置いてあるんだけど……。ないものは取り寄せないといけないから」
「ありがとうございます」
「それから。この場所、地下だから寒いのよ。これから冬になるでしょ? 底冷えするのよね」
そこでエステルはぱっとひらめいた。
「アビーさん、底冷えってことは足元が寒いんですよね?」
「そうなのよ。一応ほら、室内をあたためる暖炉魔導具はあそこにあるけれど」
地下室のためか、暖炉はなく魔導具で室内をあたためるようだ。
「アビーさん。基本的には、机に向かって設計書を書いたり、図面を書いたりっていう作業が多いですよね?」
「そうね。いきなり魔導具作成には入らないわね。設計書も図面も必要なものだから」
「だから、机での作業のときに……」
そうやってエステルとアビーの話は、ジェームスが「夕食の時間です」と呼びに来るまで続いたのだった。
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