第二章:こたつを作ります!(2)
辺境伯との顔合わせは、思っていたよりも早くやってきた。ハンナと一緒にお茶とお菓子を堪能していたところ、ジェームスが「旦那様がお戻りになりました」と呼びに来てくれたのだ。
どうやらアドコック辺境伯は、これからやってくる冬のために領地内を見て回っていたとのこと。降り積もる雪に備えて、風雪よけの設置や樹木の囲いや雪吊り、保存食は十分にあるかの確認など、雪国にとっての冬越えの準備はエステルもその大変さはわからない。前世も雪の多い場所には住んでいなかったようだ。
「旦那様、ヘインズ侯爵令嬢エステル様をお連れしました」
ジェームスの声に「入れ」と中から声が聞こえた。低く太く張りのある声だ。ヘインズ侯爵家の男性は高めの声色をしているので、家族とは違ったその声に、エステルの心がぶるりと震えた。不安なのか期待なのかがわからない。
「失礼します」
辺境伯の執務室は二階にあった。一階は窓まで雪に埋もれることも多いため、滞在時間の長い部屋は二階以上にあるらしい。
太陽の光を背に浴びる辺境伯の姿は、後光が差しているかのように影になっており、思わず目を奪われた。
ジェームスが小声で挨拶をするようにと促してくれたため、エステルも我に返る。
「お初にお目にかかります。エステル・ヘインズです。このたびは滞在の申し出を快く受け入れてくださり、心から感謝いたします」
やはり第一印象は大事だろう。これからこの城で世話になるのだから、城主には嫌われるよりは好かれたほうがいい。そんなことを考えながら、できる限りの極上の挨拶をしたつもりだった。
しかしエステルの声が響いた後、落ち着きのある色調の室内はシンと静まり返り、時を刻む針の音だけが聞こえる。
失敗してしまったのだろうかと、鼓動が変に高まっていく。
「コホンッ、旦那様……」
遠慮がちなジェームスの声に、辺境伯は「ああ、すまない」と低い声を発した。
「アドコック領に歓迎する。私がギデオン・アドコックだ」
日差しがやわらぎ、ギデオンの姿がはっきりと見え始める。
鍛えられた体躯は、父や兄と比べてもがっしりとしている。焦げ茶の髪は日に当たると明るく見え、毛先が跳ねている様子は野性味に溢れる。目の色は紫で、雪解けに咲く菫を思わせるようなやわらかなものだった。
(私と同じ色……)
どこか共通点があると、ぐっと親近感が湧いてしまう。今までエステルの周囲にいた男性とは異なり、身体の大きな人物で少しだけ畏怖を覚えたが、そんな気持ちは目の色が同じという共通点が見つかったことで吹っ飛んでいった。
「ヘインズ侯爵の娘だったな」
「はい」
「魔導職人への弟子入り希望だと聞いていたが?」
弟子入りと言われればそうかもしれない。
「はい」
「だが……ヘインズ侯爵だって国家魔導技師だろう? わざわざこんな辺境にまで来なくとも……」
なぜかギデオンが疑わしげに目を細くしてきた。父親がどこまでギデオンに伝えているのかはわからない。まして、セドリックとの婚約解消の件とか、学園を退学させられたとか、そういった不名誉なことまで伝えているのかどうかわからない。だが、そういった噂はいつかは届くもの。変に隠さないほうがいいだろう。だからって積極的に自分から言うこともしないが。
「女性の魔導技師、職人は少ないのです。同じ女性だからこそ、気づく何かがあるだろうと父が」
「なるほど……だが、あれに弟子入りとは……」
「旦那様」
ジェームスの鋭い声が飛ぶ。
「まあ、おまえが気にしないならいいだろう。だがな」
そこでギデオンが紫眼を細くして、エステルを睨みつける。
「まだ室内だからいいが……ドレスはその生地のものしかないのか?」
「はい?」
「ここは王都とは違う。これから日に日に寒くなる。もっと厚手のドレスはないのか?」
「あ、はい。家から持参したのは、似たようなものばかりです。雪が降るとは聞いていたので、上着などは用意したのですが……」
ギデオンの視線はジェームスに移る。
「彼女にドレスを用意してやれ」
「承知いたしました」
ジェームスは晴れやかに答えた。
「王都とここは違う」
ギデオンがエステルに顔を向けた。慈しむような視線に、エステルの心臓はドキリと弾む。家族とセドリック以外の異性から、こんな眼差しを向けられたことはない。
「これから日に日に寒さが増す。そんな薄いドレスでは風邪を引く。こちらのドレスは生地が厚い」
生地の厚いドレスなど、エステルは見たことも着たこともない。
「アドコック辺境伯の心遣いに感謝いたします」
「……ギデオンだ」
低く唸るような声に、エステルは肩を揺らす。
「堅苦しいのは苦手だ。名前でいい」
父親と同年代の男性から名前でいいと言われたのも初めてだ。
「あ、はい。ギデオン様。お世話になります」
「ジェームス。ついでに、アビーを紹介してやれ」
「はい、承知しました」
やはりジェームスの声は明るかった。
その後、エステルはジェームスに連れられ、城内を簡単に案内された。三階がプライベートゾーンになっており、二階が執務用のスペースで、客間や謁見用の部屋もこの階にある。一階には、大広間や食堂など。そしてこれから向かう地下に、エステルの目的とする人物がいるらしい。
「地下には食料庫などもあるのですが、こちらの階段を下りると、魔導具室となっております」
魔導具室。なんて魅力的な部屋なのだろう。
階段を下りきったところに、木製の扉が現れた。ジェームスがノックすると「どうぞ~」と明るい声が聞こえてきた。
「アビーさんにお客様をお連れしました」
「私に?」
部屋からひょこっと顔を出したのは、薄紅色の髪を肩で切りそろえた女性だ。黒縁眼鏡をかけているので、表情はよく見えないが、年齢はエステルよりいくつか上だろう。
「こちら、エステル・ヘインズ侯爵令嬢でございます」
ジェームスがエステルを紹介すると、彼女の目がみるみるうちに大きく開いていく。
「ヘインズ侯爵……って、あのヘインズ侯爵? 国家魔導技師の? この魔導技師制度を立ち上げたと言われる、あの伝説の?」
伝説かどうかエステルにはわからないが、モートンが国家魔導技師であるのは事実。
「あ、はい。はじめまして、エステル・ヘインズと申します。父から、こちらに女性の魔導職人がいるとうかがって……」
「ちょっと待ってちょっと待って、ヘインズ侯爵は私のことを知ってるの?」
「はい。そんな感じでしたが……。父のお知り合いではないのですか?」
違う違うと、彼女は大げさに首と手を同時に振った。
「だって、私はただの魔導職人よ? 国家魔導技師とは違うもの」
「アビーさん。それよりも先に、自己紹介をお願いします」
まるで昔から知り合いだったかのように話し始めた彼女に向かって、ジェームスが指摘する。
「あ、ごめんごめん。私、アビー。あなたが言ったように、魔導職人。よろしくね」
「よろしくお願いします」
「立ち話もなんだから、中に入って。あ、ジェームスは戻っていいわよ。あなたは私に用はないのでしょう?」
「ええ、そうですね。旦那様からは、エステル様をアビーさんに紹介するように言われただけですから」
「じゃ」
そう言いつつも、アビーは犬猫を払うように、しっしっと手を振っていた。失礼な行為だが、ジェームスが何も言わないところを見ると、それが許される仲なのだろう。
「失礼します」
エステルは恐る恐る部屋に入った。この室内にどれだけ高価な魔導具や材料があるかわからない。
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