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第一章:辺境へ行きます!(3)

 モートンの知り合いとはアドコック辺境伯である。彼の城で、女性の魔導職人は働いているらしい。

 アドコック領は王都から馬車移動で五日の距離。容易に行き来のできない場所だ。


 馬車にガタガタと揺られながら、エステルはふとセドリックのことを思い出していた。


 彼と婚約したのは、十五歳のとき。彼が立太子の儀を経て、王太子となったときだ。


 そろそろセドリックも婚約者を決める時期だという話は、世情に興味のないエステルの耳にも届いていた。その話を聞くたびに、セドリックが手の届かない場所へ行ってしまうような、そんなもどかしくも切ない気持ちに襲われたものだ。しかしエステルが婚約者に決まったという話を耳にしたときには、飛び上がるほど歓喜した。


 政略的でありながらも、二人の気持ちが通じた婚約だと、少なくともエステルはそう思っていた。


 それでも婚約したからといって、二人の関係が大きく変化するわけでもない。

 だがエステルは、少しずつ王太子妃教育を始めていた。学園の授業が終われば王城へ寄り、そこで数時間、教育を受けてからヘインズ侯爵邸に戻る。


 エステルにしてみれば、魔導具製作に宛てていた時間の一部が、王太子妃教育のための時間となったようなもの。それはそれで少し不満に感じつつも、セドリックと一緒にいるためだと、自分を鼓舞して勉強に励んだ。


 そうやって頑張っているエステルを、セドリックも励ましてくれたし、気分転換にと茶会に誘ってくれたりもした。


 そんな二人の関係が少しずつ変わり始めたのは約一年前。隣国ヴァサル国からやってきた留学生、ジュリーが現れてからだ。


『エステル。紹介しよう。ヴァサル国のジュリーだ。彼女は、この国の魔導具に興味があるらしい。だから、君とは気が合うのではないかと思ってね。仲良くしてくれると嬉しい』


 セドリックがジュリーを紹介してくれたとき、エステルには言葉にできないような違和感があった。どうしてそう感じたのかはわからない。いや、セドリックがジュリーに向ける視線が気になったからだ。


 他の生徒に向けるものと、エステルに向けるものともまた違う視線。


 思慕。敬愛。


 彼の眼差しからはそんな気持ちが読み取れた。


 しかしエステルはセドリックの婚約者だ。これは国中に認められている事実。その事実がエステルの心の支えにもなっていた。


 それでもエステルが王太子妃教育で忙しくすればするほど、セドリックとの物理的な距離が離れ、彼はジュリーと一緒にいるようになる。肩を並べる二人の姿を見るたびに、エステルの心は悲鳴を上げた。


 どうしたらセドリックは昔のようにエステルに心を傾けてくれるだろうか。

 ジュリーよりも秀でたところがあれば、見直してくれるだろうか。


 エステルが誰にも負けないと誇れるものは、魔導具製作だろう。年に一回、国内の各校の代表が能力を競い合う全国学生魔導具開発展が開催される。そこで優勝すれば、国の代表として、大陸大会への出場権を手に入れられるのだ。


 国の代表に選ばれたら、セドリックの気持ちも戻ってくると信じて、エステルは以前よりも魔導具製作にのめり込むようになった。


 開発展では「携帯電話」のような通信魔導具を発表しようとしていた。その名も『でんわ』だ。電話ではなく伝話という意味の『でんわ』である。


 仕組みは電話と同じ。それを、魔石を使って実現させようとしていた。しかし、いきなり不特定多数との通話の仕組みを構築するのは難しい。まずは、無線機のようなものから始めようと思った。


 エステルとセドリック。一台ずつ持って、まずはこの二台の間で通話のやりとりをする。これがうまくいけば、各『でんわ』に魔力番号を割り振って、指定された番号の『でんわ』と通話ができるようにすれば――。


 それをセドリックに提案したとき、彼は『くだらない』と吐き捨てた。


『わざわざ会わないときにまで、話をする必要はないだろう? 話をしたいから顔を合わせる。そうじゃないのか?』


 セドリックの言うことも一理ある。相手の顔をきちんと見て言葉を伝えることも大事だ。


『ですが、遠くにいるからこそ、声が聞きたいと思うときはありませんか?』


 こめかみを震わせたセドリックは、それ以上何も言わなかった。だけど『でんわ』には興味がないのか、エステルが作る魔導具を気にする様子も見せなかった。


 魔導具開発展が日に日に近づき、試作機ができたときは父親にも報告した。モートンは『これは画期的だ』『これなら優勝間違いなしだ』と褒めてくれたが、まさかその魔導具開発展に参加できなくなるとは、想像していなかった。まして、学園を退学など。


「はぁ……」

「お疲れでございますか?」


 セドリックと魔導具開発展に未練を残すエステルが、ここまでの経緯を思い出してため息をついたところ、心配したのか侍女のハンナが声をかけてきた。


 ハンナはエステルより二歳年上で、彼女が学園を卒業した一昨年、エステル付きの侍女としてヘインズ侯爵邸で働き始め、今回の辺境行きにも同行を申し出てきてくれたのだ。


 忠誠心が高いのかと思ったが「新天地で新しい出会いに期待したいだけです」と、ズバリと言ってしまうところが彼女らしい。


「休憩をいれましょうか?」


 エステルがセドリックと婚約解消した事実は、王都で生活をしている者ならば誰でも知っている事実。だからハンナもエステルを気遣っている。


「ありがとう、ハンナ。でも、大丈夫。早く辺境伯のお城に向かいましょう。きっと、待っていると思うの」


 エステルが辺境行きを決めたその日、モートンはすぐに伝書鳩を飛ばした。こういうとき『でんわ』があれば便利だと思ったが、それは口にしなかった。意地でも『でんわ』を完成させてやると、エステルは決心していたからだ。


 伝書鳩はすぐに戻ってきて、エステルの滞在を心から歓迎するといった返事を運んできた。


 それからすぐに辺境行きの準備を始め、できるだけセドリックのことは考えないようにした。そしてなんとか、新天地での生活に胸を弾ませるようになった。


 ただ、移動には馬車で五日。これも、自動車や新幹線、飛行機のような乗り物があればもっと早く移動ができるのにという考えが脳裏をよぎる。


 こうやって新しい魔導具を考えることで、エステルはなんとか心の平穏を保っていたのだ。


「そうですね。ただ、アドコック領は寒いんですよね……」


 ハンナがぼそりと呟いた。だが、彼女の言うことは正しい。アドコック領の冬は、雪が胸元に届くほど積もるため、とにかく寒い。そしてこれから雪が降る季節で、雪が降る前に移動したいということもあって、慌てて荷造りをしたのだ。


「そうね。雪も積もるみたいだし。でも、雪だるまが作れるわよ」

「お嬢様、私は雪だるまを作って喜ぶような年ではございませんし、お嬢様だってそうでしょう?」


 ハンナの言葉は正しい。何よりも彼女は成人しているのだ。


「でも、雪には興味があるわ。だって、王都は雪が降らないでしょう? 雪って冷たいのよね。雪の世界ってどんな感じなのかしら?」


 ハンナは目を丸くしたが、すぐに微笑んだ。


「お嬢様が楽しみにされているのであれば何よりです。雪だるまは作りたいとは思いませんが、私も雪に触れてみたいとは思います」

「ほら。やっぱりハンナも雪に興味があるんじゃない。きっと、アイスクリームも作れると思うのよ」


 雪の中に入れたら、ミルクも凍ってしまうだろう。


「作れるとは思いますが、雪に囲まれて食べるんですか? 寒くて凍えてしまいますよ」

「それもそうね」


 そこでふと、エステルの頭に前世の記憶がかすめる。


 冬にこたつに入りながら食べるアイスクリームほど贅沢なものはなかった。


(そうか……寒かったら暖房用の魔導具を作ればいいのだわ。魔導職人のアビーさんってどのような方かしら)


 エステルはアドコック領での生活に、期待を寄せた。


最後までお読みくださり、ありがとうございます。

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