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第七章:破壊兵器を作ります?(5)

 目を開けると、視界に飛び込んできたのは見知らぬ天井だった。だが、身体を包むベッドはふかふかで、柔らかなシーツの感触が心地よい。


「目が覚めたか?」


 穏やかな声に、エステルはゆっくりと視線を動かした。


「え? セドリック様……? ゴホッ……」


 喉がカラカラに渇き、声がかすれる。咳き込むと、胸に軽い痛みが走った。


「エステル。大丈夫か?」


 ベッドの脇に立つセドリックが、心配そうにエステルの顔をのぞき込む。その表情は、あの日、婚約解消を告げたときの冷たい顔とはまるで別人のようにあたたかかった。


「ごめんなさい、喉が……」


 エステルは弱々しく呟き、身体を起こそうとした。


「今、水をやる」


 セドリックは素早く水差しからグラスに水を注ぎ、エステルの背中をそっと支えて身体を起こした。そして、グラスをエステルの唇に近づける。


「自分で飲めますから」


 エステルは気恥ずかしさから、頬が熱くなるのを感じた。


「俺がやりたいんだ」


 セドリックの青い瞳が、優しくも力強くエステルを見つめる。

 その眼差しに逆らえず、されるがままにグラスを受け、一口水を飲んだ。冷たい水が喉を潤し、ほっと息をつく。


「もっと飲むか?」


 セドリックがグラスを傾けながら尋ねる。エステルは小さく首を振った。


「あの……ここはどこですか? それに、どうしてセドリック様が?」


 その声には混乱と好奇心が混じる。


「あぁ……そうだな。落ち着いたなら、きちんと話すべきだな」


 セドリックはベッドの脇に置かれた椅子に腰を下ろし、ゆっくりと語り始めた。

まず、エステルがいるのはヴァサル国の王城の一室だという。アビーもまた、別の部屋で保護されているとのこと。


「そして、俺がここにいるのは、もちろん君を助けにきたからだ」


 セドリックの声は落ち着いていた。


「エステルたちをさらったのは、ヴァサル国の改革派と呼ばれる人間だ。国王とその王子を亡き者にして王弟を次の国王にしたいと動いている派なんだが……」


 改革派と名乗ってはいるが、裏では過激派とも言われており、ターラント国の魔導具を密輸しては、それを武器や破壊兵器などに改造しようとしていたようだ。


「だが、ヴァサル国では、魔導具の知識に長けている者が少ない」


 そのためターラント国の優秀な魔導技師や職人を狙っていたとのことなのだが。


「もしかして、それで私が……?」

「あぁ……エステルの開発した『でんわ』。あれがやつらの耳にも入ったらしい。そういった魔導具を作れる技師であれば、魔導具から兵器への応用も簡単にできるだろうと考えたようだ」

「だから、あの資料を……」


 エステルは男たちから渡された乱暴な設計書を思い出した。


「まさか、やつらは本当に?」


 セドリックが目を大きく見開き、驚きの声を上げた。


「えぇ……殺傷能力のある魔導具を作るようにと資料を渡されたのですが、まぁ、なんというかお粗末と言いますか、机上の空論というか。魔導具を知らない人が作った資料だというのがわかりました。それでアビーさんと、その資料を基に魔導具を作る振りをしながら、他の魔導具を作っていました」

「もしかして、それがさっき使った……」


 セドリックは小さく笑みを浮かべた。


「はい。防犯魔導具と呼んでいるんですけど。アビーさんが言うには、強制的に筋肉を痙攣させて、どうのこうのだそうです」

「アビーには、後で礼を言っておかねばならないな。なかなか癖の強い人間だとは思っていたが……むしろ、肝が据わっているというか……」


 その口調には、どこか親しみと尊敬が混じっていた。まるでセドリックがアビーを以前から知っているかのようだ。


「ええと。ところでセドリック様は、セリオさんなのですか? 髪型も色も違うのでまったく気づかなかったのですが……」


 エステルは、セドリックをまじまじと見つめた。


 騎士団の後ろで見たのは確かにセリオだった。だが、誰かが彼を「セドリック」と呼び、今こうして目の前にセドリックがいる。


「騙していたわけじゃないんだ……エステルのことが心配だったから……」


 セドリックは少し目を伏せ、髪を指で軽くかき上げた。


「魔石の力で髪色を変えただけだ」

「心配? 私とセドリック様の関係は、きっぱりすっぱり切れていますよね? 婚約も……解消したのですから……」


 言葉を口にするたび、エステルの胸がズキリと痛んだ。まるで古傷が疼くように、過去の記憶が蘇る。


「俺が悪いのはわかっている。だけどあのときは、そうでもしないと君を守れないと思ったから……セリオの姿で会いにいったのも、エステルを巻き込みたくなかったから……」


 セドリックは視線を逸らし、気まずそうに呟いた。部屋に重い空気が流れ、エステルの鼓動が耳に響くほど大きく感じられた。


「でも、セリオさんがセドリック様と聞いて、納得しました」

「エステル……?」


 セドリックが顔を上げ、切なげな瞳でエステルを見つめる。


「私、アドコック領に行っても、セドリック様のことを忘れられなかったんです。あれだけひどいことをされたのに、やっぱり好きで。でも、そんなときセリオさんが来て、ちょっとだけセリオさんに気持ちが傾きました」


 エステルの声は震えながらも、素直な思いがあふれていた。


「セリオさんと一緒に馬に乗って、ペレの集落に行ったときは、セドリック様だったらよかったのにと思いました。でも、今考えれば、変な話ですよね。セリオさんもセドリック様も同じ人間だった……」

「悪かった……」


 セドリックは苦しげに呟いた。


「アドコック領に俺がいることを、他の人間に知られたくなかったんだ。ヴァサル国のこともあったから……」

「はい。でも今、セリオさんとセドリック様が同じ人間でよかったと思っています。浮気者だって思わないでくださいね。きっと私、あのときはセリオさんに惹かれていたんだと思います」


 セドリックが両手を広げ、エステルを抱き寄せようとしたが、ふとその手を止めた。


「エステル。君を抱きしめてもいいだろうか? 俺は、君との婚約を解消した後も、君をずっと想っていた。セリオとしてアドコック領に行ったのも、君に会いたかったからだ」

「セドリック様は、そうしなければならない理由があったんですよね?」


 エステルの声は落ち着いていたが、胸の奥では複雑な感情が渦巻いていた。


「あぁ……俺は弱い人間だ。君を守る術を持ち合わせていなかった。君を危険に巻き込むくらいなら、手放そうとそう思ってギデオンに預けた」

「もしかして、父が私にアドコック領で療養するようにすすめたのも……?」


 あぁ、とセドリックが静かに答える。

 エステルの心臓がドクンドクンと高鳴った。今すぐ彼の胸に飛び込みたい衝動に駆られる。だが、記憶の片隅には一年前のセドリックの隣にいた別の女性の姿がちらつく。


「本当は、私も今すぐセドリック様に抱き着きたいのですが……」


 エステルの声は小さく揺れる。

 セドリックの腕が少しだけ動いたが、またそこで静止する。


「セドリック様にはジュリーさんがいるじゃないですか」

「あれは! いや、それもきちんとエステルに言わなきゃならないな。実はジュリーは……」


 そこでドンドンドンと乱暴に扉が叩かれ「エステル嬢、起きたか?」と軽い口調の男性が部屋に入ってきた。


「おい、セディ。今からエステル嬢を襲う気満々っていう格好でいるなよ」


 彼はセドリックをからかうようにして笑った。


「うっさい。なんなんだ、おまえ。おまえが来ると話がややこしくなるんだよ」


 セドリックが顔を赤らめ、苛立たしげに言葉を返す。


「あ、エステル嬢。この格好でははじめましてだね。オレ、ジュリアン・ヴァサル。このヴァサルの王子」


 騒ぐセドリックを無視して、ジュリアンがにこやかに自己紹介を始めた。


「あ、はい。はじめまして。エステル・ヘインズです」


 エステルは戸惑いながらも頭を下げた。


「やだなぁ。エステル嬢。オレとエステル嬢は、はじめましてじゃないんだ。でも、オレのこの凛々しい姿を見るのは初めてだろ? どう? セディよりオレのほうが格好よくない?」


 初夏を思わせるようなさわやかな緑色の目は印象に残っている。そのさわやかな笑顔に見覚えがあるような気もするのだが思い出せない。


「えぇと、以前もどこかで?」

「もぅ、エステルさんったら。一緒に勉強した仲じゃないですか」


 そこでジュリアンが声色を変えた。それはどこかかすれて、艶めいている声。


「ジュリー・アンセントです」


 そのひとことに、エステルの頭は一瞬停止した。情報が多すぎて、思考が追いつかない。


最後までお読みくださり、ありがとうございます。


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