第七章:破壊兵器を作ります?(4)
男たちはエステルたちが逃げるのを恐れているのか、それともアビーの「魔導職人は繊細だ」という言葉を真に受けたのか、日に日に態度が軟化していた。見回りの頻度も減り、エステルは『でんわ』の改良を、アビーは護身用の魔導具の製作を進めていた。
そしてアビーが言うには、ここでの生活は「いつもと変わらない」らしい。だがエステルにとっては、外に出ることができないのが辛かった。
やはり、青い空の下、太陽の光を浴びたい。
「あ~。この破壊兵器。いつになったら作り終わるのよ~。これ、面白くないから飽きた。だってさ、反する属性の魔石を用いて、爆発させるだけでしょ? モノが大きいだけで、内容は単純。面白くない!」
アビーが不満を爆発させたのは、捕らわれて五日目の朝だった。魔導具製作に取りかかったものの、その単調さに彼女の我慢が限界に達したらしい。
「アビーさん。落ち着いてください」
エステルが宥めるように言うが、アビーの不満は止まらない。
「これが落ち着いていられる? 仰々しい設計書を見せつけたわりには、中身が稚拙。あ~つまんない」
「つまんないなら、こっちの魔導具でも作っていればいいじゃないですか」
エステルはアビーがこっそりと作っている護身用魔導具を指さす。
「いいかな……これの続きを作っても」
きらりとアビーの目が光る。
「いいと思います。こういった護身用はいくらあってもいいですよね。力のないか弱き人間が、誰かに襲われたときに反撃する道具です」
「か弱き人間……まるで、私のようね」
アビーが笑い、エステルは苦笑して言葉を飲み込んだ。
男たちが部屋にいるときは、渡された資料を眺め、魔導具を作る振りをする。
だが、彼らがいなくなれば、護身用魔導具や『でんわ』の改良に没頭する。自分たちの身を守り、助けを呼ぶ方法を模索する。
翌朝――。
その日は朝から何かざわついた空気が漂っていた。いつものように運ばれてきた質素な朝食を、エステルとアビーが食べているとき、嫌な予感が胸をよぎった。
「なんか、今日、食器を片づけに来るのが遅くない?」
アビーがスープ皿片手に眉をひそめる。
いつもなら朝食が終わるころを見計らって、男が食器類を下げに来るのだが、今日はいつまでたってもやってこない。
「とりあえず、扉の前にでも置いておく?」
いつまでも片づかぬ食器があるのは気になって仕方ない。
「そうですね」
アビーの言葉に従い、食器を重ねて扉の前に置こうとしたとき、ガチャリと乱暴に扉が開き、リーダー格の男が飛び込んできた。
「きゃっ」
前触れもなくやってきたものだから、エステルは驚き小さく悲鳴を上げた。
「おまえたち、こっちへ来い」
男が乱暴にエステルの手首を捕まえ、力任せに引っ張った。
「何をするんですか! これから、あの魔導具を作ろうと思っていたのに」
アビーが抗議の声を上げるが、男は彼女を一瞥しただけで言葉を続けた。
「あれはもういい。それよりも逃げるぞ」
「逃げる?」
エステルは目を丸くした。突然の言葉に頭が追いつかない。
「あ、ちょっと待ってください」
エステルは有無を言わさぬ勢いで部屋の外へ引きずり出された。腰に巻いた工具入れを肌身離さず持っていてよかったと、心の底から安堵する。
「ちょっと、エステルをどこに連れてくつもりよ」
アビーも慌ててエステルの後を追って部屋を出る。
「だから逃げるんだよ。ここが相手にバレちまった」
「ここってどこ? 誰から逃げるの?」
アビーの鋭い声が響くが、男は苛立たしげに吐き捨てた。
「本当にうるさい女だな。いいから黙ってろ」
エステルは男に腕を引っ張られ、訳も分からず建物内の薄暗い廊下を走らされた。背後ではアビーが必死に追いかけてくる。男が突然「くそっ!」と暴言を吐き、方向を急に変える。
「あっ」
エステルの足がもつれ、盛大に転んでしまった。冷たい石の床に膝を打ち、痛みが走る。
「何やってる。どんくさい女だな」
男は苛立ちを隠さず叫んだが、なぜかエステルの腕を掴んで無理やり立たせ、再び走り出した。
階段を下りた先は、広いエントランスだった。だが、外へ続く出口の前には、騎士服に身を包んだ男たちがずらりと並んでいる。
「そこまでだ。この建物は完全に包囲されている」
「くそっ」
男は服の内側から飛び出しナイフを取り出し、その鋭い刃をエステルの首に押し当てた。冷たい金属の感触に、エステルの心臓が凍りつく。
彼はエステルを人質に使いたかったのだ。アビーではなくエステルを選んだのは、きっとエステルのほうが気の弱い女性だと思ったからだろう。
「道を開けろ。さもないと、この女の顔に傷をつけるぞ」
男の言葉にエステルはひゅっと息を呑んだ。命を奪うつもりはないようだが、顔に傷をつけると脅すのは、生き延びたとしてもその後の人生を大きく変える脅威だ。恐怖が全身を駆け巡り、膝が震える。隣に立つアビーも、固まったまま動けない。
「お前も動くんじゃねえ。この女を切るぞ!」
男がアビーを睨みつけ、威嚇する。アビーの顔が一瞬引きつったが、彼女もその場から動けなかった。
緊迫した空気がエントランスを支配した。
「この女を無事に帰してほしければ、道を開けろ」
エステルもゴクリと喉を鳴らす。目の前の騎士団は、助けに来たのだろうか? 彼らの胸元にはヴァサル国の紋章が輝いている。ということは、やはりここはヴァサル国なのだ。
エステルは、馴染みのない騎士たちの顔を端から端までじっと見回した。ヴァサル国に知り合いなどいるはずがないのに、なぜか希望を捨てきれなかった。
そして、後列の隅に、見覚えのある顔を見つけた。
(セリオさん……?)
彼の清らかな青い目は真っすぐにエステルを見つめている。
エステルはそれに対して、小さく顎を引いてその視線に応えた。
男はナイフを突きつけているだけで、エステルの身体を完全に拘束しているわけではない。気づかれぬようそっと工具入れに手を滑らせ、アビーが作った護身用魔導具を取り出した。緊張のあまり、心臓が早鐘のように打ち付けている。
エステルはそれを彼の腰あたりに押し付けた。
――ビリリリリッ!!
けたたましい火花の音が響き、眩い光が薄暗いエントランスを一瞬照らし出した。リーダー格の男は訳も分からずその場に崩れ落ち、床にドサリと倒れ込んだ。
「今だ!」
騎士団の誰かが鋭く号令をかけると、騎士たちが一斉に動いた。彼らは素早く男を取り押さえ、動きを封じた。
「エステル!」
アビーが駆け寄り、エステルをぎゅっと抱きしめた。彼女の腕は力強く、まるで二度と離さないとするかのよう。
「アビーさん」
エステルも負けじとアビーを抱き返すが、安堵と緊張が交錯する。
「アビーさんのおかげです。この魔導具。けっこう威力が強いんですね。あの人、生きてます?」
「大丈夫、大丈夫。筋肉を強制的に収縮させて動けなくするだけだから。命に別状はない! たぶん……」
アビーの自信満々な口調に、最後の「たぶん」が小さな不安の影を落とす。エステルは思わず苦笑した。
「エステル、無事か?」
聞き慣れた声に、エステルははっと顔を上げた。騎士団の後列から、セリオが現れる。
「セリオさん……どうしてここに?」
やはりセリオだった。エステルは驚きから目を丸くする。
「おい、セドリック。エステル嬢たちは?」
見知らぬ男性の声が響く。彼はエステルの名前を知っているようだった。だが、それよりも驚くべきことに、彼はセリオを「セドリック」と呼んだ。
「おぉ、エステル。無事でよかった」
続いて現れたのは、父モートンだった。見慣れたその顔に、エステルの胸は熱くなる。
「お父様?」
「え? ちょっと……ヘインズ侯爵様? 神? 神がいる……」
アビーが呆然と呟き、エステルを抱いていた腕が緩んだ。その瞬間、緊張の糸が切れたエステルは、力が抜けてへなへなとその場に座り込んでしまった。
「おい、エステル! エステル!」
薄れていく意識の中、セドリックの声がエステルの名を呼び続けていた。