第七章:破壊兵器を作ります?(3)
「てことは、当分、あの男もこないわね。私たちが呼ぶまでは」
アビーがにやりと笑う。
「もう、アビーさん。私、ヒヤヒヤして心臓が止まるかと思いました」
「ごめん、ごめん。あの人たち、私たちにはあまり強く出られないだろうなと思ったから。ちょっといろいろわがままを言って、試してみた。案の定ね」
アビーは得意げに胸を張る。彼女の読みでは、エステルとアビーは今、男たちにとって必要な存在である。だから、多少のわがままなら聞き入れざるを得ないだろう、ということらしい。
「だからってやりすぎても駄目なんだろうけど」
エステルから見たら、アビーはやりすぎにしか思えない。
「さて、と。こちらも誠意を見せますかね? わがままも聞いてもらったことだし」
アビーはそう言って、作業台の上の資料を手にした。彼女の目が資料を滑るように動く。だが、次第にその表情が曇っていく。
「アビーさん?」
エステルが心配そうに声をかけると、アビーは眉間にしわを寄せたまま資料を押し付けてきた。
「う~ん。困った。これじゃ、私たちも立派な犯罪者だ」
エステルは急いで資料を受け取り、目を走らせた。
そこに書かれていたのは、人を殺傷し、建物を破壊するための魔導具の設計図だった。いや、魔導具というより、ほとんど爆発物そのものだ。
この世界では、すべてのエネルギーを魔石に頼っているため、爆発物も魔導具の一種として扱われる。しかしその目的はあまりにも明確で、恐ろしいもの。
「ここまで露骨なものもすごいよね。これから僕たち、戦争を起こしますって言ってるようなもんじゃない」
アビーが呆れたように笑ったが、その声はどこか重い。
エステルもまた同じ気持ちだった。こんな人を傷つける魔導具なんて作りたくない。
「だけど、作らないと……」
エステルの声は小さく震えた。作らなければ帰れない。いや、下手をすれば自分たちの命が危ない。
「そうね。今はとりあえず、この指示に従っている振りをしましょう。何度も言うけど、あいつらは魔導具に詳しくないわ。この指示書を見てもわかる。ド素人が妄想の中で考えたもの」
アビーの言うとおりだ。指示書は、魔導具の製作経験がない者が書いたと一目でわかるほど、雑で非現実的だった。
「とりあえず、この指示書のとおりに魔導具を作っている振りをして、なんとか時間を稼げば、きっとギデオンたちが探しに来てくれると思うのよね」
エステルとアビーが魔導具室から揃って姿を消したとなれば、ギデオンも異変に気づくだろう。ましてや、あの部屋が荒らされた直後なのだから。
「そうですね。ギデオン様たちを信じます……あっ」
エステルは突然声を上げ、腰に下げた小さな工具入れに手をやった。そこには、試作品の『でんわ』を入れていたことを思い出したのだ。
ペレの集落への遠出以来、エステルはいつでも魔導具を分解できるようにと、コンパクトな工具入れを腰に付けていた。
一方、アビーは普段ほとんど出歩かないため、そんなものは持っていない。
「アビーさん。これ……」
工具入れから小型の『でんわ』を取り出したエステルは、そっとアビーに見せる。
「ちょっと、これ『でんわ』じゃないの。これ持ってるのを見つかったら、あいつらにとられちゃうよ」
「そうですよね。だから、工具入れに隠しておきますけど。これを使って助けを呼べないかなって……」
エステルの声には、かすかな希望が宿る。
「そりゃ、『でんわ』で誰かに連絡すれば、助けにきてくれるんじゃない? それでギデオンに連絡できないの?」
アビーの指摘はもっともなのだが、エステルは首を横に振る。
「それが……これ、試作品なんです。本来は『でんわ』に固定の番号を割り振って、それぞれの魔導回路を繋ぐ仕組みを考えていたんですけど……。残念ながらこの試作機は、ギデオン様が使っているタイプの『でんわ』と繋がらないんです」
「それって、つまり使えない『でんわ』を持ってるってことよね?」
アビーの率直な言葉に、エステルはドキッとする。
「い、いえ。そんなことはありません。この魔導回路を誰かに検知してもらえればいいので。相互通話でなくても、とにかく私の声が聞こえればいいかなって……」
エステルは必死に説明した。この『でんわ』から発する魔導回路を誰かが傍受してくれれば、助けを呼べる可能性がある。
むしろセリオに渡した試作機の『でんわ』となら繋がるかもしれない。だけど、セリオに助けを求めたところで、彼を巻き込むだけ。
「そんなうまくいくかしら?」
アビーが片眉を上げ、半信半疑の表情を浮かべる。
「うまくいくことを信じるしかありません。あの人たちの魔導具を作る振りして、こちらの『でんわ』で誰かに連絡します……」
エステルたちを捕らえた男たちは、定期的に様子を見に部屋を訪れた。食事や着替えは別の者が運んでくる。姿を見せるのは、リーダー格の男とその手下らしい二人、計三人の男たちだ。
頻繁に誰かが部屋へとやってくるが、エステルもアビーも、魔導具製作にのめり込んでいるのを目にすれば、彼らは満足そうな表情を浮かべて去っていく。
「あ、すみません」
リーダーの男が現れたとき、エステルはわざとらしく質問を投げかけた。
「あの、ここの仕様なんですけど……タイマー式がいいですか? それともこう、ボタンをぽちっとしたら起動するボタン式がいいですか?」
「ボタン式にしてくれ」
男がそっけなく答えると、エステルは「わかりました」と、仕様書にボタン式と書き加える。
そして彼らがいなくなれば、持ち込んだ『でんわ』を取り出し、これを使って外の人間に連絡できないかと、改良を試みるのだ。
「エステル、さっきから何をやってるの?」
「あ、バレました? あの人たち、いなくなったから。この『でんわ』を改良して誰かに……」
「でも、これ試作機だから制限があるっていってなかった?」
アビーも首を傾げる。
「何言ってるんですか、アビーさん。私が改良しているんですよ? こっちの『でんわ』から発する魔導回路を、誰かが検知できるようにしたいなって」
エステルの目は真剣だ。
そこでアビーも顎に手を当て考え込む。
「いつも使っている『でんわ』は双方向でやりとりをするけど、これはこちらから一方的に伝えるだけってことよね……それを傍受できるような人は限られるかと思うけど……」
「でも、可能性はゼロではありませんよね。私たちがこの怪しげな魔導具を作り上げるのが先か、助けに来るのが先か……」
「でもさ、このあいつらの破壊兵器。一か月とかで作れるものではないわよ? 圧倒的に人が足りていないし」
男たちが作れと命令してきた魔導具は、兵器としても威力のあるものだ。いわゆる爆弾とかダイナマイトとか呼ばれる類のもの。それを、魔石を用いて実現させる。
先ほどエステルが男に確認したのは、その爆発タイミングだった。
「そうなんですよね。とりあえず途中まで作って、手伝ってくれる人が欲しいって言ってみます?」
「そうね。だけど、他に人が増えると、私たちの自由が減るでしょ? やりにくくなるわよ」
男に従順な振りをして、裏では自分たちの身を守る魔導具も作っているのだ。これを彼らに見つからぬよう、作ったらベッドの中に隠しておく。