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第七章:破壊兵器を作ります?(2)

 エステルは息を吐き、アビーの大胆さに感心しながらも、胸の鼓動が止まらない。


「……アビーさん。怖かったですよ」


 エステルの声は震え、室内の空気に溶けそうだった。


「ごめんごめん。でも、大事なことじゃない? 彼らが私たちに魔導具を作ってもらいたいってことを考えたら、交渉に使えると思ったんだよね」


 アビーは肩をすくめ、いたずらっぽく笑った。


「あの人たち、ヴァサル国の訛りがありましたね」


 エステルが思い出したように言うと、アビーは「そうなの?」と首を傾げる。


「ごめんね、私、ほら。魔導具にしか興味がないから。そういうのは疎いのよね。魔導具が関われば別だけど」


 アビーの言いたいことはよく理解できる。


「私たち、ここでどんな魔導具を作らされるんでしょうね。ヴァサル国の人がわざわざ私たちを捕まえた理由がわかりません」


 いつもと変わらぬ魔導具室で製作に励んでいただけなのに、気がついたらヴァサル国の人間に捕まっていただなんて、悪夢でしかない。


 ヴァサル国――その名を、どこかで聞いたような気がする。

 エステルの思考は、殺風景な部屋の静けさの中でぐるぐると広がり始める。


(ヴァサル国……あ、ジュリーさんがヴァサル国から留学していた)


 些細なところで共通点を見つけたものの、それが役に立つ情報とは思えない。


(ヴァサル国、ヴァサル国……)


 一年ほど前まで受けていた王太子妃教育には近隣諸国に関する内容もあった。ヴァサル国では次期国王の座をめぐって、王弟派と王子派に別れており、王弟派の動きが少し過激すぎるという話だった。理由は、王子の継承権が上だからだ。


(わざわざ他国の魔導技師、職人までさらって魔導具を作らせたいというのであれば……)


 おそらく王弟派だろう。王子派であれば、正攻法で打診してくるはずだ。エステルの中で点と点が繋がり始めた。


「おい。部屋の準備ができたぞ」


 突然、扉が開き、男の声が響いた。エステルは驚き、身体をビクリと震わせた。


「だから、私たちは繊細なのね。部屋に入るときはノックくらいしてちょうだい。大丈夫だった?」


 アビーは男を睨みつけ、最後の一言をエステルにやさしく向けた。その口調はどこか計算されていて、エステルが繊細な人間だと男たちに印象づけているようにも見える。


「あ、はい。驚いただけです」


 エステルは気を取り直して答えたが、心臓はまだドキドキと鳴っている。

 男は面倒くさそうに顔をしかめ、小さく舌打ちした。


「こっちへ来い」


 何もない部屋から出られたことだけでも、ほっとする。

 廊下に出ると、飾り気のない石造りの通路が続いていた。豪華な屋敷というより、工場や作業場のような無機質な建物だ。


「おまえたちはこの部屋を使え」


 さっきの何もない部屋よりは、まだいくつかましだった。簡素だがテーブルにソファ、ベッドまで用意されている。薄い毛布が畳まれたベッドは、少なくとも硬い床よりは快適そうだ。


「食事もこの部屋に運んである。おまえたちがこの部屋から出ることは許さない」


 男が顎でしゃくったテーブルの上には、粗末なパンとスープが並んでいた。質素ではあるが、腹を満たすには十分だろう。


「あなたたちがいう魔導具を作り終えたら、私たちを帰してくれるの? そうでも約束してくれないと、こっちもやる気が出ないわよ」


 アビーの声は軽やかだが、その眼光は鋭い。エステルは内心、彼女の大胆さに冷や汗をかいた。この男に逆らったら、どんな目に遭うかわからないのに。


「あぁ。おまえたちが俺たちの納得する魔導具さえ作ってくれれば、そのときは帰してやる」


 男の声には、どこか胡散臭い響きがあった


「わかったわ。私たち、先に食事をすませちゃうから。その間に、必要な道具とか材料を用意してくれる?」


 アビーがにっこりと笑えば、男は忌々し気に舌打ちをして、部屋を出ていく。


「アビーさん……」


 エステルの声はまだ震えていた。


「エステル。まずは食べましょう。お腹が空くと、どうしても悪いことを考えてしまうから」


 とんと胸を張ったアビーが心強い。

 だが、この食事は安全なのだろうか。エステルが不安げにパンを見つめていると、アビーが察したように口を開いた。


「あの人たちが私たちを殺しても逆に困るだけでしょ? 国内の魔導技師や職人じゃなくて、わざわざ私たちを掴まえてきたのよ? つまり、国内ではそれに対応できる人がいないのよ」


 アビーは得意げに微笑んで「やっぱり、私って天才だから」付け加えた。

 そしてテーブルの上の丸いパンを手にし、ちぎって口の中に放り込む。


「ま、いたって普通のパンね。欲を言えばジャムが欲しい」


 そんな軽口を言いながらパンを頬張るアビーの姿を見たら、エステルの空腹も刺激された。

 恐る恐るパンを一つ手にとって、ちぎって食べる。確かにジャムが欲しいところだが、咀嚼するたびに空腹が満たされ、思考が研ぎ澄まされていく。


「アビーさんの言うように、きっとヴァサル国には彼らを満足させる技師らがいないのでしょうね」

「だから、私たちは大事にされるはず。一応、魔導具を作り終えたら帰すとは言っているけれど、それは嘘ね。私たちの技術を搾取し続けるか、反抗的なら殺すと思うのよね」


 アビーの言葉は軽い調子だが、その内容にエステルは眉をしかめる。それでも、その分析に同意する。


「そういえば……」


 そこでエステルは、ヴァサル国が王弟派と王子派で揉めているようだと口にする。


「なるほどね。他国の王権争いに巻き込まれるなんてまっぴらだけど、自分たちの命を守るためにも従う振りをしましょう。作戦は、命大事によ!」


 食事を終えた頃、扉が再びガチャリと開き、先ほどのリーダーの男が部屋に入ってきた。今度は腕に分厚い資料の束を抱えている。


「おまえたちに作ってもらいたいのはこれだ」


 男は乱暴に資料を床に放り投げ、紙束がバサバサと散らばった。


「はぁ? もしかして床に落ちた資料を、私に拾えとでも言ってるのかしら?」


 アビーの声は鋭く、挑発的だ。エステルは彼女の大胆さにハラハラしてしまう。


「私たちに魔導具を作ってもらいたいなら、きちんと作業台を用意しなさい。そんな床にはいつくばって作業したら、腰が痛くなって仕方ないわ。どれくらいの規模のものを作らせようとしているのかわからないけれど、私たちにとっていいベッドと椅子は必須なの」


 毎日ソファで寝ているアビーが、こんな堂々とした作り話を繰り出すのだから、彼女の交渉術には舌を巻く。


「まったくうるさい女だな」


 男がギロリと睨みつけてきたため、エステルは思わず肩をすくめた。


「はぁ? 勝手に私たちをこんなところに連れてきて閉じ込めているのはあなたたちでしょう? 私たちに用がないなら帰してよ。環境も悪い、工具もない、必要な部品だって揃っているかどうかわからない。こんな状況で魔導具を作れと?」


 アビーの言葉が止まらない。だが、その声の裏には計算された強気がみえる。

 男はギリギリと唇を噛みしめ、いら立ちを隠そうとはしない。


「ちっ。工具も部品もそこにあるだろ。作業机はそれを使えばいい」


 男は顎をしゃくって、部屋の隅に置かれた簡素な机を示した。

 それから彼はしゃがみ込み、散らばった資料を雑に拾い集め、作業台の上にドサリと置いた。


「他に必要なものがあるときは、そのベルで呼べ」


 男はガシガシと頭をかき、いらいらした様子で部屋を出ていった。扉が閉まる音と、鍵の金属音が静かな部屋に響く。


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