第七章:破壊兵器を作ります?(1)
エステルは身体に鋭い痛みを覚え、ゆっくりと目を開けた。だが、目の前に広がるのは見知らぬ天井、見知らぬ部屋。薄暗い光が、粗末な壁に冷たく映っている。
「え? ここ、どこ?」
そう呟く声はかすれ、不安に震えた。
「ん? なに? 今、何時?」
エステルは慌てて声がしたほうに顔を向ける。
「アビーさん!」
そこには、寝ぼけ眼で髪をぐしゃぐしゃにしたアビーが、横になっている。
「ん? どうしたの? エステル。それよりも何時? まだ薄暗いし、朝早いんじゃない? 二度寝、していい?」
アビーの声はのんびりしており、この状況をまだ把握していないのだろう。
「ダメです、アビーさん。起きてくださいよ。って、ここどこかがわかりません!」
エステルが必死にアビーに訴える。
アビーは眠たげに目をこすり、身体を丸めもう少し夢の中にいたいと、そんな意思表示を感じたが、エステルの切羽詰まった言葉でよろよろと身体を起こした。
「なんか、身体が痛い……って、いつものソファじゃない。ここ、どこ?」
アビーのぼんやりした表情が一瞬で引き締まる。
二人は冷たく硬い床の上に転がされていた。部屋は殺風景で、まるで巨大な石の箱の中に閉じ込められたかのよう。窓もなく、調度品も一切ない。
「私も、わかりません……気がついたらここに……でも、アビーさんが一緒でよかったです」
エステルは胸を押さえ、声を震わせた。
こんな場所に一人放り込まれたことを想像したら、恐怖で叫んでいたかもしれない。今は隣にアビーがいてくれるから、なんとか気を落ち着かせることができた。
「で? 私たち、何、してたんだっけ?」
アビーが首を傾げ、気軽な調子で尋ねる。
「えぇと……そうですね……」
エステルは眉根を寄せ、記憶を手繰り寄せる。
寝て目が覚めたらここにいた。となれば、寝る前に何をしていたのか。
「う~ん。あそこの魔導具室が荒らされていて。片づけをしたんですよね」
「それは覚えてる。そしてエステルが言ったんだよね? 初期型の『でんわ』の試作品がないって」
「そうです、そうです」
エステルも記憶が繋がり、声を上げる。
魔導具室が荒らされ、ギデオンに報告した。ギデオン立ち合いの下、散乱した部屋を片づけながら、なくなったものがないかを確認し、『でんわ』が二台、消えていたことを突きとめ、それをギデオンに報告した。
その後は、いつもと同じように魔導具製作に取り掛かったはず――。
「アビーさん。荒らされた部屋の片づけをした後の記憶が、私にはありません」
記憶はそこで途切れ、気がついたらこの冷たい部屋にいた。
「奇遇ね。私にもないわ」
アビーがニヤリと笑い、なぜか自信満々に言い放つ。
「そんな堂々と言われても……」
エステルは呆れたように呟いた。
二人ともあれ以降の記憶がない。となれば、強制的に眠らされてここまで連れてこられたと考えるのが無難だろう。
だが、なんのために?
「どうして私たち、ここにいるんでしょうね」
エステルの声は不安に揺れる。
「う~ん。やっぱり若くて美貌に優れるこのアビー様を手に入れたくなっちゃったとか?」
アビーは髪をかき上げ、冗談めかして胸を張る。
「容姿云々の話は置いておいてください」
エステルは小さくため息をつく。
「冗談よ、冗談。そんな怖い顔をしないで」
アビーが人差し指で、チョンとエステルの頬をつついた。
「やっぱり、私たちがアドコック領の魔導職人だって知られてしまったんでしょうか?」
「まぁ。ずっと魔導具室にこもっていて、魔導具ばっかり作っていたら、嫌だってばれるよね?」
反論の余地などない。
あんな辺鄙な場所に、魔導具室というそれらしい部屋を用意されたら、アドコック辺境伯が大切にしている職人だとバレても無理はない。
その時、突然、殺風景な部屋の扉がガチャリと重い音を立てて開いた。
「おはよう、お二人さん」
三人の男が部屋に踏み込んできた。中央に立つ男が口を開く。
「君たちがあそこの魔導職人か……」
その声には、どこか探るような響きがあった。彼は他の二人より背が高く、鋭い目つきで二人を見据えている。どうやらこの男がリーダーのようだ。
「はい」
エステルは顔を強張らせ、答えた。
「こんな年端もいかない小娘が魔導職人とはな」
男が鼻で笑い、エステルも少しだけカチンと頭にきた。だが、状況を考えれば、囚われているのは明らかだ。反発する余裕はない。
「おまえたちに作ってもらいたい魔導具がある」
男の言葉には、ヴァサル国の訛りが混じっていた。
「はいはい。どんな魔導具? それさえ作ったら、私たちを返してくれるんでしょ? それとも、もうちょっといい部屋でいい待遇で迎えてくれないとさ。私たちもやる気出ないんだけど?」
アビーが軽い調子で切り返す。これは彼女なりの交渉術なのだろうか。
エステルはハラハラしながら見守る。
「なるほど? この部屋では不満だと?」
「あったり前でしょ? なんなのここ。牢屋か何か?」
アビーの声は堂々と室内に響く。
「まあ、人を閉じ込めておく部屋ではあるな」
男の声は冷たい。
「あのね。魔導職人って繊細なの。こんな殺風景な部屋では精神的に追い詰められて、作れるものも作れません」
エステルは男とアビーのやりとりを黙ってみていることしかできない。
アビーに負けたのか男は小さく舌打ちをした。それから両脇の二人に何か命じている。一人が先に部屋を出ていく。
「つまり、きちんと部屋を用意したら、魔導具を作ってくれるんだな?」
「部屋だけじゃだめよ? 私たちが人間らしい生活を送れる環境を保障してくれないと。ほら、魔導職人って繊細だからさ」
アビーの態度は、どこからどう見ても繊細とは遠いもの。それでも、彼女は男と対等にやり合っている。
その姿に、エステルは心強さを感じた。
「快適な寝床。美味しい食事。それから着心地のいい服。これは必須よね」
エステルもアビーの言葉に合わせてうんうんと頷く。
男はもう一度舌打ちをした。それでもアビーは怯まず、さらなる要求を突きつける。
「ところで、食事はまだ? 私、お腹が空いて……」
エステルは男が怒り出すのではないかと気が気ではなかった。リーダーの男はもう一人の部下に何かを命じ、その部下が部屋を出ていく。
「わかった。おまえたちに快適な部屋と食事、それから着替えを用意する」
「やったぁ。あなたって見かけによらずいい人ね。じゃ、腹ごしらえをしたら、あなたの話を聞いてあげるわ」
アビーがウインクを飛ばす。男は顔をしかめ、踵を返して部屋を出ていった。
パタリと扉が閉まり、続いてカチャリと金属音が響く。鍵がかけられたようだ。