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第一章:辺境へ行きます!(2)

 ヒルダは落ち着いた様子でエステルの背を撫で続けたが、父親と兄はどうしたものかとまごまごする。


 エステルとセドリックの婚約は、決して政略的なものだけではなかった。エステルは、王城で魔導具の開発をしていた父親のもとへ、よく遊びにいっていた。モートンがエステルの意見を聞くため呼び出すこともあったが、エステル自身が父の魔導具に打ち込む姿が好きだったのだ。


 幼い頃から王城へ足を運んでいたエステルだが、そこでセドリックと出会った。性別の違いはあったものの、同い年という共通点が二人の仲を一気に近づけた。


 エステルがモートンの仕事場に遊びに行くと、どこから聞きつけたのか、セドリックも決まって姿を現すのだ。そして父親が作った魔導具の試作品を二人で使い、ああでもないこうでもないと、遠慮のない意見をモートンへと伝える。するとモートンは、その魔導具を改良する。


 その後は二人で庭に出て、太陽の下を駆け回ったりおやつを食べたりと、他愛のない時間を過ごしていた。


 当時のエステルは、セドリックがこの国の王子だという認識はなんとなくあったが、それでも友達という気持ちのほうが強かった。


 それから学園に通うようになり、セドリックの立太子の儀が執り行われ、彼が正式に王太子となったときには、婚約者を決めなければという話があがった。


 そこでセドリックはエステルの名をあげた。


 ――結婚するならエステルがいい。


 セドリックがエステルを婚約者に望んでいると父親から聞いたときは、エステル自身も飛び上がって喜んだくらいだ。


 ヘインズ侯爵といえば、今では飛ぶ鳥を落とす勢いの国家魔導技師。その娘とあれば、王太子の婚約者にふさわしいだろうと、誰もが思った。


 また、一部関係者は、セドリックとエステルが幼いときから仲が良く、一緒に遊んでいたことも知っている。


 となれば、セドリックがエステルを望むのは、自然な流れでもあったのだ。


「エステル……落ち着きましたか?」


 やっと嗚咽が引いた頃、ヒルダがやさしく声をかけてきた。


「は、はい。みっともない姿をお見せして、申し訳、ございません……」

「いいんだよ。エステル。私たちは家族だからね」


 父親のあたたかさに触れれば、また涙が込み上げてきそうになる。下を向いて、それを誤魔化す。


「私たちは、エステルがセドリック殿下を想っていたのを知っているよ。ここにいては、まだ思い出してしまうだろう? だから、少し離れた場所で……そう、療養してみてはどうかと考えたんだよ」


 モートンが穏やかな声で告げた。


「療養……」

「そう。父さんの知り合いの家に面白い魔導職人がいるんだ」


 面白い魔導職人と言われ、エステルは顔を上げた。


 魔導具を作る人には二種類の人間がいる。モートンのように国に認められ、国のために働く国家魔導技師と、国に届けを出して自由に働く魔導職人だ。国のためかそうでないかで、扱いが変わってくる。


 王都で暮らしている者は国家魔導技師の資格をとってもいいが、地方に住んでいる者にとっては、面倒な肩書きとも聞いている。


 何よりも、第一に国のために働かなければならず、国の利益となるような魔導具を開発したり、売り上げの一部を税金として納めたりと負担も多い。さらに、年に数回、王都に足を運ぶ必要があり、職人はそれを嫌う。移動時間がもったいないと思っている者たちばかりだからだ。


 そのため、地方の職人は国家魔導技師を避ける傾向にあり、そんな彼らは技師ではなく職人であり続けようとする。


「その魔導職人も女性だしね。女性の技師や職人は少ないから、エステルにとってはいい師になるのではと思っているのだが……」


 父が言うように、女性で魔導具の開発や製作に携わっている者は数少ない。専門性に特化しているから何かと敬遠されているし、女性は社交を取り仕切るといった考えがまだ根深く残っているためか、手に職をつける女性のほうが珍しいのだ。


 モートンの言葉に、エステルは興味を示すものの、それでもまだ気持ちは沈んでいる。


「もちろん、エステルがここにいたいというのであれば、私たちは無理にとは言わないわ。お父様もあなたを思いやってのことよ?」

「お母様……」


 家族と離れるのは寂しいが、ここにいればセドリックを想ってしまうだろう。何よりもこの地は彼との思い出が多すぎる。


「エステル。僕たちはいつだって君の味方だよ」

「お兄様……」


 王太子から婚約解消を告げられたエステルを、家族はあたたかく接してくれる。もっと冷遇されたっておかしくはないのに。なによりもヘインズ侯爵家の名を貶めてしまったというのに。


 だからこそ、これ以上、家族に甘えてはいけないのかもしれない。家族に迷惑をかけたくない。


 そんな思いもふつふつと湧き起こってきた。


 それに、父の言う女性魔導職人も気になるのだ。


 好奇心とこれ以上家族には迷惑をかけられないという気持ちが、交錯する。その結果、エステルは決意した。


「お父様……私、王都を離れます……その、魔導職人の方を紹介してください」


 エステルの言葉に両親と兄が、ほっと息をついたのがわかった。だからきっと、これが正解なのだ。


最後までお読みくださり、ありがとうございます。

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