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第六章:でんわを改良します!(7)

 そのままセドリックはヘインズ侯爵の元に向かった。彼は十数年前から、王城に研究室を構えており、その部屋は他の技師よりも広い。


「久しぶりだな、ヘインズ侯爵」


 突然、研究室を訪れたセドリックを見たモートンは、驚いたように目を瞬いた。


「殿下、いつこちらにお戻りに?」

「さっきだな」

「お疲れでしょう? ごちゃごちゃしているところで申し訳ないですが」


 モートンはそう言ってセドリックを室内に招き入れる。


「ところで、襲われたと聞いたが。怪我は?」

「あぁ。大したことありません」


 モートン自らお茶を用意しようとすれば、彼の部下がやってきて「私がやりますから」とティーセットを奪っていく。


 モートンの研究室には、彼以外にも数人の技師がいるが、皆、若手だ。若手の育成も国家魔導技師の役目だと、彼はよく口にしている。


 だから国家魔導技師を目指す者たちを受け入れているらしい。だが、だれかれかまわず受け入れているわけではなく、もちろん学園時代の成績や実績などを加味しているため、ヘインズ侯爵の研究室に入るのは、魔導技師を目指す者たちにとっては憧れらしい。


 そういえばアドコック辺境領の魔導職人のアビーも、ヘインズ侯爵を崇拝していた。その娘のエステルに対しては気さくに接していたというのに。


 モートンはセドリックを別室に案内した。ここは、会議などを行うときに使う部屋のようだ。

 彼の部下がお茶を並べてから部屋を出ていくのを見届け、セドリックは口を開いた。


「ヘインズ侯爵に見てもらいたいものがある」


 声色を下げて言い出せば、モートンも眉間にしわを寄せる。それだけ大事な話だと、彼も認識したようだ。


「これが、エステルの作った『でんわ』だ」


 荷物入れの中から、エステルが帰り際に渡してくれた『でんわ』を取り出した。


「今、アドコック領で使われているのは、同じものを互いに持ち合い、一対一の固定の相手と連絡をすること。だが、これはこのボタンで通話回路を切り替えることで、通話したい相手を選ぶことができるらしい」

「つまり、これを使えば、今、エステルと話ができると?」

「そういうことだ。ちなみにエステルと話をするときは、これをここに合わせればいい」


 エステルが作った『でんわ』を手にしたモートンは、それをいろんな方向からじっくりと見まわしていた。


「……殿下」

「なんだ?」

「これを、分解してもよろしいでしょうか?」

「分解?」


 いきなり何を言い出すのか。


「はい。分解です。これを分解して、同じようなものを作る。そうすれば私もエステルと話ができるわけですよね?」


 エステルの魔導具好きは、間違いなくこの父親の影響を受けている。ただヘインズ侯爵の場合は、そこに娘への想いがくわわり、その結果『でんわ』に興味をもっているようにも見えた。


「あぁ……この技術がヴァサル国に伝わるのを、俺は懸念している」

「殿下の心配はもっともです。そのためにも、私は娘が有している技術を把握する必要がある。父として、技師長として」


 エステルを守るためにも、エステルの能力を知っておくのは必要かもしれない。何が狙われ、何は問題ないのか、それを見極める必要もあるだろう。というのも、危ない、危険、狙われると言って、彼女の魔導具を狭い世界に閉じ込めておくのは、セドリックも望んでいないからだ。


「侯爵、これを預ける。だが、一つだけ急いで決めてもらいたいことがある」

「なんでしょう?」

「ギデオンとも話をした。魔導具流通のための法規制だ」


 ヘインズ侯爵の目も鋭くなる。


「こちらの技術が不用意に他国に利用されないように。他の輸出品と同じように管理してほしい」

「それは魔導具そのもの。それとも技術……」

「両方だな。例えば、設計書や回路図が他国に流れても、問題になるだろう? 現品が流れても、そこから侯爵のように分解して技術を盗む者もいる」


 モートンも腕を組み、どこか宙を見つめ、考え込む。


「とにかく、エステルのそれは危険だ。その技術をヴァサルにもっていかれたら、彼らはそれを応用し、簡単に連絡を取り合うようになるだろう」

「つまり……盗聴が容易になると?」

「恐らく。そして彼らが狙うのは、今の国王、そして王子……」


 どこかに潜んでいるヴァサル国の改革派が、互いに連絡を取り合えるようになれば、動きやすくなるだろう。


「……そうですね。殿下は、ヴァサル国の王子のために、エステルを捨てたわけですから」

「す、捨てたわけじゃない。今はまだ、守ってやることができない。俺に力が足りないから……」

「だったら、エステル本人にきちんとそう伝えてくださればいいものを……。変そうしてまで彼女に会いにいくくらいなら」


 間違いなく侯爵は怒っている。表面上は穏やかに見えるが、言葉がとげとげしい。

 だが、そうされるだけのことをセドリックはしでかしたのだ。


「約束する。すべてを終えたら、エステルには謝罪する。そして俺の弱さも……。もう一度、結婚を申し込ませてくれ」

「それを決めるのは私じゃありませんからね」


 少し言い方が冷たい。やはり侯爵は怒っているようだ。


 モートンに『でんわ』を預けたセドリックは、その足で父王の元に向かい、ギデオンとエステルのこと、ジュリアンとヘインズ侯爵と情報交換したことを報告した。


 父王も魔導具の密輸には頭を悩ませているようで、ヘインズ侯爵たちと共に魔導具の輸出については法規制の整備を早急に進めると約束してくれた。


 そしてセドリックは、エルガス学園の生徒に戻るのだ。





 セドリックが王都に戻ってきて、十日ほど経った頃。ジュリアンと一緒にヘインズ侯爵から呼び出された。


 もちろんジュリアンは留学生ジュリーの姿だ。となれば、彼はセドリックの腕を取り、ラブラブな様子を演じる必要があるだろうと言うのだ。いくら王城内であっても、どこに誰がひそんでいるからわからないから、ジュリーがジュリアンの仮の姿だとバレてはいけないと、それらしいことを言ってくるから断ることはできない。


 セドリックがジュリアンと腕を組んでヘインズ侯爵の研究室に入れば、侯爵の呼吸が一瞬、止まったように見えた。


「殿下、どうぞこちらに……」


 抑揚のない声でそう言ったモートンは、怒っているのか呆れているのかよくわからない。

 先日もとおされた部屋に入った瞬間、セドリックはジュリアンを突き放した。


「ひどい、セディ」

「ひどくない。離れろ。ここにはヘインズ侯爵以外、誰もこない。そして侯爵はおまえの正体を知っている」

「侯爵が知っていても、誰か他にもやってくるかもしれないでしょう? ねぇ? お願い。オレの命を守ると思って」


 ジュリアンなのかジュリーなのかわからぬ口調で、セドリックの腕に絡みついてきたため、それを遠慮なく突き放す。


 その様子をみていたモートンも、笑いをこらえることができなかったようだ。だが、すぐに落ち着きを取り戻し、テーブルの上に魔道具を並べた。


「これが、セドリック殿下からお借りした『でんわ』です」

「すげっ。これがあの『でんわ』? エステル嬢が開発したっていう……これで遠くにいる人物と話ができる……?」


 初めて『でんわ』を目にしたジュリアンは興奮が冷めやらない。


「そうです。これを分解し、原理を確認しました。その途中、こんな会話を拾って、それを記録しておきました」


 ヘインズ侯爵は、別の魔導具を取り出した。それが会話を記録するための魔導具なのだろう。


『……ガがッ……ガッ……』


 ノイズ音が聞こえるが、この魔導具の向こう側に誰か人がいる気配もする。


『エステル、さっきから何をやってるの?』


 聞いたことのある声に、セドリックは眉をひそめる。


『あ、バレました? あの人たち、いなくなったから。この『でんわ』を改良して誰かに……』

『でも、これ試作機だから制限があるっていってなかった?』

『何言ってるんですか、アビーさん。私が改良しているんですよ? こっちの『でんわ』から発せられる魔導回路を、誰かが検知できるようにって……』


 そこで会話は途切れ、あとは最初と同じようにノイズ音が聞こえてきた。


「セドリック殿下、これはどういうことですかね? それともジュリアン殿下にお聞きしたほうがいいですかね? エステルを巻き込まないようにと、セドリック殿下は婚約を解消し、エステルをアドコック領に預けたわけですよね?」


 ヘインズ侯爵が怒っている。


「……申し訳ない。恐らく、ヴァサル国の組織だろう」


 そう謝罪したのはジュリアンだ。ジュリーの姿であるのを忘れたかのように、その声は勇ましい。


「彼らがエステル嬢の『でんわ』を狙っているのは知っていた。なによりも、侯爵が襲われたのがその証拠だと思っている」

「あのときも、私は『でんわ』という言葉に反応しましたからね。なぜヴァサル国の訛りがある彼らがそれを知っているのかと……」

「彼らはこの『でんわ』の技術を破壊兵器に応用したいんだ」

「破壊兵器だと?」


 セドリックが目をすがめる。


「ああ、だがそれよりも。先にエステル嬢を助けにいくほうが先だろ?」


 ジュリアンの言葉はもっともだ。こうしている間にも、エステルは見知らぬ場所で、見知らぬ者たちに、どんな扱いを受けているかわからない。


「ヘインズ侯爵。エステルの居場所をこの『でんわ』を使って探れないか? 俺は、国王に報告し、騎士団を動かす手はずを整えてくる」

「わかりました。これを使ってエステルとなんとか連絡を取り合ってみます」


 そう言ったモートンの顔は、娘を想う父親のものだ。


「ヘインズ侯爵。こちらの国のごたごたに巻き込んでしまい申し訳ない。オレもすぐに父王に連絡し、もし、エステル嬢がこちらの国にいるのであれば、すぐに救出できるよう、依頼する」

「両殿下に感謝申し上げます」


 そう口にしたモートンだが、その目には微かに怒りが宿っていた。


最後までお読みくださり、ありがとうございます。

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