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第六章:でんわを改良します!(6)

* * *


 王都に戻ったセドリックがまず向かった場所は、ジュリアンを匿っている屋敷だ。


「おい、ジュリアン。今、戻ったぞ」

「お待ちしておりました、セドリック様」


 エントランスで彼を出迎えたのは、セドリックと同じ顔をし、同じ髪型、同じような体格の男である。彼は、セドリックの影武者を務めるアーノルド・ノーラン。代々騎士を輩出しているノーラン伯爵家の次男で、セドリックよりも年は二つ上だが、同じ瞳の色、似たような体格によりセドリックは彼を側近として望み、ときに影武者として務められるよう命じていた。瞳の色だけは魔石で変えることはできないが、髪色や髪型は魔石によってセドリックに似せている。


「アーノルド、おまえにも苦労をかけたな」


 そう声をかけてねぎらうと「あぁ……そうですね……」と、どこか白目になって答える。セドリック同じ姿でそんな表情をされるのは心外だが、これは何か嫌なことがあったと、それを物語っている。


「何かあったのか? アーノルド……」

「それが……」


 アーノルドが何か言いかけたとき、扉の向こうからセドリックを呼ぶ声が聞こえてきた。


『ちょっと、セディ。どこに逃げているのよ』


 戻ってきて早々、彼の声を耳にすることになるとは。いや、ジュリアンに会いに来たのだから仕方あるまい。だが聞きたい声は、ジュリーの声ではなくジュリアンだ。


「おい、ジュリアン。おまえ、いい加減にしろよ」

「あ、セディが二人いる」


 室内の華やかなソファでゆったりと身体を横にしていたのは、女子用の制服姿のジュリアンだった。つまり、ジュリーのほうだ。


「アーノルド。おまえも着替えてこい。髪も元に戻してかまわない。俺が戻ってきたからな」

「御意」


 セドリックに変装していたアーノルドは、静かにその場を去った。


「あいかわらず元気そうだな、おまえは」

「うわぁ。その冷たい言葉。本物のセディだ」

「その声、やめろ。頭も取れ。ここに来たら、元に戻せと言っているだろう? まさか、その姿でアーノルドに迫ってないよな?」


 セドリックが冷ややかな視線で見下ろすも、ジュリアンはにっこりと笑って動じない。だからセドリックも睨み続ける。


 沈黙のなか、先に折れたのがジュリアンだった。


「わかった、わかった。ごめんって。愛しのエステルに会ってきたから、セディももっと丸くなったかと思ったのに、さらに尖って帰ってくるとは予想外だったよ。ジュリー会いたかったよって、ハグを期待していたのにな」

「おまえ……まさかそれをアーノルドに強要していないよな?」

「あ、バレた? ほら、学園内ではセドリック王太子殿下は留学生のジュリーにご執心って言われているからさ。やっぱりその期待に応えないとね」


 アーノルドには特別給金を上乗せしておこう。

 そう心の中で呟いたセドリックは、ジュリアンの向かいに腰を下ろす。


「それで、例の『でんわ』の件は、どこまで広がっている?」

「あぁ……。一時期、国家魔導技師たちが、見知らぬ者にそれについて聞かれたと言っていたが、こっちの技師たちは知らんからね。むしろ『でんわ』ってなんだ? っていう感じ。ただ、その言葉に反応したのがヘインズ侯爵だった」


 エステルが昨年から開発に力を入れていた魔導具だ。彼女の父親であるヘインズ侯爵なら、『でんわ』を知っていてもおかしくはないだろう。逆に、他の魔導技師たちは、まだ『でんわ』の存在も機能も知らないかもしれない。となれば、噂はあっても、現物は出回っていないはずだ。


「だから、侯爵も襲われたんだけどね」

「今のところ、それは噂といった感じでいいんだな?」

「そう。噂のレベル。知っている人は知っているし、知らない人は知らないし、興味のない人は無関心。それでも、知っている人はその魔導具を使ってみたいって言ってる感じ」


 となれば本当に噂のレベルだ。現物までは出回っていない。ギデオンも厳しく言っていたから、あの領民であればそれをしっかりと守るだろう。


「ヘインズ侯爵の一件があって、国王が魔導技師たちを保護するよう騎士団に命じた。だから魔導技師たちは、王城に避難してる。って彼ら、もともと王城に研究室みたいなの持ってるでしょ? だからそこに寝泊まりしている感じみたいだな」


 どこかで聞いたことのある話だと、セドリックは既視感を覚えた。


「とにかく、俺が戻ってきたからアーノルドは俺の護衛に戻す」

「えぇ? 明日からは本物が学園に通う?」

「当たり前だ。なんだ? 俺よりもアーノルドのほうがいいのか?」

「だって、彼。反応が初心なんだもん」


 やはりアーノルドには特別給金を上乗せしておこう。


「おまえのアホなことに突き合わせるために、彼をおいていったわけではないからな。この野郎」


 セドリックは手元にあったクッションをジュリアンに向かって投げつけた。身体をすっかりと横にしてくつろいでいるジュリアンに逃げる術などあるわけがない。


 ぼふっと鈍い音がして、ジュリアンの顔に命中した。


「おまえ、鈍ったんじゃないのか?」

「そうだな。あっちのセディはこんな乱暴なことをしないしね。もう、あっちが本物でこっちが影武者でいいんじゃない?」


 顔にあたったクッションを引きはがしながら、ジュリアンは答えた。


 そんなくだらないやり取りをした後、情報交換をし、セドリックは王城に向かう。


「えぇ? セディ、帰っちゃうの? 一人じゃ寂しい。そっちのセディを置いていって」


 帰り際、ジュリアンに引き止められそうになったアーノルドは、心底嫌そうな顔をしていた。


最後までお読みくださり、ありがとうございます。

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