第六章:でんわを改良します!(5)
エステルが地下室に引きこもっている間に、とんでもないことになっていたのは事実だ。
夕食を終え、アビーの元に向かおうとしたとき、ギデオンに呼び止められた。
「アビーのところに行くなら、ついでに伝えてくれないか?」
ギデオンは先ほどの話をエステルがアビーに相談すると読んでいたようだ。
「ごたごたが片づくまで、城塞内でおとなしくしておいてほしいと。エステルもだ」
「え? どういうことですか?」
「だから先ほどの見慣れぬ者がここに入り込んでいる件だ。彼らの狙いは間違いなく『でんわ』だろう。あの魔導具は画期的だ。セリオに指摘され、不用意に広まるのを抑制したが……。人の噂は出回るだろう? 現物がなくても、そういう魔導具があるらしい、といった噂話は勝手に広まっていく。その噂を聞きつけた者がここに入り込んでいるんだ。その噂の真偽を確かめるためにな」
たかが『でんわ』で、これほど大ごとになるとは思ってもいなかった。
「今はまだ、魔導具に関する法整備や外交の決まりが確立できていない。その辺りをすぐに決めるよう、ヘインズ侯爵も動いているようだ。魔導技師や職人を守るのも、国家魔導技師の役目だと、彼は言っていたらしい」
懐かしい父の話を聞け、エステルの胸が熱くなった。しかも今の話は、ちょっとだけ父が尊敬に値する話だ。
「ありがとうございます。ギデオン様や父を信用します。本当はもっと『でんわ』をいろんな人に使ってもらいたいですけど、今はまだその時期ではない。つまり、時代が追いついていないんですね!」
「そうだな。おまえは時代を先取りしたわけだ」
そこでギデオンが豪快に笑ったので、エステルも釣られて笑った。
「とにかく、アビーさんにも伝えてきます。城塞から出ないようにって」
「まぁ……伝えるまでもないと思うが。むしろアビーを城塞から出すほうが難しい。いや、あの地下か?」
そんなことを真面目な顔でギデオンが言うものだから、エステルはまたくすっと笑みをもらした。
その後、すぐにアビーのところへと向かうが、彼女はちょうど夕食を食べているところだった。夕食もこの部屋にジェームスが運んでくるのだから、アビーは徹底してこの部屋から出るつもりがないのだ。
「あれ? エステル。この時間にわざわざここに来るなんて、珍しいね」
アビーの言うとおり、いつもであれば、夕食を終えたエステルは自室に戻る。そしてベッドの上でごろごろしながら、魔導具に関する本を読むのが至福のひとときであった。
「はい。ギデオン様から聞いたのですが、アビーさんにも伝えておこうと思いまして……」
そう言ったエステルは、先ほどギデオンから聞いた見慣れぬ者の話を伝えた。しかも彼らの狙いが『でんわ』だろうということも。
「ふ~ん。なるほどね。でも、大丈夫よ。私は城塞から出ないし。むしろ、この部屋から出ない」
胸を張って答えるアビーの姿を見れば、なぜか安心してしまうから不思議なものだ。
「ギデオン様も同じことを言ってました」
「ちょっと、それは悔しいわね。まぁ、事実だけど」
そうやってアビーと、見慣れぬ者と『でんわ』の情報交換をし、エステルは自室へと戻った。
しかし、それから数日後の朝。
そろそろエステルがアドコック領にやってきて一年経つか経たないかという時期。
地下にある魔導具室が荒らされていた。
「嘘でしょ……?」
そう呟いたのはアビーだ。
「私、そこで寝ていたのに、まったく気づかなかった……」
相変わらず彼女は地下室で寝ている。そして荒らされたのはその地下室。アビーが言うように、彼女が寝ている時間帯だった。
「それで、なくなったものは何かあるか?」
室内の確認のために、ギデオンやジェームスもやってきた。
「う~ん。設計書とか回路図は無事なのよね。普通、盗むならそういうのを盗むわよね?」
「きっと盗人は、その設計書や回路図に興味がなかったんでしょうね」
エステルが手にしたのは除雪魔導具の設計書だ。これだって、画期的な魔導具だと言われている。だというのに、この設計書は無事だった。
こういった図面関係が荒らされた様子はない。むしろ、部品棚とか試作品とか、そういったものが荒らされ、床に散らばっていた。
だからすぐに何がなくなったかというのを判断できない。
「ギデオン様。片づけながら、確認してもいいですか? この状況では一目で何がなくなったか、よくわからないので……」
「ああ、かまわない。特にその机の上はひどいな……」
「何、言ってるの? この机は荒らされていないわよ。私がいつも使っている場所」
たまたまアビーの机の上には、資料しか置かれていなかった。といっても、その置き方はかなり乱雑だ。
だが、やはり犯人はそういった書類に興味がないようだ。
床に散らばった部品などを元の場所に戻す。その間、ギデオンとジェームスは、犯人の侵入経路はああだこうだと、そちらを調べているようだった。
また、床に落とされたことで使えなくなった部品や試作品もある。それらはアビーが丁寧に仕分けていた。
そうやって床がきれいになって、エステルは気がついた。
「ギデオン様、アビーさん!」
エステルが作業用に使っている大きな机の上に、今までの魔導具試作品を並べてみて気がついた。
「あれがありません」
「あれじゃわからないって。何がないのよ!」
アビーの鋭い突っ込みが入る。
「あれです、あれ。『でんわ』ですよ。それの初期型の試作品がないんです。きっと犯人の狙いは『でんわ』です」
一瞬、ギデオンとアビーの視線が鋭くなった。
「エステル。ないのは初期型の試作品だけ? 他には?」
部品棚に部品を戻し、試作品も棚の上に並べてみたが、他にないものは見当たらない。
「他には……ないものはないようです」
「だったら、賊の狙いは完全に『でんわ』ね。現品を見て、真似して作ろうとしているのではないかしら? でも、きっと回路図や設計図は読めないのよ。だから現品をもっていったんだわ」
「でも、あれは試作品ですし」
そこでエステルは顔を曇らせる。あの試作品の『でんわ』を見て、『でんわ』を量産でもするつもりなのだろうか。
「試作品であっても、動作確認はしたわよね?」
「はい」
「つまり、搭載されている回路板を分析すれば、同じような『でんわ』が作れるってことよね?」
アビーの言っていることは正しい。
「う~ん、厄介なものをもっていかれたわね」
「ごめんなさい」
「ま、そこで寝ていながら侵入者に気づかなかった私が言うのもなんだけどね!」
自嘲気味でありながらも、どこか明るいアビーの声に、少しだけ励まされた。
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
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