第六章:でんわを改良します!(4)
地下から上がり、城塞を出て、内城の門をくぐって外城にやってきたエステルは、すれ違う人たちから次々と声をかけられていた。というのも、『でんわ』制作でずっと地下にこもりっきりで、姿を現さなかったのが原因だ。
「エステル様、ずっとお姿を見ませんでしたが、体調を崩されていたんですか?」
「エステルさま。どこに行っていたの?」
「私は元気ですよ。それにどこにも行っていなくて……あえて言うならば、地下室……。魔導具作りが忙しくてですね……」
そう返せば、誰もが納得する。
「エステル様の『でんわ』、とっても便利ですもんね。私も夫にもたせて、仕事が終わった頃に『でんわ』で連絡をするんです。そうしたら不思議なことに、『でんわ』を持つようになってから、あの人も早く家に帰るようになったんですよ」
おほほほ、と夫人は笑っていた。
「エステルさま。ぼくも『でんわ』ほしい。アリスと『でんわ』でお話したい」
夫人の子が、明るい声で言った。
「そうね。でも『でんわ』は便利な魔導具だけど、便利なだけに正しい使い方をしなければならないの。その正しい使い方ができるようになったら、『でんわ』を作ってあげるわ」
「わかったぁ」
元気な返事をした子どもだが、本当にエステルの話を理解したかどうかはわからない。
彼らと別れた足を、ジャックの家へと向ける。
「エステル様」
また呼び止められる。彼女は外城で花を育てている女性だ。その花を乾燥させポプリにしたり、花びらの砂糖菓子にしたりして売っている。
「あぁ、よかった。最近、お姿を見かけなかったから心配していたんですよ」
それは地下室にこもっていたからだと説明すれば、彼女も安心した表情を見せる。
「ほら。最近、ちょっと見かけない人が外城内をうろついていましてね」
外城は外の者にも開放している。ここがアドコック領の中心的な街だからだ。旅の者がこの場所で必要な物を手に入れるためでもある。
また、特に冬を迎える前は、これ以上先に進まないようにと、彼らを引き留める役目もあった。
「それに……『でんわ』について聞かれた人もいるようで……」
『でんわ』については、アドコック領内で使用することを条件としてある。それはセリオに言われたからというのもあるが、ギデオンもアビーも「量産できない状態で、いろんなところにばらまかないほうがいい」と言ったからだ。
ギデオンたちが言うのももっともであると、エステルもその考えに同意した。
だから『でんわ』を使いたい者は、領地内で使用すること、他の者には情報を提供しないことを約束させた。
だが、女性が言うには、たまたま外で『でんわ』で連絡を取り合っていた人がいて、その人物に「それはどこで手に入れることができるんだ」と詰め寄った人物がいたらしい。
見慣れぬ者で、領民ではないと誰もが判断したため、「これは領主様が配ってるんだ」と言ってその場を誤魔化したらしいが。
エステルが地下室に引きこもっている間に、『でんわ』のせいでそのような事件が起こっていたなど知らなかった。ギデオンは特に何も言っていなかったし、アビーも知っているかどうかなんて、エステルは知らない。
「そうなんですね……」
「はい。ですからエステル様も見知らぬ者には気をつけてください。どうやらその男は、『でんわ』を作れる職人を探しているようにも見えましたので」
そして女性はキョロキョロと周囲を見回し、誰もいないのを確認するとほっと息をついて「では、また」と頭を下げて去っていく。
彼女と別れたエステルは、『でんわ』を胸に抱えて、ジャックの家へと急いだ。
ジャックは家にいた。ちょうど畑仕事の合間の休憩に戻ってきたらしい。
「遅くなってしまってごめんなさい」
「いえいえ、わざわざありがとうございます。これで、集落にいる母と弟と連絡ができます」
ジャックの家族は集落で暮らしている。やはり離れて暮らす家族がいれば『でんわ』で連絡を取りたくなるのだろう。エステルだって、王都にいる父と話がしたいと思う。
だが、その『でんわ』を父に送る術がない。誰かに頼んでというのは、ギデオンが禁止している。それは他に流出するのを防ぐためだとも聞いていた。
だから家族に『でんわ』を渡すためには、彼らにこちらへ来てもらうか、エステルが王都へ向かうか。
セリオは、ギデオンの友人の子で、ギデオンが信頼する人だから『でんわ』を渡す許可ももらえたのだ。
セリオには渡せた『でんわ』が家族は手にすることができない。
城塞へと戻るエステルは、複雑な気持ちだった。
その日の晩餐の時間、エステルは思い切ってギデオンに尋ねてみた。
「ギデオン様。今日でみんなから依頼のあった『でんわ』を作り終えました。ですが、それを調べている見慣れぬ者がいると聞いたのですが……」
ナイフを動かすギデオンの手が、ひくっと不自然に止まる。しかし、すぐに何ごともなかったかのように肉を切り、それを口に運んだ。
さらにワインを一口飲んでから、ギデオンが口を開く。
「ああ。最近、そういった話をよく聞く」
「私は、知りませんでした……」
「おまえはアビーと一緒に引きこもっていたからな。それに魔導具製作で忙しくしていただろう? 余計な心配をかけたくなかった」
ギデオンの言うことも一理ある。見慣れぬ誰かが『でんわ』に探りを入れているなんて言われたら、エステルだって気が気ではなかっただろう。
技術を盗まれるのか、とか。部品が盗まれるのか、とか。それともエステルやアビーを脅して作り方を聞き出すのか、とか。
「その件については、民らにもきつく言いつけている。決して外で『でんわ』を使わないこと。外からやって来た者に聞かれても、知らないと言い通せ。もしくは、俺の名前を出しておけとな。エステルやアビーの名を出すのは禁じている。ここの貴重な魔導職人だからな。ここより高い賃金を提示され、他所に引き抜かれたら困る」
ギデオンの口調は相変わらず固いが、今の言い方はエステルを安心させようとしているのだろうというのが伝わってきた。
「とにかく、『でんわ』を狙っている者の素性がよくわからない。俺のところに直接聞きに来た勇敢な者もいないしな」
そう言ったギデオンは、再びナイフを動かし始める。
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