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第六章:でんわを改良します!(3)

「そういえば、セリオさんが変なことを言っていたんですよね」


 手を動かしながら、エステルがアビーに話しかけた。


「変なこと?」


 アビーも手を止めることなく、聞き返す。


「はい……。セリオさんが『でんわ』は決してアドコック領以外の人間に見せるなって……」


 それは、できるだけたくさんの人に使ってもらいたかったエステルの考えとは反するもの。


「どうしてですかね?」


 アビーに助けを求めるように尋ねるが、アビーも「なんでだろうね~」と言って、誤魔化しているようにも見える。


「もしかしてセリオさん……。この『でんわ』を真似して、王都に広めたいとか。もしかして、そういうこと?」


 エステルの脳裏には盗作という言葉が浮かぶ。


「う~ん。あのセリオだよ? それはないと思うけど?」


 アビーがそう言いたくなる気持ちもわかる。なによりもセリオは魔導職人ではない。魔導具をそれなりに使える一般人という位置づけだ。いや、魔導具の分析が大好きな評論家か。


「でも、セリオさんが魔導具を作れなくても、『こんな魔導具があったらいいな』って、誰かに言うかもしれないじゃないですか」


 むしろ、幼いときのエステルがそうだ。前世の記憶を頼りに、そうやってモートンに魔導具のアイディアを提供していた。


「エステルの考えすぎ。私も言ったでしょ? この技術を狙おうとしてくる人がいるかもしれないって。特にエステル! 除雪魔導具とか、『こたつ』とか。そういう変わったものをぽんぽんと思いつくから、あなたからその考えを盗もうとする人物もいるかもしれない」


 そう言われても、エステルはピンとこない。

 いい魔導具であれば、みんなに使ってもらって喜んでほしいという気持ちが先にあるからだ。


「ああ、もう。セリオの気持ちがわかった。どちらにしろ、今の私たちだけではここに住んでる人たちの希望を叶えるだけでせいいっぱい。この国に広めたいというのであれば、ホント、神の力を借りないと無理。そのときはどうやって『でんわ』を広めていけばいいのかを相談すればいいのよ」


 アビーもセリオと同じようなことを口にする。


「だからエステルは、今までの魔導具すべて、勝手に他の人に売らないように」


 だが、その最後のひとことは意味がわからない。


「え? だから、なんでそんな話になるんですか!」

「だってエステルって人がいいじゃない? 困ってるんですぅ。その魔導具を売ってくださぁいって、懇願されたら、見知らぬ人にでもほいほい売っちゃいそうだし。下手すりゃ、もってけ! とか言い出しそうだから。私たちがやってるのは慈善事業じゃないからね」


 アビーはエステルの性格をよくわかっている。


 それから数日後、セリオが王都に戻る日がやってきた。

 別れ際、エステルは彼に『でんわ』を手渡した。


「こちらも試作機なんですけど、ちょっと他の『でんわ』とは違うんです――」


 そう言って、セリオに使い方を説明する。


「寂しくなります。せっかく仲良くなれたのに。荷物運びする人がいなくなります」


 寂しくなるというのはエステルの本音だ。荷物運びの件は、その本音を隠すための言い訳のようなもの。


「なんだよ。結局、俺は荷物運びの男か!」


 そう言ったセリオと目が合う。澄んだ空のような青い瞳は、神秘的だ。つい目を奪われてしまう。


「エステル……?」


 ほろ苦い気持ちと絡み合って、ぼんやりしてしまったかもしれない。

 名を呼ばれて、我に返る。


「あ、ごめんなさい。別れは笑顔で、再会を涙でってアビーさんに言われたのに……」


 泣かないようにしようと思っていた。それでもほんの数か月だったというのに、セリオと過ごした日々が、頭の中に次々と思い出される。


「エステルは泣き虫だな」


 セリオの長い指が、溢れそうになっていたエステルの涙をぬぐった。


「俺と別れのときに、そんな不細工な泣き顔でいいのか? 俺はエステルを思い出すたびに、不細工な泣き顔しか思い出せないかもしれない」

「ぶ……不細工って……」


 少しカチンとくる彼の言い方に、エステルも反論した。少しだけ目を吊り上げる。


「泣くくらいなら、怒ったほうがいい。エステルに涙は似合わないからな」

「も、もう……」


 あまりにも恥ずかしいことをさらっと言われ、今度はエステルの頬が熱くなる。


「大丈夫。また絶対に会える。それに、この『でんわ』もあるしな。俺の声が聞きたくなったら、いつでもこれを鳴らしてくれ」

「はい……」

「じゃ、またな」


 セリオが手を差し出してきたため、エステルもその手を握り返す。


 エステルは馬車に乗り込むセリオの姿を見送った。そしてその馬車が見えなくなるまで、その場に立ち尽くしていた。





 セリオがいなくなってから、まるで魂が抜けたかのようにぼんやりするエステルにアビーの叱責が飛ぶ。


「ちょっとエステル。何、ふぬけになっているの!」

「あ、ごめんなさい」

「そんなにセリオに会いたいなら、『でんわ』を使えばいいじゃないの。アビー様は見ていました。セリオに特別な『でんわ』をあげていましたね?」


 なぜか敬語で確認してくるところが、恐ろしい。


「あ、あれは……」


 必死に言い訳しようとしたエステルだが、言葉が出てこない。


「別に誤魔化す必要ないでしょ? 恥ずかしいことでもあるまいし」


 アビーの言うことはもっともなのだが、それでもあのやりとりを見られていた事実が恥ずかしいのだ。


 それにエステル自身、セドリックの代わりをセリオに求めているような気もして、複雑な気持ちだった。セドリックにはもう手が届かないけれど、セリオならとどこか期待する気持ちもある。

 あれだけセドリックを好きでいたのに、そんな簡単に心変わりしていいのだろうかと。


「そんなに気になるなら『でんわ』使ってみたら?」

「でも……向こうだって、すぐに連絡とれる状況ではないかもしれませんし……。こんな時間に連絡をいれたら、迷惑かもしれませんし……」


 そう思ったら、いつでも使える『でんわ』を使うのが億劫になってしまったのだ。


「ギデオン様のように、いつの何時にお互いに『でんわ』を使うって決めておけば、悩むことなく使えるんだろうとは思うのですが……」

「なるほどね。いつでも手軽に連絡ができるようになったけれど、相手の都合を考えてしまうと逆に連絡ができない。それが今の『でんわ』の課題ってわけね」

「もちろん、今すぐ連絡する必要がある場合もあるかと思います。緊急を要する場合、例えば、川の橋が流されたとか。怪我人が出たとか?」


 うんうんと頷きながら話を聞いていたアビーだが、「あ」と声をあげる。


「じゃ、手紙のように読むのはいつでもどうぞってことで、声を残していつでも聞いてねっていう機能をつければいいんじゃない?」


 アビーが言った内容は、留守番電話機能だ。


「そうすれば、相手も忙しければ『でんわ』を無視すればいいしね。かけた人は、相手とつながらなかったら、言いたいことだけ伝えておけばいいし」

「アビーさん。それ、素晴らしいですね。早速、実装したい……」

「駄目よ。私たちにはまだ、これだけの『でんわ』を作る作業が残っているんだから」


 バンッとアビーが見せつけたのは『でんわ』が欲しい人たちのリストだ。まだ何十人も残っている。そしてこの『でんわ』はかける側と受け取る側の一台ずつ欲しいタイプのものなので、実際に作るのはこの倍。


「ほら、一日四台は作る。それが私たちに課せられたノルマよ。弱音は吐かない」


 目の前の現実が、セリオと別れた寂しさを紛らわせてくれるようだった。

 アビーの言葉に従い、エステルは毎日せっせと『でんわ』と作っていた。それでも十日もあれば、残りの希望者すべてに行き渡る。


「これで全部ね」


 最後の一台を作り終え「終わった」と二人で顔を見合わせた。満足感と徒労感が一気に襲い掛かってくる。


「最後は……外城のジャックさんのとこね」


 どこかげんなりとしたアビーが言った。


「では私が持っていきます」


 いつもであれば、まだまだ製作が残っていたから他の人に頼んで渡してもらっていた。しかし、これが最後。となれば、ここは自分の手で渡したい。


「アビーさん、昨日も徹夜でしたよね? 今日はゆっくり休んでください」

「あ、わかる?」


 おどけてみせたアビーだが、目の下には隈がはっきりとしている。


「わかりますよ」

「エステルを誤魔化せないってことは、相当酷い顔をしてるのね。じゃ、悪いけど、私は寝るわ。それ、ジャックのところによろしく」

「はい、いってきます。アビーさんも、寝相悪くてソファから落ちないようにしてくださいね。もしくは、今日くらいは自分の部屋で寝たらどうですか?」

「やだ。部屋に戻るのが面倒くさい」


 アビーが部屋に戻らない理由はそれなのだ。


「わかりました。では、いってきます」


 すでにソファにごろりと横になったアビーは、ひらひらと手を振ってエステルを見送った。


最後までお読みくださり、ありがとうございます。

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