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第六章:でんわを改良します!(2)

 だが最近、そのセドリックを失った穴を埋めるかのように、セリオの存在が気になっていた。ギデオンの友人の子というのは、エステルも同じ立場だが、ここにいる目的は互いに異なる。


 それにセリオと話をしてみたら、年齢も同じだった。学園には通わないのかとエステルが尋ねてみたところ、学園で学ぶような内容はすでに身につけているとのこと。だから今、ギデオンのところで領地経営について学んでいるのだとか。


 エステルが、両親宛の手紙に、セリオのことを書こうか書かないかと悩んだことは、何度かある。だが悩んだ挙げ句、結局、書けなかった。理由はわからない。ただなんとなく彼のことを知られるのが恥ずかしかった。


 だから今回の手紙も、ギデオンによくしてもらっていること、アビーと『でんわ』を開発したが、製造が追いつかないことを中心に手紙を書いた。


「アビーさん。この手紙、ギデオン様に預けてきますね」


 書いた手紙はギデオンに預けると、いつの間にか出してくれる。その後、両親からギデオン宛に手紙が届き、それがエステルに向けたものだとわかると、ギデオンが渡してくれるのだ。


 ギデオンの執務室の扉を叩くと、すぐに返事があった。


「失礼します、エステルです」


 名乗って室内に足を踏み入れれば、セリオの姿もある。彼はこうやってギデオンと一緒に行動することも多く、書類仕事なども手伝っているらしい。


「ギデオン様。手紙をお願いしたいのですが」

「ああ。ヘインズ侯爵宛か?」

「はい。今、手がけている『でんわ』なのですが、私とアビーさんだけではもう手が回らなくて……。父の力を借りたくて、応援を頼みました」


 すると、なぜかセリオが肩をピクリと震わせた。


「エステルは、その『でんわ』を王都にも普及させるつもりなのか?」


 真剣な眼差しで、彼が問いかけてくる。


「そうですね。いずれは、そうしたいなと思っていますけど。今はまず、こちらにいる皆さんの分をなんとかしてあげたいなと……」


 セリオは腕を組む。


「エステル。その『でんわ』だが、アドコック領内で使う分にはまだいい。だが、まだそれ以外に広める時期ではない。だから、決して領民以外には見せないほうがいい」

「どうしてですか? むしろ遠く離れた人と話をしたいですよね、みんな。ここから遠く離れて暮らしている家族とか」

「ああ、君の言いたいこともわかる。だから俺は、まだ広める時期ではないと言ったんだ。広め方にもいろいろ方法はあるだろう?」

「そうですけど……」


 せっかく父の力を借りて、これからたくさん『でんわ』を作って、みんなに使ってもらおうと意気込んでいただけに、セリオの言葉は少しショックでもあった。


「だが、その『でんわ』についてヘインズ侯爵に相談するのは間違ってはいない。彼の助言を聞いて、いつ、どんなときに『でんわ』を発表するか、決めたほうがいいだろう。彼ならばその辺も熟知しているしな」

「セリオさんは、父のこともご存知なのですか?」


 そこでセリオは、はっとした様子で、目を大きく見開いた。


「いや、まぁ……ヘインズ侯爵といえば、国家魔導技師で有名だからな。だから、俺だって知っている」

「なるほど……?」


 だが、セリオの言葉にはヘインズ侯爵に対する親しみが感じられた。ただ知っているといった関係ではないのかもしれない。だが今はそれを深追いするつもりもない。


「まあまあ、セリオ。その話はそれくらいにしておけ」


 険悪な雰囲気を感じ取ったギデオンが、話に割って入った。


「エステル、手紙は確かに預かった。ヘインズ侯爵には出しておく。それよりもだ」


 そこでギデオンは顔を引き締めた。

 何を言われるのかと、エステルも変に緊張が高まる。


「そろそろセリオが王都に戻ることになった」

「えっ?」


 どうして? と聞きたいが、驚きのあまり声が喉に詰まって出てこない。


「もともと、勉強のためにここに来た彼だからな」


 それはセリオを紹介されたときに聞いていたので、彼がここに来た目的くらい知っている。


「俺も必要なことはセリオに教えた。これ以上、俺から教えることはもう何もない。あと必要なのは経験だけだ」

「ギデオンからそう言われたら、俺も王都に戻るしかない」


 そこでセリオは肩をすくめておどけてみせた。少しでもこの場を和まそうとしているのだろう。


「……そうなんですね」


 喉の奥がひりついて、エステルはそれを言うだけでもせいいっぱいだった。


「寂しくなりますね」


 無意識のうちに口から漏れ出たその言葉は、エステルの本心かもしれない。


「別に、一生の別れというわけではないだろう? 俺は王都に戻るだけだ。同じ空の下にいる。お互いに生きていれば、またどこかで会える」

「……はい」


 頷いてはみたものの、それでもまたエステルの心にはぽっかりと穴が空いたような、そんな気分だった。


「エステル。一つだけ気をつけてほしいことがある」

「はい?」


 急にセリオは何を言い出すのか。


「さっきも言ったが、君が考えた『でんわ』は、まだ領地の外に広めてはならない」

「どうしてですか?」

「ああ、だが……今はまだ……いや、とにかくここの領民以外には『でんわ』を広めないでほしい。時期がきたら、たくさん作れるようになるだろうから」


 セリオの曖昧な言い方に、エステルも首をかしげたくなるが、納得した振りだけしておいた。


 ギデオンに手紙を預けたエステルは、地下室へと戻る。

 そしていつもの席に座り、目の前には作りかけの『でんわ』があっても、エステルはぼーっとしたままだった。


「エステル、どうしたの?」


 さすがにアビーも、魔導具前にぼんやりとしているエステルが気になったようだ。だが、声をかけてもエステルの視線は宙に向いたまま。


「エステル、エステル、エステール」

「あ、はい!」

「ちょっと、エステル。大丈夫? 何があったの?」


 魔導回路を組み立てていたアビーもその手を止め「はい、休憩!」と手を叩きながら口にする。


「エステルもこっちに来なさい」


 そこはいつも休憩用に使っているソファ。そしてアビーの寝床にもなる。


「それで、何があったの? ギデオンにいじめられた? それなら私のほうからビシッと言ってあげるし」

「いえ、ギデオン様は何も悪くありません」

「ギデオンは? ってことは、他の人に何か言われたのね?」


 隣に座ったアビーが、エステルの顔を下からのぞき込んできた。


「……別に、悪口を言われたとかじゃないんですけど」


 胸の中にあるもやもやをどういった感情で表現したらいいかがわからない。


「悩んでいることがあるなら、このアビー様に言ってみなさい」


 アビーが胸を張ってトンと叩く。アビーは頼れる姉のような母のような存在だ。彼女からそう言われたら、エステルの口からするすると言葉が出てくるから不思議だった。


「……セリオさんが、王都に戻るそうです」

「そうなの?」


 さほど興味はないとでも言いたげなアビーの口調に、安堵と苛立ちが混じる微妙な感情が湧き起こる。


「でも、王都から来た子だって言っていたものね。ずっとここにいるわけにはいかないでしょ? エステルだって、ここでの目的を果たしたら、向こうに戻るんでしょ?」

「あっ」


 アビーに指摘されるまで忘れていたが、エステルだってずっとここにいるわけではない。名目上は療養になっているから、エステルの心身が回復したらまたヘインズ侯爵家に戻るはず。


「でもさ。人生なんて、そんなもんよ。出会いと別れを繰り返すの。今は私たちもこうやって一緒に魔導具の開発をしているけど、十年後なんてどうなってるかわからないし。今が楽しいと、この時間が永遠に続くんじゃないかって、脳みそが勘違いするのよね。もしくは、このまま時間が続けばいいってね」


 さすがは人生の先輩だ。


「でもさ、別れたってもう二度と会えないわけではないでしょ? エステルが王都にいるなら、私が王都に遊びにいってもいいしね」


 からりとしたアビーの明るい声に、はっとする。

 彼女の言うとおりだ。一度別れたからって、もう二度と会えないわけではない。会いたくなったら会いにいけばいいのだ。


 そう考えたら、心が軽くなった。


「アビーさん、ありがとうございます」


 それから少し雑談を交わした二人は、また『でんわ』の製作に戻った。


最後までお読みくださり、ありがとうございます。

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