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第六章:でんわを改良します!(1)

「では、今日の定期通話を終える。何かあったら、すぐに連絡するように」

『はい。ありがとうございます』


 ――ブツッ……ツーツーツー。


 ギデオンとペレ集落の定期通話が終わった。日当たりのよい明るい執務室に、静寂が戻る。


 これの定期通話が始まって早二か月。エステルの発明した『でんわ』はアドコック領内に広まっている。まずはギデオンと各集落に設置された『でんわ』だが、そこに行き渡ると、次は城で働く者たちが手にするようになる。


「ギデオン様。使い勝手はどうですか?」


 エステルが尋ねると、ギデオンは重厚な執務机に肘をつき、顎をなでる。


 以前は、彼の机の上にずらりと並んでいた『でんわ』だが、今やそれも一台に集約されている。

 通話回路の切り替えもなんとかうまくいくようになり、相手を選んで話ができるようになった。だが、これでもまだ試作段階だ。通話できる相手に上限があるという課題が残っていた。


「まあ、問題はない。だが、今後は不特定多数と話ができるようにしたいと言っていただろう? つまり見知らぬ者とも話ができるということになるよな?」

「あ、そうですね」


 間違い電話、いたずら電話、といった言葉が、エステルの脳裏をかすめる。


「さらに相手の顔も見えないから、声さえ真似すれば、他人になりすますことも可能だ」


 なりすまし詐欺、といった言葉が思い出される。


「便利になった分、犯罪に使われる可能性はあります。ですから、それに巻き込まれないように、私たちが意識しなければならないかと……」

「だが、どうやって?」

「え、っと……そうですね。例えば、合い言葉を決めるとか?」


 エステルの苦し紛れの発言だが、ギデオンは「ふむ、それもありか?」と真剣に考え込む様子を見せた。


「だが、エステルの言うとおりだな。便利になればなるほど、犯罪が増える。皆、楽に金儲けをしようと思うからな。別にその気持ちそのものが悪いわけではない。ただ、いきすぎた結果が罪へと繋がるだけ」

「そうならないよう、魔導具のほうもしっかりと改良していきたいと思います」


 ぺこりと頭を下げたエステルは、胸の中で新たな決意を燃やす。気持ちをうきうきと弾ませて、軽やかな足取りでアビーの待つ地下室に向かう。


「エステル、どうだった?」


 アビーが作業台から顔を上げ、尋ねてきた。彼女の髪は少し乱れ、作業着には魔石の粉がうっすらと付着している。エステルが来るのを今か今かと待ちつつも、作業する手は止めない。


「問題なさそうです。これで『でんわ』一台で、いろんな人とお話ができるようになりました。といっても、二十人限定ですけど」

「よかったわね」


 通話回路の切り替えで悩んでいたエステルに助言をくれたのはアビーだ。各『でんわ』に番号を振り、回路に使用している魔石にその番号を記憶させる。


 あとは通話時に、通話相手の番号を押せば、『でんわ』が勝手にその番号を検知し、拾ってくるという流れになっている。


 電話番号の概念はあったのに、それをどう実装すべきか思い悩み、アビーによって実現化できた。ただし、登録できる相手が二十人という限定的なものだが。


「でもさ、問題が一つあるのよね……」


 珍しくアビーが真剣な顔で訴えてくる。


「問題……ですか?」


 今のところ試作品はうまく稼働している。以前の一対一通話の電話も含め、それなりに活用され、使用時における問題点、改善点などは洗い出して把握できているはず。


「そう、問題……圧倒的に『でんわ』を作ってくれる人が足りない。人が足りないから『でんわ』の製造が追いつかない!」


 アビーの言うとおりだ。


 遠く離れた人と会話ができるというのは、非常に便利だ。今までは伝書鳩や先触れ、伝令を用いてやりとりしていた情報が、『でんわ』一つで即時にできる。


 手軽さとリアルタイムなやりとりが受けているのだ。

 その結果、誰もがこぞって『でんわ』を欲するようになる。最初は各集落の代表に渡していた『でんわ』だが、領民からも欲しいと言われれば材料費と手間賃で譲るようになる。となれば、次から次へと欲しいと言い出す者が現れ、需要と供給が追いついていない。


「やはり、ここは……」


 エステルが意味深な表情でぽつりと言うと、アビーも身を乗り出す。


「なになに? 何か良い考えがある?」

「はい。父の力を借りようかと。もともとこの『でんわ』は、私が出場予定だった学生魔導具開発展で発表するものだったんですよ」

「そうなの? でも、そんなところで発表しなくてよかったわよ」


 アビーの言葉の意味がわからない。『でんわ』なら、間違いなく魔導具展で優勝できただろう。


「どうしてですか? ここまで爆発的に人気になっているんですから、優勝間違いなしだと思ったんですよね」

「だからよ」



 今でニコニコしていたアビーの顔が一変する。

「たくさんの人の前でこれを発表してみなさいよ。この技術を狙おうとしている人が現れても、おかしくはないでしょう? 現に今だって……」


 そこまで言って、アビーははっとした様子で口をつぐむ。


「今だって? 何かあるんですか?」

「ううん? なんでもない。とにかく、もしヘインズ侯爵の力を借りれるなら、そのほうがいいかも……向こうは、国家魔導技師だし、なによりも神……」


 そこでアビーは、うっとりとした表情をする。彼女のモートン崇拝は未だに顕在である。


「そうですね。アビーさんにも父を紹介したいですし。アビーさんがいなければ、この『でんわ』だって完成しませんでしたから」

「嬉しい! 私もいつかは会いたい人ナンバーワンだから」


 アビーはモートンを心から尊敬しているようだが、エステルからしてみれば家族という想いが強いので、やはり彼女のような気持ちにはなれない。


 だが、アドコック領の魔導技師、魔導職人不足の件は報告してもいいだろう。ここでは開発、修理しか行えない。その後の量産製造は、王都の工場に任せたい。だが今はそんなことを言っている場合ではなく、必要としている人に魔導具を届けたい。


「とりあえず、父に手紙を書いてみますね」


 一か月に一通、家族には手紙を書いていた。それは当たり障りのない内容。ギデオンによくしてもらっているとか、アビーとは気が合い、食事を忘れるくらいに魔導具開発に没頭してしまうとか。


 すると両親からは「きちんと寝なさい」「ご飯は食べなさい」と、そんな手紙が届くのだ。兄はこっそりと、学園の様子を書いてくれる。それはエステルが頼んだからでもある。

 セドリックがどうしているか。


 兄もあらゆる伝手を使って、学園の様子を仕入れてくれるようで、セドリックは相変わらず勉学に励み、生徒会の仕事もそつなくこなしているらしい。それ以上のことは書いておらず、セドリックが元気にしていることがわかれば、エステルもほっと胸をなでおろす。


 こうやって気にかけてしまうのも、彼と長く一緒に居すぎたせいだ。彼と離れて一年近くが過ぎるというのに、今でもあのときのことを思い出してはせつなくなる。


 アビーを見習って魔導具が恋人だなんて口にしてはみたものの、心の奥ではまだセドリックを思っているのだ。


最後までお読みくださり、ありがとうございます。

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