第五章:でんわを作ります!(5)
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ギデオンは、エステルが自分の娘だと気づいただろう。その事実をギデオンに知られることを、ヘインズ侯爵はいいとも悪いとも言わなかった。エステルは実子でなくとも、自分たちの娘に違いはないというのが侯爵の言い分だからだ。だからこそ、ギデオンにその事実を伝えていいものかどうかも悩んでいるようにも見えた。
そのため必要とあらば、セドリックのほうから伝えても問題ないと、そんな取り決めをしていたのだ。
まさかここに来た初日から、エステルの出自について口にすることになるとは、セドリックも思っていなかった。しかし、それでよかったと思う。
なによりも、エステルがギデオンの嫁候補と思われているからだ。親子ほど年の離れている二人だというのに、噂好きの人間というのはどこにでもいるようだ。いや、それだけ皆、ギデオンとエステルに期待を寄せているのだろう。
セドリックはギデオンの仕事を手伝うこともあるが、ほとんどをエステルの側で時間を過ごしていた。もちろん彼女は魔導職人として、地下室にこもることも多いが、最近は『でんわ』開発のために、屋外で実験、検証を行い、それが終われば地下室に戻って改良する毎日だった。
そうやって一日の大半を魔導具製作に費やしているエステルを、ギデオンが集落の視察へと誘った。もちろん、彼がエステルを誘っていたその場に、セドリックの姿もあった。嫉妬ににじむ眼差しでギデオンを睨みつければ、彼もそれに気づいたようで、セドリックにも声をかけてくれた。しかもエステルには、セドリックと同じ馬に乗るようにとまで言ったのだ。
ギデオンは、一喜一憂するセドリックの姿を見て、楽しんでいるに違いない。そう思ってみたものの、背に腹は代えられない。
エステルと一緒に馬にまたがって、ペレ集落へと向かった。
ほとんど王都から出たことのなかったエステルにとって、ペレ集落の生活は興味深かったのだろう。ここは主に川魚を捕って生計を立てているとのことで、その日も領民は魚を捕っていた。
その漁の様子を、エステルは瞳をキラキラと輝かせて見ていた。こういった好奇心旺盛なところは、以前と変わっていない。
それに集落の代表と魔導具の話をし始めたときは、ヒヤヒヤとしたものだ。エステルは彼女自身が考えている『でんわ』という魔導具が、どれだけ魔導具界に影響を与えるかというのを、まったくわかっていない。
さらに、集落の壊れた魔導具を修理するとまで言い出す始末。しかしその日は、部品がないとのことで、もう一度ペレ集落へと足を運ぶことになった。
「付き合わせてしまって……ご迷惑をおかけします」
行きの馬上で、エステルは申し訳なさそうにそう言った。
「いや。迷惑ではない」
そう言ったセドリックの言葉は本心だ。
前回はギデオンがいたから、セドリックも一歩引いてエステルの様子を見守っていたが、今日はギデオンがいない。
だからセドリックも積極的に彼らに声をかけ、そしてエステルの荷物も手にした。
壊れたオーブン魔導具は、エステルの見立て通り魔石切れが原因だったようで、魔石を新しいものと交換したらすぐに動くようになった。それから、他に壊れているところはないかと、エステルは一つ一つ丁寧に確認した。
その日は、オーブン魔導具を直したらすぐに城塞へと戻ってきた。
それから数日後、エステルは『でんわ』を完成させた。やはり、遠い場所にある集落との連絡手段として『でんわ』が必要だと、そう実感したようだ。
「セリオさん。これを持って、外城まで行ってきてくれませんか?」
エステルが満面の笑みで『でんわ』の一つをセドリックに手渡してきた。
「セリオさんのものと私のものが対になっていまして、このボタンを押すと相手の『でんわ』にお話をしたいよ、というお知らせが入ります」
エステルが手にする『でんわ』の丸印の書いてあるボタンを押すと、セドリックの『でんわ』がベルのような音を鳴らした。
「会話したいときは、同じようにこの丸のボタンを押してください」
セドリックはエステルに言われたように、ボタンを押した。
「これで、こちらとこちらの『でんわ』が通話状態になっています。ここから声が聞こえて、こちらがお話をするところです」
エステルの説明とおりに『でんわ』を耳に当てると、唇の前にちょうど話をする部位が届くようになっていた。
「私、ちょっと離れますね……アビーさんはセリオさんと一緒にいてください」
エステルは地下室から出ていった。だが、耳に当てた『でんわ』からは、何やらごそごそと物音が聞こえる。
『……セリオさん。聞こえますか? 今、階段を上がって、一階にいます』
エステルの声だ。
「ああ、聞こえる。俺から君の姿は見えないが、声は聞こえる」
「ちょっと、セリオ。私にも貸しなさいよ」
待ちきれないアビーに『でんわ』を奪われた。アビーはエステルと長々と話をしていたが、セリオは直接脳内に響くような彼女の声が耳から離れなかった。
そしてその『でんわ』を持って外城にまで足を向け、どのくらいの距離まで通話が可能かを試した。結果、外城までは難なく通話が可能であることがわかった。
それからすぐに『でんわ』は、ペレ集落に設置された。緊急時も含め、ギデオンと定期的に連絡をやりとりすることが目的であった。
それによってギデオンがペレ集落に足を伸ばす頻度は減ったものの、必要な物がすぐに届けられるという点で、彼らに不満はなさそうだ。
エステルはアビーの協力を得て『でんわ』を大量に作り始めた。
「今はまだ、一対一でしか通話ができないのが欠点なんです……」
どうやらこの『でんわ』にはまだまだ改良の余地があるらしい。
「今は、私がセリオさんとアビーさんと通話したいときは、アビーさんと通話用の『でんわ』、セリオさんと通話用の『でんわ』と、話したい相手の人数と同じ台数が必要なんですけど。それを一台で切り替えるようにしたいんですよね。今はその切り替えがうまくいかなくて……」
そうやって悩むエステルも可愛い。
「エステル。例えばさ~」
悩むエステルにアビーが助言を与える。すると、曇っていたエステルの表情がぱっと明るくなる。
「アビーさん。それです。それならできそうです」
何かひらめいたエステルは、すぐに机に向かって設計書を書き始める。
そんな生き生きとしている彼女から目が離せないと共に、やはり彼女のこの能力は危険だと、セドリックの心は警笛を鳴らしていた。
それに、ジュリアンから定期的に届く手紙も、不穏な空気をにおわせていた。
【最近、王都内を見慣れない者が歩いているという話を聞く】
【王都にやって来る者も、いつもの商人とは異なる者が増えているらしい】
【遠く離れた相手と話ができる魔導具があるらしい。これって、あれだろ? エステル嬢の『でんわ』だろ?】
まさか、すでに『でんわ』の噂が王都にまで届いているとは、盲点だった。
【ヘインズ侯爵が襲われた。どうやら、城から屋敷に帰る途中に狙われたようだ。犯人に逃げられたが、ヴァサル語を話していたと侯爵の証言だ】
国家魔導技師の筆頭といえばヘインズ侯爵だ。ターラント国の技術を欲する者が、侯爵を狙うのは間違いではない。
【ヘインズ侯爵一家は、王城で保護するらしい。いや、侯爵だけでなく国家魔導技師が保護の対象となった】
犯人がわからないのであれば、そうするのが一番安全だろう。
だが一度、王都の現状をこの目で確認する必要がある。
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
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