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第五章:でんわを作ります!(4)

「ささ。そろそろ先ほどの魚が焼けている頃合いですよ。せっかくですから、食べていってください」


 上機嫌な男に促され、三人はまた先ほどの川辺へと向かう。すると、香ばしいにおいがこちらにまで届いてきて、お腹を刺激する。


「おぉ、いいところに。ちょうど焼けたところです」


 串に刺さった魚は、こんがりと焦げ目をつけていた。そのまま手渡されたエステルだが、どうやって食べたらいいのかと思案し、周囲をきょろきょろと見回した。


「どうした? エステル」


 なかなか魚を口にしない彼女を、ギデオンも不思議に思ったのだろう。


「あの……このお魚は、全部、食べられるのですか?」


 その質問でギデオンも状況を察したようだ。


「頭も内臓も取ってあるから、そのまま食べていい。だが、骨に気をつけろよ」


 見本を見せるかのように、ギデオンが魚を上からかぶりついた。その食べ方があまりにも豪快で、エステルには真似できない。


 だがセリオがすぐにその様子に気づき、ここを食べるようにと、魚の腹の部分を示す。セリオが串を横に倒して、魚を食べ始めたので、エステルも真似をして、恐る恐る魚をかぷっとかみついた。


「んっ……美味しいです」


 エステルの一言が、その場を和ます。


「皮の部分はパリッとしていて香ばしいんですけど、身の部分がぷりぷりとしていて……」


 魚を捕っていた男たちはそうだろう、そうだろうと、満足そうに頷いている。


「アドコック領では、各時期に捕ってもいい魚の量を決めている。だから彼らはむやみやたらに魚を捕らない。また秋に捕った魚は、塩漬けにして冬の保存食にする」


 それがこのペレ集落の生活の仕方なのだ。

 ギデオンたちの話に耳を傾けている間に、エステルは魚を一匹、ぺろりと食べてしまった。


「ごちそうさまです、美味しかったです」


 お腹も満たされ、少し休んだところで帰る時間となった。


 だが後日、エステルはまた、オーブン魔導具修理のためもう一度ここに来る。それもセリオと二人で。


「領主様、エステル様、セリオ様。今日は本当にありがとうございました」


 ハリウスの言葉に見送られ、三人は城塞に向かって馬を走らせた。


「悪いが俺は先に戻るから。セリオ、エステルを頼むぞ」


 途中まで一緒に馬を走らせていたというのに、残り半分といった行程で、ギデオンは一人、馬の速度を上げて戻っていった。


「ギデオン様、どうされたのでしょう?」

「急ぎの仕事でも思い出したのではないのか?」


 セリオもギデオンが急いで城に戻る理由を知らないようだ。


「ギデオン様もお忙しい方ですもんね。今日は、案内してもらえてよかったです」

「そうだな。エステルも疲れただろう? もっと俺に寄りかかれ」


 来るときもそう言われたけれど、エステルとしてはやはりどこから意識してしまう。


「寝相がよければ、そのまま眠っても大丈夫だぞ? 俺がしっかりと押さえているからな」


 笑いをにじませてセリオがそう言えば、エステルは「眠くありませんから」と、少しだけ唇を尖らせて答えた。


「ははっ、相変わらずエステルは真面目だな」


 その話し方が、以前からエステルを知っているかのように聞こえて、変に心臓がドキドキし始める。


「だが、遠慮する必要はない。疲れたなら遠慮なく俺に寄りかかれ」


 そう言われたら意地でも寄りかかるものかと思っていたエステルだが、しばらくしたら疲れと心地よい揺れによって、瞼が重くなってきた。かくかくと頭があっちへ行ったりこっちへ行ったりしているのは、セリオから見てもよくわかるだろう。


 腰に回された手が、力強くエステルの身体を引き寄せる。そこから伝わるぬくもりも心地よく、エステルはセリオにされるがまま素直に従った。


 そこからしばらくの間の記憶がない。


「エステル、着いたぞ」


 セリオに名前を呼ばれるまで、エステルはすっかりと寝入っていたらしい。馬上という不安定な場所であったのに、落ちることなく城まで戻って来ることができたのは、セリオがしっかりと身体を支えてくれていたからだ。


「あ、ありがとうございます。私……眠っていたみたいで……」


 眠くありませんからと口にした覚えはある。だというのに、それからすぐに眠ってしまうとは、子どもみたいではないか。


「ああ、疲れていたんだろう? エステルは向こうでも魔導職人として動いていたからな。今日は早く休め」


 そこでひらりとセリオが馬から下りた。


「でも、材料を準備しておかないと……」

「何も今でなくてもいいだろ? 後日という約束をしたのであって、明日と言ったわけではないのだから」

「そうですけど……だけど、あの人たちは困っているわけで……」


 言い淀むエステルに「下ろすぞ」とセリオが声をかける。


「は、はい……」


 返事をするとすぐに身体がふわりと浮いた。馬から飛び降りることのできないエステルの身体を、セリオが持ち上げて下ろしてくれたのだ。


「ありがとうございます。重いですよね……すみません……」

「いや? 羽根のように軽い」

「大げさです」


 エステルの突っ込みに、セリオが薄く笑う。


「もう。セリオさんは、そうやってすぐ誤魔化すんですから」


 エステルがぷりぷりと怒ってみせても、セリオはそれを軽くあしらう。そこでまた、懐かしい感覚に襲われた。


「あっ……」


 胸がズキリと痛む。


「エステル、どうかしたのか? やはり、馬での移動で無理がたたったのか?」

「いえ……なんでもありません」


 エステル自身も、どうしてそのような感情になるのか、理由がさっぱりわからない。


「顔色が悪い。本当は、君と一緒に買い物して帰ろうと思ったのだけれど、すぐに戻って休んだほうがいいな」

「セリオさんが、買い物したいならどうぞしていってください。私は一人で大丈夫ですから……」


 なぜかセリオにやさしくされると、胸の奥がズキズキと痛む。


「俺のことは気にするな。とにかく今日は真っすぐ帰ろう。もう一度、馬に乗るか?」

「いえ……歩けますから」

「そうか」


 セリオが馬を引きながら歩き、そんな彼の隣をエステルが歩く。

 城に戻ればハンナが出迎えてくれた。


「お嬢様、具合が悪いのですか? 顔色が悪いですよ」

「えぇ……そうね、少し疲れてしまって。セリオさん、今日はありがとうございました」

「ああ、とにかく今はゆっくり休め」


 部屋に戻ったエステルだが、その後の記憶は曖昧だった。


 だけどその日、なぜか夢にセドリックが出てきた。まだ婚約が決まる前の二人。無垢に笑い合っていたあのときの夢だった。


最後までお読みくださり、ありがとうございます。

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