第五章:でんわを作ります!(3)
それでもギデオンの眉間のしわは消えない。まだ何かをじっくりと考えているようだ。
エステルとしては、ここで『でんわ』を採用してほしいと思っていた。馬で一時間という適度な距離。『でんわ』の通話がどのくらいの距離まで可能か、それを試したいのだ。
今の設計では、城塞から外城内であれば通話可能である。というのも、そこまではアビーと実験済だった。だが、どうせならこの領地内すべてでの通話を可能としたい。
「エステル……例えばだが……各集落の代表全員と顔を合わせずに同時に話すことはできるのか?」
「え、と……それはどういう意味でしょう?」
「例えば、だ。今年の税率を発表するのに、全員が同時に同じ話を聞いたほうが、安心できるだろう? もしかしたら、他の集落はここより安いのかと思う者もいるかもしれないが、俺の言葉が何人にも同時に伝えられるのであれば、皆、安心するのかと思っただけだ。それに、不作の集落を優遇するという場合も、他からの同意も得やすいだろう?」
もしかしてギデオンは、テレビ会議システムのようなものを想像しているのだろうか。それは全員が同じ魔力回線を用いればいいので、できないことはない。今はその回線の切り替えができず、固定の相手としか通話ができない状態なのだ。つまり、通話をしたい相手の分だけ、『でんわ』が必要となる。
「今すぐは無理ですけど、ギデオン様が望むなら、なんとかしてみます」
「では、頼む。定期的に集落代表の者と言葉を交わせば、互いに助け合いやすくなるだろう? 例えば、この集落の近くにはゾラの集落がある。俺が駆けつけるよりそちらから応援を頼んだほうが早い」
ハリウスは、うんうんと頷きながら話を聞いていた。結果、『でんわ』の試作品をペレの集落で使ってもらうことにした。そうと決まれば、エステルもがぜんとやる気が出てきて、早くアビーに相談したくて仕方なかった。
だがセリオだけは、この話に交ざってこなかったのが気になった。
その後、ハリウスから近況を聞いたギデオンは、エステルたちに集落を案内すると言う。
「先ほども言ったように、あの川は魚が豊富に獲れる。ちょうど、漁が始まる頃だから行ってみよう」
ギデオンの案内で、エステルとセリオは川のほうへと向かった。
「セリオさん、どこか具合が悪いのですか?」
エステルは、ハリウスの家で、ずっと黙り込んでいたセリオのことが気になっていた。
「いや……別に……」
それでも歯切れは悪い。だが、これ以上問いただしても、彼は何も言わないだろう。
――バシャアッ!
水の跳ねる音がした。
「ちょうど網を引いているところだな」
三人の男性が川の中に入り、手にしている網を引き寄せていた。網にかかった魚が、ビチビチと跳ねて、活きのいい音を立てる。
初めて見る光景にエステルは釘づけだった。あっという間に網がたぐり寄せられ、ざっと見ても数十匹の魚が網の中にいる。
「どうだ? 今年の漁は」
ギデオンが声をかけると、魚を捕っていた男たちは、笑顔で挨拶をする。
「こんにちは、領主様。えぇ、見てのとおりですよ」
そんな彼らの視線は、ギデオンからエステルとセリオに移る。
「王都からの客人だ。今、領地内を案内している。エステルとセリオだ。エステルは魔導職人だ」
そこで一人の男が「あ」と声をあげる。
「領主様。俺の家の魔導具が壊れちまって、母ちゃんが困ってるんです。見てもらえないですかね?」
ギデオンがエステルに視線を向けてきたので、エステルは軽く頷いた。
「わかった。とりあえず、壊れた魔導具を見せてもらおう。見ないことにはどう対処したらいいか、わからないからな」
「助かります。ところで領主様、魚、食べます?」
網に入った魚を掲げるようにして見せつけられ、ギデオンは「いただこう」と答える。
「じゃ、ここで焼いておきますから。その間、魔導具を見てもらってもいいですかね?」
「わかった。案内しろ」
残された男たちは、魚に塩をまぶし、次次と棒に刺していく。たき火の周りを囲むように、それを地面に刺した。
「なんの魔導具が壊れたんですか?」
エステルは思い切って聞いてみた。
「オーブン魔導具。母ちゃん、パンを焼くのが大変だと」
オーブン魔導具は、どこの家でも備えているものだ。特に、パンを主食としているから、パンを焼くための必需品でもある。それが壊れたとなれば、昔ながらの薪を使った方法になるから、手間と時間がかかる。
「母ちゃん、領主様が来てくださったぞ。魔導具を見てくれるそうだ」
「は~い」
案内された家の奥からは、女性の声が聞こえてきた。母ちゃんと彼は呼んだが、どうやら彼の妻のようだった。
「こんにちは、領主様。わざわざお越しいただきありがとうございます」
「今日は、たまたま魔導職人を連れてきたからな。壊れた魔導具とやらを見せてもらおう」
オーブン魔導具は調理場にあった。王都でも売れ筋の、いたって普通のオーブン魔導具である。
「これは使い始めてからどれくらいの年数が経っていますか?」
エステルが彼に尋ねた。
こういった調理に使う魔導具は、ヘインズ侯爵が初期に開発したものだ。古いものであれば、五年以上も使っているはず。
「実は、ここいらでどこよりも早くこれを手に入れたんだ。だから、六年、七年かな」
とりあえずオーブン魔導具の動きを見ようと、ボタンを押してみた。しかし、それはうんともすんとも言わない。
「恐らく、魔石切れですね。こういった家庭で使う魔導具は、だいたい五年の耐用年数で設計されていますから。劣化すると、思ってもいないところから火が出たりして危ないんですよ。だから、五年で魔石が切れるように設計して、点検して安全性が確認できれば、魔石交換で対応できますよ」
「へぇ~。さすが領主様が連れてこられた魔導職人の方だ」
「ですが今、交換用の魔石も用意しておりませんし、点検用の工具もないので……」
今すぐ対応できないと口にするのはエステルも心苦しい。
「そうなんですね」
男も彼の妻も、どこかしょぼんと肩を落とす。
「では、後日。必要な物を持って、もう一度ここに来よう」
そう言って割って入ったのは、ギデオンだ。
「え、と。ギデオン様は、お忙しいのでは?」
明日以降は、外城の水路を確認する約束をしていたはずだ。
「ああ。別に俺がいなくてもいいだろう? エステルさえいれば。俺は魔導具のことなどさっぱりわからんからな」
そんなふうに威張って言われても。
「だけど、私……恥ずかしながら、一人でここに来られるような移動手段を持ち合わせておりません。歩いてくるとなると、半日はかかるかと……」
それに荷物を持って歩いて往復だなんて、気が遠くなる。
「それは心配する必要はない」
そう言ったギデオンの視線はセリオに向いた。
「セリオ、頼まれてくれるな?」
「俺?」
急に話を振られたセリオは、あたふたし始める。
「おまえ以外に頼める者はいないだろう? それに一度ここまで来たのだから、俺がいなくてもここには来ることができるだろう? それとも、一日ですぐに道を忘れると?」
「い、いえ……」
「セリオさん。お願いします。修理といっても、そんなに時間はかからないですから。魔石をちょいちょいと交換するだけで、終わります。ただ、動作確認と安全性の確認だけはしますけど……」
魔導具が動かないと困っている人がいるなら、すぐにでも助けてあげたいと思うのがエステルなのだ。魔導具は人の生活と心を豊かにするものだと思っている。
「わかった……エステルがそこまで言うなら……」
セリオが渋々と答えた。
「では、後日、修理に来ますね。それまでは不便かと思いますが、我慢してください。できるだけ早く来ますから」
「我慢だなんて……直るとわかっただけでも、嬉しいですよ。新しいものを買わなきゃいけないか、もしくは昔の薪オーブンにするかと、母ちゃんと話していたところだったんで」
夫婦が輝くような笑顔を見せたため、エステルもほっと胸をなでおろした。
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