第五章:でんわを作ります!(2)
早速、三人は馬に乗って集落の一つ、ペレ集落へと向かった。
王都からアドコック領に向かってきたときは長く馬車に揺られた後だったため、外の風景をのんびり楽しむ余裕などなかった。
今はセリオと二人で馬にまたがり、風を受けながら見える景色を堪能する余裕すらある。それに、景色に夢中になっていれば、セリオのことを意識しなくてすむ。
友人だと思っているのに、これだけ距離が近ければ嫌でも意識してしまう。
それに、見た目はセドリックとまったく似ていないのに、どこか彼を思い出してしまうのも問題だった。それはきっとセリオがセドリックと同じ目の色をしているからだ。
「疲れないか? もう少し俺によりかかったほうがいい」
できるだけセリオに触れないようにと意識しているのに、彼のほうからそのようなことを言われてしまえば、どうしたものかと悩んでしまう。
「ギデオンは集落まで一時間かかると言った。それでは変なところに力が入って、後で身体が痛くなるぞ?」
そう言ってセリオは、エステルの肩にやさしく触れ、背中を倒すようにとゆっくり押してくる。ここまでされたらエステルも拒む理由がない。セリオの優しさに甘えることにした。
「エステルから見て、ここはどんなところだ?」
不意にセリオが話しかけてきた。
「ここ……アドコック領ですか?」
「そうだ。冬を越したのだろう? 寒くなかったか?」
セリオはアドコック領の冬に興味があるのだろうか。
「ええ、そうですね。寒くて雪は冷たくて大変でしたけれど……。でも、そんな厳しい冬だからこそ、春の訪れを感じると、みんなの顔が輝くんです。でも、それと同時に雪から解放されて寂しいような気もするって。みんな、なんだかんだで冬を楽しんでいるんですよね。そういう前向きに生きる姿勢に心打たれました」
それに今年の冬は、エステルの作った魔導具も大活躍だった。除雪魔導具に『こたつ』、これによっていつもより厳しい冬を楽しく過ごせたとも言う。寒いのは嫌だが、『こたつ』のぬくもりは好きだとも。冬だけは、仕事を怠けて『こたつ』でごろごろしても罰は当たらないのでは、という者もいたくらいだ。
「エステルは、ここに来てよかったと、そう思っているのか?」
「そうですね。父は療養のためにここを進めてくれたのですが、本当にここに来てよかったと思います。あたたかくなったから、一度、父に会いに戻りたいような気もするのですが……」
手紙を書いても、モートンからの返事は、移動が大変だからもう少しそちらで休んでいなさいと、エステルを気遣うものばかり。
「もう少し、簡単に行き来できればいいんですけどね」
だから自動車や電車のような乗り物を作りたい。だが、こればかりはエステル一人では作れないだろう。何人もの国家魔導技師の頭脳と技術が必要だ。
そうやってセリオと話をしている間に、ペレの集落に着いた。馬を集落の入り口に繋ぎ、餌と水を与える。その様子を、集落の子どもに見つかり「領主様が来たよ~」と大声と共に、消えていった。
唐突な出来事にエステルも驚いたが、ギデオンは「いつものことだ」と言う。
「この集落は川沿いにあるだろう?」
ギデオンが示す先には大きな川が見えた。
「ここでは昔から川魚を獲って、それで生計を立てている集落だ。ここは、冬でも比較的雪が少ないところで、この場で冬を越している。だが、冬の間はなかなか様子を見に来ることができないからな」
「領主様、よくいらっしゃいました。ささ、お疲れでしょう。どうぞ、こちらに……」
壮年の男性が愛想良く声をかけてきたが、その視線はギデオンを飛び越えエステルとセリオに向けられていた。
「区長、紹介しよう。こちらはエステルとセリオ。王都からの客人だ。我が領地を見せて回っている。ここは、魚の宝庫だからな。美味い魚料理をご馳走してやりたくてな」
エステルはギデオンの言葉に合わせて頭を下げる。
区長と呼ばれた男は、ハリウスと名乗った。
「それから、こちらのエステルは我が領の魔導職人だ。何か困ったことがあれば、彼女に相談してくれ」
歩きながら、エステルがアドコック領に来てから、どのような魔導具を作ったかを、ギデオンが手振りを交えて説明していた。頷きながら話を聞いているハリウスだが、案内された家に着いたときには、すっかりとエステルに尊敬の眼差しを向けるようになっていた。
「ギデオン様は大げさなんですよ」
客間に案内され、やっと一息ついたエステルは、照れ隠しもあってそう言っていた。
「ですが、我々から見たら魔導職人は、別世界の存在ですよ。どうしてあのようなものを思いついて作れるのかと……」
ハリウスの妻がお茶を淹れてくれる。ここはただの集落で、ハリウスはここをまとめている代表のような存在。だからこの家はハリウスと彼の妻の二人で暮らしているらしい。
「この冬、変わったことはなかったか? なかなかこちらに足を運べなくて悪いな」
「いえいえ。そちらのほうはここと違って雪がたくさん積もりますから、仕方ありません」
「足りない物はないか?」
ギデオンが定期的に集落に足を運ぶのは、こうやって必要な物が十分に揃っているかを確認するためでもあるのだ。ここで必要な物を聞き出し、城塞に戻ってそれらを準備して、運んでくる。
そこでエステルははっとひらめく。
「ギデオン様……ちょっと思いついたのですが……」
ギデオンは「ん?」と片眉をあげる。
「以前からお話している魔導具の『でんわ』ですが、それをこちらの集落で使ってもらうのはいかがでしょう?」
「どういうことだ?」
「今のお話を聞いて思ったのですが……」
エステルは『でんわ』の説明を始める。今、エステルの考えている『でんわ』は遠く離れた場所にいる人であっても、話のやりとりができる魔導具である。今のところやりとりは一対一の固定の相手のみとなってしまうが、『でんわ』を用いることでギデオンが城塞にいながらもハリウスと話ができるため、今よりももっと頻繁に状況の確認ができるというもの。
「もちろん、このようにギデオン様が現地を訪れるのは大事なことです。ですが、必要なものを先に聞いておけば、今日、お持ちできたわけですよね?」
例えばギデオンが『五日後にペレに行くが、何か必要なものはないか』と聞いておき、それに対してハリウスがあれとこれとそれが欲しいと答えておけば、五日後にギデオンがその物を持ってペレを訪れることができるというわけだ。
「それに、あってほしくはないことですが。万が一、この集落に災害が起きたとき、起きそうなときに、『でんわ』を用いればすぐに助けを求めることができます」
ハリウスは「なるほど」と感心しているし、ギデオンは眉間に力を込めて何かを考えている様子。セリオは先ほどから黙ったままで、何を考えているかわからない。
「エステルの話は、非常に興味深い。だが、ここへ足を運ぶ回数も減ってしまう」
「領主様。必要なときに来ていただければ、我々はそれで十分です。今だって感謝しているくらいですから。それに、そちらの魔導具を使えば、今まで以上に必要な話をしやすくなるわけですよね?」
ハリウスの言葉にエステルは大きく頷く。
「例えばですけど。定期的に連絡する時間を決めて、それで必要であればギデオン様がこちらに来られるとか。それだって、日時を決めれば、お互いに準備もしやすいかと」
今はギデオンの時間が空いたときに、集落へ足を伸ばしている。それが、定期的に情報をやりとりできるようになれば、互いに負担は減るだろう。
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