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第五章:でんわを作ります!(1)

 アドコック辺境領に、ギデオンの友人の子というセリオがやってきてからというもの、なぜか領内が色めき立っている。というのも、セリオは客観的に見ても「いい男」だった。


 ギデオンの元で領地経営を学ぶためにやってきたとのことで、ギデオンと共に行動することが多い。屈強なギデオンに、王子様のようなセリオ。見目対照的な二人が並べば、ギデオン派かセリオ派かと、女性たちが騒ぐようだ。もちろん当の本人には耳に入っていないが、それもそろそろ時間の問題だろう。


「最近、エステル様も楽しそうで……」


 エステルの髪を結わえながら、いきなりハンナがそんなことを言い出した。


「えぇ、楽しいけれど。どうしたの? 急に」

「いえ……こちらに来られたばかりのときは沈んでいた表情も、一年も経たずに明るくなって何よりです」

「そうね……」


 セドリックに婚約解消を告げられ、学園を退学してからまだ一年も経っていない。だというのに、学園に通っていたのは遠い昔のように感じるのだ。


「それに、セリオさんが来られてから、エステル様も余計に楽しそうで……」

「そ、そうかしら?」

「ええ、そうですよ。旦那様も素敵ですけれど、やはり年齢差を考えるとセリオ様のほうがお似合いかと」

「ちょっとハンナ。何、失礼なことを言ってるのよ!」


 そこでハンナは髪を結わえたリボンをきゅっと締めた。


「はい、終わりました。エステル様がこの髪型にされるのは、久しぶりですね」


 いつもは邪魔にならないようにと、一つに結わえている。さらにくるりとまとめてシニヨンを作るときもある。魔導具製作過程で、髪の毛が巻き込まれたら困るからだ。髪の毛が挟み込まれた、燃えた、切れたなど、不慮の事態というのは何が起こるかわからない。


 だが今日は魔導具製作も休みだ。だから久しぶりに編み込みにして、ハーフアップにしてもらった。


 なぜならギデオンが遠乗りに誘ってくれたのだ。彼のほうも、季節の変わり目の作業があらかた片づき、あとは夏を迎えるだけになっていた。夏になればなったで、冬越えに向けて魔石の採掘なりなんなりと忙しい。


 ちょうどその忙しいが途切れる季節の今、ギデオンが領地を見て回らないかと誘ってくれた。


 領民のほとんどがこの城内で暮らしているが、外にもいくつか集落があるらしい。ギデオンは何度も城塞で暮らさないかと声をかけているようだが、昔からそこに住んでいる者にとっては、離れがたい何かがあるのだろう。だから定期的にそういった集落も見回り、冬だけは城内で受け入れるようにしたとのこと。


 エステルはほとんどを城塞内で過ごしているし、外に出たとしても内城まで。外城のことはよくわからないし、それ以外の集落となればもっとわからない。


 だが離れた集落というのは、気になっていた。それは今、開発している『でんわ』に関係するからだ。この『でんわ』があれば、ギデオンの見回りも『でんわ』での確認に変更できるのではないだろうか。


 もちろん顔を合わせての対話は必要なときはある。だが、定期的な状況確認であれば、『でんわ』での連絡でも問題ないのでは。


 その考えが浮かんでから、ギデオンと遠乗りに出かける日を心待ちにしていた。やはり現場を見て、何に対して困っているのか、何が必要なのかを確認するのは、人々の役立つ魔導具開発の基本だろう。


「もしかして、エステル様はギデオン派なのですか?」


 なぜかハンナがそのようなことを確認してくる。


「なんでそんな話になるの? 私とギデオン様は結婚しませんって、ギデオン様も言っていたでしょう?」


 一部で期待されていたギデオンとエステルの結婚。ギデオン本人がきっぱりと「ない」と言ってくれたおかげで、噂も消えつつあるが、セリオの登場でその話に再び火がついたのを、エステルも密かに感じとった。


 ギデオン派かセリオ派か。


 その話題の裏には、エステルがギデオンとセリオのどちらを選ぶのだという期待が隠れているのだ。


 エステルとしては、ギデオンは父のようであるし、セリオは友人だ。だから、彼らとの関係に恋情をにおわせてほしくないのだが、娯楽が少ない以上、どうしても人々の関心を引いてしまう。


 今のところ、それによって何か弊害を生じているわけでもないので、そのまま様子をみている。


「ですが、ギデオン様とお出かけになられた姿を見た者は、そう思いますよね?」


 ハンナの言うとおりだ。二人の関係を否定しておきながら、二人で出かける。それが他の人からどう見えるか、わからないほどエステルも子どもではない。


「それは……きっとギデオン様のほうでも考えがあるのよ」


 そうでなければ、ギデオンもエステルを誘わないだろう。


「そうですか? 男二人を手玉に取る悪女。なんていう噂が広がらないようにしてくださいね?」

「ハンナ……あなた、ロマンス小説の読み過ぎでは? あなたこそ、どうなのよ。採掘師のマイケル」

「うっ……」


 新しい場所で新しい出会いを求めているハンナには、それなりに新しい出会いがあったようだ。だが、その新しい出会いはなかなかうまく続かない。


「エステル様、聞いてください! マイケル、二股かけていたんです。酷くないですか? 私が、王都から来ているから、寂しい女だろうって……だからって……」


 一度箍が外れてしまった愚痴は、とどまることを知らない。二股かけていたから始まり、最初はやさしかったのに、次第に距離を取るようになって、挙げ句の果てに無視すらされる。そしていつの間にか他の女と……別れてもいないのに、他の女とつきあっていたら二股だろうと、ハンナは一気にまくし立てた。


「男を見極める目がなかったんだわ。次よ、次!」


 ハンナがくよくよしないタイプでよかった。


「でも、ハンナ。聞いた話によると、採掘師は冬になるとどうしても仕事が薄いでしょう? だから……」


 だから冬に出会う採掘師には気を付けろと、そう言われているのだ。彼らは一冬、楽しめる相手を探していると。


「私もその噂を知らなかったわけじゃないんです。でも、まさか自分がって思うじゃないですか」


 ハンナの気持ちもよくわかる。だからこそ、恋は盲目とも言われ。

 自分だけは大丈夫だと、そう思ってしまうから。


 エステルの胸がズキリと痛んだ。かつてのエステルも、そう思ったことも何度もあったからだ。セドリックとの関係が終わるだなんて、一年前は思ってもいなかった。


「ほらほら、エステル様。私の話はどうでもいいです。それよりも旦那様がお待ちでは?」


 ハンナの言葉で、エステルもはっとする。


「そうね。そろそろ時間だわ。お待たせしても悪いし」


 エステルはハンナと一緒にギデオンの待つエントランスへと向かった。だが、エントランスに入った途端、エステルの身体は強張った。


「……え?」


 そこにはなぜかセリオの姿もあったのだ。


「セリオも誘った。彼もここに来たばかりだからな。案内するなら、二人まとめたほうが効率はよい」


 決してギデオンと二人きりに期待していたわけではない。セリオと一緒という事実に驚いただけで。

 だが、エステルがギデオンとセリオの二人と行動してもいいのだろうか。

 助けを求めるかのようにハンナに視線を向けると、彼女はうんうんと、満足げに頷いている。


「エステル。おまえ、馬には乗れないんだな?」


 遠乗りに誘われたときに、馬には乗れない事実を伝えておいた。当日になって、乗れませんと言うのは失礼な気がしたからだ。


「はい。申し訳ありません……」

「何も謝ることではない。セリオ、エステルを頼む」

「はい!」


 セリオが嬉々として返事をした。


「そういうことだ。エステルはセリオと一緒に乗りなさい。こう見えてもセリオは馬の扱いに慣れているから、心配しなくていい」


 一瞬、なんて答えたらいいかがわからなかった。


 ギデオンと一緒なら緊張しないのに、セリオと一緒にと言われると、一気に心臓が高鳴ってきたのだ。顔が熱くなるのがわかったが、それを誤魔化すように「よろしくお願いします」と、ぺこりと頭を下げた。


最後までお読みくださり、ありがとうございます。

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