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第四章:魔導具のお手入れは大事です!(3)

 すべての魔導具の手入れが終わったのは一時間後だった。


「終わりました! セリオさんは?」

「俺も終わった。これで、大丈夫か?」


 セリオは不安そうに顔を曇らせる。それはまるで母親の顔色をうかがうような子どものようにも見え、エステルは思わずニコリと微笑んだ。


「はい。とっても丁寧に仕上げてもらって、ありがとうございます」

「あっ……」


 セリオが何かに気づき、エステルの顔をじっと見下ろしてくる。


「ここ、汚れている」

「え?」


 顔に油でもついたのだろうか。エステルは慌てて袖で顔を拭った。


「とれました?」

「いや……ちょっと待ってくれ」


 セリオの手がエステルの頬に触れる。顔が近づいてきて、深い青色の瞳と視線が絡まった。


 彼は皮の手袋を外し、整えられた長い指で、エステルの右目の下あたりを拭った。体温が肌に触れ、エステルの鼓動は跳ねる。


「よし、とれた。油か?」


 セリオの明るい声に、エステルは気持ちを落ち着けようとする。


「そうかもしれないですね。自分では気づかないから、戻ってから指摘されることもよくあります」


 部屋に戻ったときに、ハンナにはいつも言われているのだ。顔に汚れがついていると。


「それだけ、君が夢中になって真剣に取り組んでいるという証拠だな」


 なぜかセリオのその言葉が嬉しかった。胸の奥にあたたかな光が宿ったかのよう。


「では、セリオさん。約束通り、お城を案内しますね」


 エプロンを脱いで、手を洗ったエステルは、ささっとスカートの裾を直した。

 エステルがセリオを連れて城内を歩いていると、メイドから声をかけられた。


「エステル様。もしかして、恋人ですか?」


 しかもどこか驚いたような、がっかりしたような、そんな声色だ。


「違います。ギデオン様のお客様です。今、お城を案内しておりました」

「そうですか……てっきり、ギデオン様に愛想を尽かして、新しい方と……」

「なんのことでしょう?」


 エステルが首を傾げるのと、セリオが「なんのことだ?」と問いただすのは、ほぼ同時だった。

 セリオの勢いに負けて、メイドは「なんでもありません」と一歩退く。


「あのですね。ギデオン様もおっしゃっていましたけれど、私とギデオン様はそういう関係ではありませんから」


 どうやらエステルをギデオンのお嫁さん候補だと期待している者がいる。それに気づいたのは、除雪魔導具を完成させたとき、ギデオン本人から聞かされたのだ。いや、雪が降り始めたときにもそういった誤解があった。しかし、その誤解はまだ続いている。


 だからギデオンも、エステルに不快な思いをさせるかもしれないと言っていた。彼のほうも、そういった事実はないとはっきり言ってはいるようだが、それでも何人かは、今もなお期待を寄せている。


 恐らく、目の前の彼女もそのうちの一人。


「そうなんですね……お似合いの二人ですのに……」


 しゅんと肩を落として、メイドは仕事場へと向かっていった。


「今の話は?」


 メイドの姿が見えなくなってから、セリオが尋ねた。


「あぁ……大したことではありません。どうやら一部の人間が、私をギデオン様のお嫁さん候補だと思っていたみたいで。そうではないとギデオン様もおっしゃってくださったのですが、未だに、一部の方からはそう思われているようです。私とギデオン様では、年も離れていますのにね」


 自嘲気味にエステルは笑ってみたが、年は離れていてもギデオンは魅力的な男性だろう。世の中の女性が放っておかないのではと思うのだが、ギデオンはまだ独身であるし、結婚する気もなさそうだ。


 だから近くにいる人は、エステルに変な期待をしてくる。いっそのこと、ギデオンには他の女性と結婚してもらいたいくらいだ。


 ざっと城内を案内したあと、エステルは再びセリオを魔導具室へと案内した。


「大したものはお出しできませんが、お茶、いかがですか? 魔導具のお手入れを手伝ってくれたお礼です」

「いただく」


 わりと片付いている机をセリオに促し、エステルはお茶の準備をし始める。


「エステル~、私の分もお願い~」


 アビーが手を振って、自分の存在を強調する。


「はい、用意しますから、ちょっと待っててください」


 なぜかそこで、セリオがぷっと噴き出す。


「どうかしました?」

「いや……まるで母親みたいだな、と思って……」

「私が? アビーさんの母親ですか?」


 そう表現されたことが面白くなかったようで、自分でも気づかぬうちに不機嫌になっていたらしい。


 トンと彼の前にお茶の入ったカップを置いたとき、勢いあまって少しだけお茶がこぼれた。


「あ、ごめんなさい。慌てていました」

「いや……俺も悪かった……」


 しゅんと肩を丸めたセリオが、こぼれたお茶を拭いていた。

 その場を彼にまかせ、エステルはアビーにお茶を持っていく。


「ちょっと。痴話喧嘩なら、よそでやってよね」


 アビーまでそのようなことを言って茶化す。


「そんなんじゃありませんって」

「でも、いい子じゃないの?」

「初めて顔を合わせて、それもほんの数分だというのに、アビーさんはそんなことがわかるんですか?」

「ギデオンが受け入れた時点で、悪い子じゃないよ。それに今だって、エステルにどうやって謝ろうかって考えてるんじゃない?」


 カップ片手に、アビーは片目をつむる。


「そういや、セリオだっけ?」


 声を張り上げたアビーは、セリオに話かけた。


「君のような若いイケメンくんが、どうしてわざわざこんな辺鄙な場所に? 王都の子でしょ?」


 アビーがそう思うのも無理はない。

 一年の三分の一が雪に覆われるような辺境の地に、好んでやってくるような人間とは、かなり物好きだろう。


「ギデオンの下で学ぶためだ。辺境は王都と環境が異なるからな」


 それはエステルもギデオンから聞いた話と一致する。


「ふ~ん」


 だが、アビーが納得したかどうかは別らしい。


「でも、君みたいな若い力持ちは歓迎するよ。よかったね、エステル。これで荷物運びが増えた」


 やはりアビーはセリオを利用するつもりだったのだ。


「セリオさん。嫌なときは嫌だってはっきり言ってくださいね。アビーさんは少し強引なところがありますから」


 エステルも席に戻って、お茶を一口飲んだ。


 初めて顔を合わせたセリオだというのに、こうやって一緒にお茶を飲むのは不快ではない。むしろどこか懐かしい気もする。


「あ~エステルが恋する乙女の顔してる」


 じっとセリオを見つめていたエステルの様子に気づいたアビーが茶々を入れてきた。


「してません! セリオさんに失礼じゃないですか」

「なんで失礼になるの? 好意をもたれたら嬉しいよね?」


 アビーの言葉の後半は、セリオに向けられたものだ。


 突然話を振られたセリオは、ゴホッと咽せたものの「そうだな」と答えていた。


 とにかく、ここは雪に閉ざされた閉鎖的な空間だから、新しい風が吹き込むと、こうやってすぐに話題にあがってしまう。


 アビーとセリオが何か話している様子を、エステルは静かに耳を傾けていた。だけど、なぜか胸の奥がチクっと痛み、その原因がよくわからなかった。


最後までお読みくださり、ありがとうございます。

そろそろ一言がネタ切れなんですよね。

そんなわけで、☆を押しての応援やブクマ、リアクションしていただけると喜びます。

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