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第四章:魔導具のお手入れは大事です!(2)

「ええと……先に、私の師匠を紹介しますね」

「師匠?」


 そこでセリオが表情を曇らせる。


「はい。アビーさんと言うのですが、この領地の魔導具を支えている魔導職人です。同じ女性なので、考え方が似ているといいますか……まぁ、とにかく、私と気が合います」

「アビー、女性……そうだったな……」


 ぼそりとセリオが呟いたが、そのすべてはエステルの耳には届いていない。


「アビーさんは魔導具室と呼ばれるこの地下室にいます」


 階段を下りながら、エステルは説明を続ける。


「アビーさんに用事があるときは、ここに来れば問題ありません。寝泊まりもここでしているので。むしろここで生活しています」


 エステルは扉をノックした。このノックは形だけのものというのも、セリオに説明する。


 魔導具制作に夢中になっているアビーは、よくノックの音を聞き漏らす。だから、返事がなくても入って問題ないと。


 ただ、アビーに近づくときは、彼女が工具などを手にしていないときだと補足する。


「たまに、鋭い刃物なんかを使うときもありますので。そういうときは、少し離れた場所から声をかけてください。こんなふうに……」


 アビーは両手に工具を持って、何か魔導具を作ろうとしているところだった。


「アビーさん、紹介した人がいるのですが……アビーさん、アビーさん」


 エステルは声を張り上げた。


「エステル。ちょっと待ってて、今、これをくっつけてから……」


 アビーは顔も上げずに答えた。


「とまぁ、こんな感じです」


 エステルは隣のセリオを見上げ、にっこりと笑った。すると、セリオの耳の下あたりがほんの少し赤くなるのを見逃さなかった。


「なぁに? エステル。紹介したい魔導具?」

「違います。人です。勝手に人間を魔導具にしないでください。こちら、今日からここに滞在するセリオさんです。ギデオン様の友人のようです」

「へぇ? あいつにも友達がいたんだ」


 アビーは興味深そうにじろじろとセリオに視線をめぐらせる。


「荷物運びくらいには使えそうね。でも、魔導具を知らない手だね」

「どちらかといえば、評論家タイプの方です。新しい魔導具を分析するのが好きなようです」

「そうなの? ま、それでも魔導具に興味を持ってくれるだけでも、嬉しいよね」


 アビーもエステルと同じようなことを口にする。


「そうです。だからこれから、私の作業を手伝ってもらおうと思いまして」

「だめよ、そんなこぎれいな格好では。そこにあるエプロン、貸してあげるから」


 やはりアビーはエステルと同じ考えだった。

 アビーの声に従い、エステルは部屋の壁にかけられているエプロンの中で、一番大きなサイズのものを手にとった。


「セリオさん。こちらをどうぞ。きちんと洗濯してありますから……って、先ほどから黙ったままですが、大丈夫ですか? 具合でも悪いですか?」

「……いや。ただ、この部屋に驚いていただけだ……」

「あぁ」


 なるほど、とエステルも相づちを打つ。


「初めて見ると、驚きますよね。ものも散乱していますし。机の上には本が山積みですし。でも、これが意外と効率よく作業ができたりするんですよね」

「君の席は、どこだ?」

「え?」

「君は、どこで作業をしているんだ?」


 セリオは目を鋭くして、作業机を睨んでいる。


「私ですか? 私はあそこです。今は、他の作業場で作業しているので、最近はあまり使っていないのですが」


 いくつか並ぶ机のうち、きれいに片づけられている机が一つ。そこをエステルは指差した。


「……そうか」


 エステルにはよくわからないが、セリオはどこか安心したようにも見える。


「魔導具で困ったことがあればここに来ればなんとかなりますから。私かアビーさんが対応しますので」

「わかった。俺としてはできれば……」


 アビーが工具を使い始めたため、言葉の続きはその音にかき消された。


「では、次の場所に案内しますね。今、私は、除雪魔導具の片づけ中でして……」

「除雪魔導具?」

「はい。ここアドコック領は、冬にたくさんの雪が降りますから。雪かきが大変な作業なんです。それを楽にするために魔導具を作りました。では、アビーさん、また後で」


 部屋を退出する前にアビーに声をかけてみたが、それが彼女の耳に届いているかどうかはわからない。これも形式的なものだ。


 今度は階段を上がり、外に出る。


「大きな魔導具を作るときは、作業効率だったり、持ち運びなどを考えてこちらの小屋で作業をしています」


 除雪魔導具を、アビーの巣で作るのには無理があった。あそこで設計や小さな実験はできるが、実際の組み立てには場所が狭いため、もう一つ作業場をギデオンに用意してもらったのだ。ギデオンも「そういうことなら」と、物置の一つを空けてくれた。


「こちらが、もう一つの作業場です」


 除雪魔導具がずらりと並ぶ。人々の生活道路の除雪のために、五台の除雪魔導具を作った。大きな道はこの除雪魔導具で雪をどかし、そこから各自の家に伸びる道は、人の手で雪をかく。


「なんだ、これ……」


 セリオも除雪魔導具に視線が釘づけである。


「これが除雪魔導具です……あの、原理を説明しても?」


 魔導具に興味があると言ったセリオだ。


「ああ、是非とも話が聞きたい」

「では、作業をしながらお話しますね。実際にものに触れたほうが理解は深まりますから」

「作業? 雪はもうないだろ? それなのに作業って、何をするんだ?」

「はい。この除雪魔導具は、次の雪が降るまではこの場で保管します。だからその間、錆びたり動かなくなったりしないように、きちんとお手入れしてから保管する必要があります」


 先ほどまで作業していた除雪魔導具のところへ、エステルは足を向けた。


「今、これの作業中だったのですが……ここで雪をかいて、それがここを通って、こちらから雪が投げ出されます」


 簡単な説明だが、それでセリオも理解したようだ。


「この駆動部が錆びてしまうと、次のシーズンの使い始めに動かないなどの原因になりますので、こうやって油を塗って、錆びないようにしています」


 セリオもエステルの隣にしゃがみ込んで、その作業をじっくりと見つめている。


「……丁寧に作業をするんだな」

「せっかく作った魔導具ですから、長く大事に使っていきたいですよね」


 エステルが手を動かしながら答えると、セリオは少し驚いたようだった。それから「そうだな」と呟く。


「俺にもできるだろうか?」

「え?」

「俺も君の作業を手伝いたい。そう言ったはずだが……」

「あ、そうですね」


 エステルは皮の手袋をセリオに手渡し、油と布も用意した。


「こうやってここに油をつけて……この部分、ここが稼働部になりますので、ここに油を塗ってください。あと三台ありますので、セリオさんに手伝ってもらえると助かります」

「わかった」


 セリオはエステルの話を聞きつつ、見よう見まねで魔導具の手入れを始めた。


「エステルは、魔導具を大事にしているんだな」


 作業に慣れてきたとき、セリオがぽつんと言った。


「そうですね。私、やっぱり魔導具が好きなので……」

「魔導具が好き……魔導具にどんな魅力があるんだ?」


 それはセリオも魔導具に興味があるから、聞いてくれているのだろうか。


「えぇと……よくわからないんですけど。こう、実験を繰り返せば繰り返すほど、いいものが作れるといいますか。人間相手だと、どうしても相手の意見もありますし、それが自分の意見と同じとは限らないですけど。いえ、それが駄目ってわけではなくて、違う意見に触れることで新しいひらめきにつながりますけど。とにかく、魔導具は裏切らないんです。頑張った分だけ結果として返ってくるんです……」


 魔導具は一方的に「嫌い」だなんて告げてこない。だけど動きが鈍くなったり、変な音が聞こえたりと、不調を訴えてくる。そこにまた改良を重ねて、よりよい魔導具を作る。


 だけど、人間相手ではそうはいかない。気持ちがすれ違ってしまえばなおのこと。


「とにかく、努力が形になる。それが魔導具ですね」

「なるほど……」


 しばらく二人は、無言のまま魔導具をせっせと磨いていた。


最後までお読みくださり、ありがとうございます。

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