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第四章:魔導具のお手入れは大事です!(1)

 降る雪がべったりと水分が多くなった。これは、春の訪れがすぐそこまできている証拠だという。いつもであれば、こういった水分を多く含む雪の雪かきは、骨が折れるものだが、エステルとアビーが作った除雪魔導具のおかげで、今年の雪かきは楽だったと大好評だった。


 雪釣りや雪囲いを外せば、春が来たと、領民の誰もが思うらしい。それでも朝晩はまだ冷え込むため『こたつ』は欠かせないとか。


 こうやって作った魔導具が人の役に立ち、彼らの喜ぶ顔が見られただけで、エステルは魔導具を作ってよかったなとしみじみ思う。魔導具のことを考えていれば、セドリックを失った隙間を埋められる。


 そう思っていたのに、夜、寝る前にぽつっと彼のことを思い出してしまうのだ。


 アビーのように「魔導具が恋人です」と周囲には言ってみるものの、セドリックを好きだったという事実は消せない過去。


 彼も高等部三年に進級しただろう。エステルも同じように進級するはずだった。そして一年後、卒業と同時に結婚の準備に入り、その半年後には結婚式を挙げる予定だった。


 すべて「だった」の過去形。

 そんな未来は永遠にやってこないのだ。


 除雪魔導具の出番もなくなる季節を迎え、次の雪シーズンに向けて手入れをしていたときに、ジェームスがエステルを呼びに来た。


「エステル様。本日より王都からのお客様を受け入れることになりましたので、紹介したいと旦那様がおっしゃっております。急いで来ていただけますか?」


 そう言われても、エステルは今、作業着姿だ。お仕着せの上にさらにエプロンをつけている。


「えぇと……今、このような姿ですので。着替えに少々時間をいただきたいな、と」

「いえ。そのままで問題ないとのことです」


 ギデオンがいいと言うのであれば、問題ないのだろう。

 エステルはさっと手だけ洗って、ジェームスにつれられギデオンと客人の待つ応接室へと向かった。


「旦那様、エステル様をお連れしました」

「失礼します、エステルです。このような姿で申し訳ありません」

「気にするな。俺がいいと言った。そこに座れ」


 そこはギデオンの隣の一人がけのソファ。


「はい……失礼します」

「エステル。彼も俺の友人の息子の……セ……セリオだ。今日からここで暮らす」

「そうなのですね。はじめまして、セリオさん。エステル・ヘインズと申します。こちらで、魔導職人として働いております」


 国家試験に受かっていないエステルは、魔導技師と名乗ることはできない。だからアビーと同じように魔導職人という肩書きなのだ。


「あ、あぁ……はじめまして。セリオだ」


 茶色の髪は清潔に切りそろえられ、澄んだ空を思い出させる青い目はセドリックによく似ている。

 彼との共通点を見つけたエステルの胸は、つきんと痛む。

 また些細なことで、セドリックを思い出してしまった。


「彼はここで、領地経営や王都と辺境の違いについて学ぶ予定だ」


 ギデオンはセリオを友人の子と言っていたが、きっとその友人もそれなりの身分の人なのだ。その相手を曖昧にしているのは、エステルのようにわけありなのだろう。だから深追いしてはならない。


「エステル、セリオはこう見えてもおまえと同い年だ。同じ王都で育ったということもあり、おまえがセリオの相手をしてやってくれ」

「え? 相手って、何をですか……?」

「別に侍女のような仕事をしろとは言っていない。話し相手とか、まぁ……そんな感じだ」


 なるほど、とエステルは心の中で手を打った。

 恐らくギデオンは、エステルにセリオと友達になれと言っているのだ。


「はい。わかりました。私もこちらに来て、半年ほどしか経っておりませんが、セリオさんよりはここのことをわかっているつもりです。何かわからないことがありましたら、遠慮なく聞いてください」

「よろしく頼む」


 セリオが手を差し出してきた。これは、握手を求められているのだろうか。


 あまりエステルの中では異性との握手は経験のないものだが、こうやって好意的に関係を築こうとする彼の気持ちを無下にはできない。

 何よりもエステルは王太子の婚約者ではないし、この領地の魔導職人だ。


「よろしくお願いします」


 躊躇いがちにセリオの手を握りしめると、彼はがしっと力強く握ってきた。厚くて骨張っていて、自分の手とは異なる感触。だけど、どこか懐かしさがこみあげてくる。


「あの……?」


 握手のわりには、セリオはなかなかエステルの手を離さない。


「セリオ、もうやめなさい。エステルが困っている」

「あ、すまない……」


 セリオがぱっと手を離した。


「エステル。早速で悪いが、彼にこの城を案内してやってくれ」

「あっ……」


 まだ除雪魔導具の手入れの途中だったし、何よりも作業エプロン姿だ。自分の姿をざっと見回して「ですが……」と言い淀む。


「なんだ? 何か予定があったのか?」


 ギデオンが眉をひそめて尋ねてきた。セリオもどこかもの悲しげに、眉尻を下げる。


「あ、いえ。ただ、作業の途中だったので、このような姿で案内するのが心苦しいと言いますか……」

「だったら、俺が君の作業を手伝おう。それが終わったら、ここを案内してくれないか?」


 セリオの申し出に、ギデオンも「それがいいだろう」と同意する。二人からそう言われたら、エステルとしても断る理由がない。


「はい。では、よろしくお願いします。作業場にご案内します」


 そう言ってから、エステルはざっとセリオの全身を見回した。


「な、何か……?」


 セリオからは戸惑いが感じられた。


「あ。えぇと……作業するので、汚れてしまうかなと思いまして……」


 実際、エステルの白いエプロンも、ところどころ黒い汚れがついている。


「作業場に着いたら、エプロンをお貸ししますね」

「わかった、ありがとう」


 ふと微笑んだセリオの顔に、エステルはつい視線を奪われてしまった。

 セリオがセドリックと同じ瞳の色をしているから、悪いのだ。髪の色も、雰囲気も、セドリックとは異なるというのに。


「何か?」


 あまりにも凝視するエステルを不思議に思ったのだろう。セリオは首を傾け、不思議そうに問うてきた。


「いえ、なんでもありません。さあ、行きましょう。実はたくさん作業が残っておりまして、人手が欲しいなと思っていたところだったんです」

「そ、そうなのか……?」


 セリオが手伝いを申し出たことを後悔するように、顔をしかめたのを見逃さない。だからってエステルも、貴重な人手を逃すわけにはいかない。


「では、ギデオン様。失礼します」

「ああ、では食事の席で会おう」


 エステルはぺこりと頭を下げ、ギデオンの部屋を出た。もちろん、隣にはセリオがいる。こうやって並んで歩くと、セリオがセドリックと同じくらいの体格であるのがよくわかる。彼の顔を見るために、見上げる角度が同じだった。


「セリオさんも、魔導技師、もしくは魔導職人なのですか?」

「いや、俺は……魔導具に興味はあるが、作ったり考えたりすることはできない。だが、新しい魔導具が出てくると、使ってみたくなるし、どういう仕組みで動いているのかとか、そっちに興味がある」

「あぁ。いますよね、そういう人。新しい魔導具をすぐに買って、使って、分析される方。私たち、開発者の立場からすると、そうやって興味を持っていただけるのが、とても嬉しいですけど。たまに、間違った解釈をされると悔しくもなります」


 セリオが魔導具に興味がない人間でなくてよかった。中には、まったく興味がありませんという人間がいる。そういう人と話をするには、エステルも何を話題にしたらいいかがわからない。父親の側で魔導具のことばかり考えていたから、社交は得意ではない。


 だから王太子妃教育でもっとも大変だったのが、社交性を高める教育だった。知識も礼儀も作法も問題ないエステルは、毎回社交性を高めるための模擬茶会では苦労したものだ。何かとすぐに魔導具の話と関連付けしようとするエステルを、教師は「違う話題にしてください」と何度も注意していた。


 そんな苦労も、今となってはいい思い出かもしれない。ここにいれば、苦手な社交を無理してまで頑張る必要はないし、大好きな魔導具に囲まれて暮らすことができる。


最後までお読みくださり、ありがとうございます。

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