第三章:除雪機を作ります!(4)
* * *
花の蕾もほころび、春の訪れを感じる頃、エレガス学園高等部では卒業式が行われた。在校生代表として生徒会長を務めるセドリックが、卒業祝いの言葉を述べた。
「おめでとうございます」
「おめでとうございます!」
卒業生に祝いの言葉をかけるものの、セドリックの心はぽっかりと穴が空いたまま。
「セディ。今日はめでたい日よ?」
ジュリー姿のジュリアンが声をかければ、セドリックはむすっとした表情をする。
(誰のせいだと思ってるんだ!)
そう言いたいところを、卒業生たちを見送るため、ぐっと堪えて笑顔を作り直す。
卒業式が終わった後、セドリックはジュリアンをジュリーとしてかくまっている屋敷へと足を向けた。
「おまえのせいだからな!」
部屋に二人きりになったとたん、セドリックはジュリアンに向かってクッションを投げる。だが、いつもやられているジュリアンは、ひょいっとそれを避けた。
「おい、避けるな!」
セドリックはジュリアンの顔に当てないと気がすまないのか、当たるまでクッションを投げ続け、見事、五発目で命中した。
「うおっ」
まだジュリー姿のジュリアンだというのに、野太い声があがる。
「早く着替えろ。目の毒だ」
「ひどい!」
そう言いつつも、最近のジュリアンも学んだため、セドリックの言葉には素直に従う。着替えのために別室へと向かった。
「いやぁ……一年、なんとか終わったな」
ジュリアンに戻ったジュリアンが明るい声でそう言いながらソファにどさっと座った。
だが、セドリックは目の前に座った彼をギロリと睨む。腕も足も組んで限界まで背もたれに身体を預け、威圧感が半端ない。
「ああ、俺たちはなんとか無事に二年を終えることができた。だが、おまえのせいでエステルは……」
「ほんと、ごめんって!」
顔の前で両手を合わせ、ジュリアンは謝罪の言葉を口にするが、セドリックは不機嫌なまま。
「悪いが、俺は辺境に行く」
セドリックの突然の申し出に驚いたのはジュリアンだ。
「は? 何、言ってんの?」
「何って、辺境に行くと言っている」
「なんで? まだ学園だって一年あるじゃん?」
「なんでって、エステルに会いに行くためだろ? それ以外の理由があるか? 俺の影武者はおいていくし、学園は彼が俺として通う。おまえはこちらで、引き続き魔導具の密輸の調査をしろ。連絡は、いつものように俺の鳩を使う」
待てよ、とジュリアンが立ち上がった。
「エステル嬢に会ってどうするつもりだ? 婚約解消は嘘でした。やっぱりやり直してください。って、土下座でもするつもりか?」
「そうだな。そうしたいのはやまやまだが……まだその時期ではない。おまえ、気づいていないのか?」
「何が?」
やれやれ、とでも言いたげに、セドリックは肩をすくめて大げさに首を振った。
「学生魔導具開発展が開かれただろ?」
「ああ、おまえがエステル嬢に出てほしくなかった、あの魔導具の技術を競うアレね」
エステルの代わりに代表になった学生は高等部三年の男子学生で、なんとか優勝を勝ち取った。二位の学生とは僅差だったが、エステルだったら頭一つ分抜き出て優勝できただろう。それを考えると、少し悔しい思いと、ジュリアンへと怒りが込み上げてくるのだ。
「あの開発展が終わってから、見慣れぬ者が王都に出入りしているという情報が入った」
「見慣れぬ者? まぁ、ここは王都だからな。いろんな国から人がやってくるだろ?」
「そうかもしれないが、見るからに怪しい人間ってことだ。恐らく、おまえの国のな?」
セドリックが眉間に深くしわを刻めば、ジュリアンもはっとする。
「例の学生は、そのまま学園の大学部に進学する。今すぐどうこうされる心配はないが、魔導技師や魔導職人たちに彼らの手が伸びるというのも十分に考えられるわけだ」
「す……すまない……」
ヴァサル国がターラント国の魔導具技術を狙っているのは、ジュリアンの王位継承権問題と無関係ではない。
何よりも過激な改革派が、ターラント国の魔導具技術を狙っており、それを軍事応用できないかと企んでいるからだ。もちろんその応用した結果、ジュリアンへの脅し、挙げ句は亡き者にするための道具にしようとしているわけだ。
「辺境の話も届いている」
セドリックは真面目な顔で呟いた。
「話……? どんな?」
他国に隠れるように身を寄せているジュリアンにとって、情報入手はセドリック頼みとなる。
「画期的な魔導具が広がっている、という噂だ」
「なに? 画期的って。普通の魔導具とは違う?」
具体性がないため、ジュリアンもどのような魔導具なのか想像がつかない。
「エステルがいるんだぞ? 普通のオーブン魔導具とか保冷魔導具とか、そういったものを改良して満足しているような人じゃない」
学生魔導具開発展では、完全に新規のものというよりは、今ある魔導具を使いやすいように改良しました、機能を追加しましたといったものが多かった。いや、むしろそういったものの出品がほとんどだった。だからあの開発展にエステルの『でんわ』は危険だったのだ。
「辺境は雪が降るだろ?」
「ああ……そうみたいだな」
「そうなんだよ。俺らの身体が半分埋もれるくらいは、雪が降るんだよ。だから、寒い。その厳しい寒さの中でも、快適にさまざまな作業ができる暖房魔導具があるらしい」
「は? どんな魔導具だよ?」
ジュリアンが興味を示す。
「どうやら『こたつ』と呼んでいるようだ。足元だけを局所的にあたためるから、作業をしていても眠くなりにくい。ほら、頭寒足熱と言うだろう? それから……」
「まだ、あるのかよ! いったい、どんだけ魔導具作れば、エステル嬢は満足するんだよ」
「エステルだからな。彼女の好奇心に、満足という言葉はない。とにかく、あとは楽に雪かきができる魔導具を作ったとかなんとか……まぁ、この変は俺も直に見たわけじゃないからな」
セドリックは、辺境に送り込んだ部下から、定期的に報告をもらっている。それはもちろんエステルの現状を確認するためというのもあるが、彼女に変な男が寄りつかないようにと見張りのためでもある。
一時期、アドコック辺境伯の嫁候補としてエステルがやってきたという噂が流れたようだが、相手がギデオンであれば問題ない。その二人がそういった関係になるわけがないことを、セドリックが知っているからだ。むしろ、ギデオン以外の男性と噂になられたほうが困るというもの。
「だから、おまえの国のやつが、エステルに目をつけたら困るんだよ。そのため、状況を確認してくる」
「……わかった。エステル嬢が魔導技師として優秀なのはわかったし、セドリックの心配もわかる。それは本当に申し訳ないと思ってるし、エステル嬢の技術があいつらに流出されても、マジで困る。オレ、マジで殺される。っていうか、あいつらはオレを殺すために動いているようなもんだからな」
「ああ、だから俺の影武者を置いていく。難なく俺の影武者を務められる男だ。それなりに腕は立つ。俺の代わりにおまえの側にいる。そこだけは信用してくれ」
「セディ……」
いきなりジュリアンは立ち上がり、ガシッとセドリックに抱きついた。
「ありがとう。感謝してもしきれねぇ……エステル嬢に振られたときは、オレが慰めてやる」
「いらん、うざい、離れろ! 俺がエステルに振られるなんてあり得ない。余計な心配をするな」
セドリックが王都を離れても、なんだかんだで二人の関係は続くのだ。
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