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第三章:除雪機を作ります!(3)

 城内に戻ってきたエステルは、濡れた衣類を着替えるために、ハンナを呼んだ。


「エステル様、びしょびしょじゃないですか!」


 雪かきだけでなく、雪合戦で遊んでしまったエステルのコートは、雪が当たって解けて濡れていた。


「もう、何をやっているんですか」


 ハンナはエステルが風邪を引くのではと気が気ではないようだ。すぐに濡れた服を脱がせた。


「子どもではないのですから」


 その言葉は何度も彼女の口から聞いている。


「でも、ギデオン様も一緒に雪遊びをしたのよ?」


 ギデオンは手加減をしていたものの、それでも子どもたちと同じように雪玉を作って投げて避けてと、楽しんでいた。いつも、むすっとしている彼の表情も、そのときばかりは子どもと同じような笑顔を作っていたのだ。


 ギデオンも一緒に遊んだと言われれば、ハンナも強くは言えない。


「でも、ハンナ。雪かきって大変なのね」

「そのようですね。雪って白くてふわふわしているように見えますけども」


 口も動くが、ハンナの手は休まらない。


「だからね、その雪かきが楽になるような魔導具を作ろうと思っているの。まだ、イメージの段階だけれど」


 どんなものがいいかしら、とエステルが妄想を膨らませている間に、ハンナがあれよあれよとドレスを着付けていく。


「髪の毛もまとめますね。地下に行くのであれば、邪魔になりますよね」

「ありがとう」


 地下とはすなわちアビーの部屋だ。いや、魔導具室が正式な呼び名だが、他にも実験室だったり、アビーの巣だったりいろいろな呼び名がついている。


「朝から動いたから、お腹が空いたわ」

「それはいい傾向ですね。お嬢様もこちらに来られてから、よく食べるようになって、ずいぶんと健康的になられたと思いますよ?」

「それって、太ったっていうことかしら?」

「いいえ、健康的です。顔色もいいし、肌つやもいいですし。やはり、きれいな身体は適度な睡眠と良質な食事からできるのです。私のように!」


 そういわれれば、ハンナもこちらに来てからというもの生き生きとしているように見える。となれば、エステルにもピンとくるものがあった。


「もしかしてハンナ。新しい出会いに出会えたの?」


 ハンナがいきなりゴホッと咽せた。


「そ、そ、そ……そんなことはありません!」


 こうやって慌てるのが怪しい。


「それよりも。朝食の時間に遅れますよ。ほら、旦那様もお待ちでしょうから」


 慌てるハンナを横目に、エステルは食堂へと急いだ。


「おはようございます」


 先ほども挨拶を交わしたというのに、食堂に入るときの合い言葉のようなものだ。


「ああ、おはよう。身体は痛くないか?」


 いきなりギデオンからそのような言葉をかけられ、なぜ? と疑問に思いながら、席に着いた。


「慣れない作業をしただろう? いつもは使っていない筋肉を使ったからな。痛みが出てくる者もいる」


 そこでギデオンがジェームスにチラリと視線を移してからエステルを見た。それでは雪かきの後に身体が痛いと言っているのはジェームスだと伝えているようなものだ。


「今のところは、痛みはありません」


 幸いなことに、ちょっと腕が重いだけで痛いという感覚はなかった。


「……そうか。では、あたたかいうちにいただこう」


 いつもはパンを一つしか食べないエステルも、今日は朝から身体を動かしたせいか、三つも食べてしまった。


「そういえば、ジェームス」


 食後の紅茶をいただいているときに、ギデオンが低い声でジェームスに話を振った。


「どうやら、エステルが私と結婚するためにここに来たと、そんな噂が流れていたようだ……」


 ゴホンとジェームスはわざとらしい空咳をした。


「さ、左様ですか……」


 普段のジェームスとは異なり、どこか態度がおどおどしている。何かを隠しているようにも見えた。


「まったく、どこのどいつかわからんが……エステルと俺では親子ほど年が離れている。これ以上、変な噂が流れないように気を配ってくれ」

「つまり、エステル様は旦那様と結婚なさらないと、そういうことでございますか?」


 ジェームスが驚きの声をあげた。


「なぜ、そこで驚く?」

「い、いえ……わたくしめはてっきり……」

「なるほど。俺とエステルの間違った関係を流したのは、ジェームス、おまえか」


 いえいえ、とジェームスは手と首を同時に振る。


「わたくしだけではございません。ここで働く者、みんなでございます」


 ジェームスの爆弾発言に、ギデオンのこめかみの血管がぴくぴくと蠢いた。





 朝食を終えたエステルは、早速アビーの巣――ではなく魔導具室へと足を向けた。


「アビーさん。おはようございます!」


 冬の地下室だというのにほのかにあたたかい。暖房魔導具が室内をあたためている。


「ん~」


 ソファの上の塊がもぞりと動く。アビーの部屋も三階に用意されているようだが、むしろ彼女はここに住んでいる。だからアビーの巣と裏では呼ばれているのだ。


「ん~エステル、早い。今、何時?」

「九時になります」

「ん~。適当にやってて」


 ソファで寝返りを打ったアビーは、頭まで毛布をかけてエステルとの会話を遮断する。


「ええ~そんなぁ。新しい魔導具を作りたくて、アビーさんの意見を聞きたくて、わくわくしながら来たのに」

「新しい魔導具!」


 がばっとアビーが勢いよく起き上がった。


「なになに? 新しい魔導具って」

「アビーさん。よだれの跡がついています」

「ああ、ごめん」


 アビーは慌てて手の甲で口をぬぐう。


「それで、新しい魔導具って何? もう、エステルの考える新しい魔導具は、画期的なのよ。例の『でんわ』もびっくりしたけど……」


 アビーが言うように必要分の『こたつ』を作ったエステルは、『でんわ』の開発に着手していた。しかしこれは特定の相手と魔力を通じて会話させる。その相手の魔力を検知する方法に苦戦しているところだった。そのため、まずは不特定多数との通話ではなく、確実に一人の相手と通話できるようにしようと、段階を追って作っているところだが、それも少し行き詰まっていた。


「『でんわ』はまだまだ改良しなければなりませんから。それは継続しつつ……それよりも、雪かき魔導具! 雪かき魔導具を作りましょう」

「は?」


 アビーは目を丸くし、口もぽかんと開ける。だがすぐに真顔に戻った。


「雪かき魔導具?」

「そうです。今日、たくさん雪が降ったんですよ!」

「あぁ……なるほど。だから、いつもより寒いような気がしたのよね」


 そこでアビーは、ふぁっとあくびをもらす。寒くてよく眠れませんでした、とでも言いたげだ。


「それで、初めて雪かきをしてきたんですけど」

「え? エステル。雪かきをしてきたの?」


 一気にアビーも目が覚めたようだ。


「はい。私、これほどの雪を見たのが初めてで……それで、雪かきをやらせてもらいました」

「へぇ? 物好きもいるものね。雪かきなんて、やってくれる人がいるんだから、そこに頼るのが一番よ。寒いし重いし」

「だからですよ」


 エステルがアビーに詰め寄る。


「雪かきは体力のある人がやっていますよね?」

「ん~、そうね。やっぱり若い男性が多いわね。でも、ジェームスもやっていたような……?」


 まるで若い男性にジェームスが該当しないとでも言いたげだが、それは事実であるため失礼には当たらないだろう。たぶん。


「ジェームスさんはギデオン様から追い出されていました。腰がどうのこうのって」

「なるほどね。ジェームス、雪かきをした後、腰が痛いって寝込むこともあったかもしれない」


 首を傾げたアビーは、昨年の雪かきを思い出しているのだろう。


「ですから! 雪かきは体力を使うから、それを楽にしてくれる魔導具です」

「へ~。どうやって魔導具で雪かきをさせるの? 雪をすくって、捨てるっていう作業が必要なのよ?」

「そうですね。だから……」


 エステルは机の上に広げられている用紙に、さらさらと絵を描き始める。それは、前世の記憶による除雪機の原理。


「ここで雪をかきとって集めて、ここから雪を吹き飛ばせるようにすれば……」

「これ、その場の雪がなくなったら、移動させるの?」

「はい。だからこうやって動かしやすいように走行装置をつけます。雪の上だから、雪との接地面積を大きくして、滑らないように凹凸をつけて……」


 さらにエステルが絵を追加する。


「あと、ここに走行する向きを操作できるような指示装置をつければ……」

「この魔導具の走行って、人が押すの? それとも魔石?」

「あ~。どちらでもよいです。魔石の力を借りれば、作業はもっと楽になりますけど」

「だったら、まずはここは人が押す形にしよう。便利だけど、魔石を使いすぎる。雪を集める、雪をすてる、魔導具を動かす。冬場は魔石の採掘が限られているから、このペースで使ったら魔石がなくなっちゃう。ほら、『こたつ』にも使ってるでしょ?」


 人の力の代わりに魔石を使う。だが、その魔石だって無限ではないと言われている。魔石は、地中に自然と存在しており、それを採掘して使用している。だからすべてを掘り尽くしてしまったら、魔石は尽きるだろうというのが専門家の考えだ。


 ただ、魔石は地中で生成されるため、生成された量を適切に使うのであれば、無限に湧き出るようにも見える。そのため魔石の生成スピードと同じ量だけの消費が好ましいとされており、アドコック領ではその魔石消費の管理も魔導職人の仕事になっている。つまりアビーは、魔導具を好き勝手作っているだけでなく、そういった魔石入手量と消費量を記録し、次の月に使用できる魔石の量を算出しているのだ。


 やはり冬は魔石の消費量が激しくなるとのことで、その分、夏に魔石を蓄えておく。


「そうですね……省エネ……」

「ん?」


 聞き慣れぬ言葉に、アビーが聞き返してきたが、エステル自身も無意識に口にした言葉であるため慌てて言い直す。


「省魔石ってことですね。使う魔石を節約して効率的に利用すること」

「そうね。てことは、魔石はこことここに使って……そうなると……どのくらいの力が必要かしら……」


 そこから二人は、雪かき魔導具、いや除雪魔導具を作るため、ああでもないこうでもないと始まった。


最後までお読みくださり、ありがとうございます。

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