第三章:除雪機を作ります!(2)
ジェームスが城内に戻ったのを見届けてから、ギデオンが雪かきについてエステルに説明を始める。
「いいか? 雪には大きく分けて二種類ある。今日のようなさらさらとした雪。これは軽いから、まだ雪
かきもしやすい。だが、春が近づくにつれ、雪は水分を多く含むようになり、べたっと重い雪になる。この雪かきがわりと堪える。だが、どちらにしろこまめに雪かきをすることが大事だ。積もりすぎると、どうしようもなくなるからな」
だからみんな、こんな朝早くから作業をしているのだろう。
「使う道、すべてを雪かきしては時間も人手も足りない。だから、俺たちは雪かきをする道を決めている。城塞までを繋ぐこのメインの道だ」
ギデオンが示した先では、いろんな人がせっせと雪をかいており、すでに道ができていた。その分、両脇には雪壁ができあがっている。
「この道の雪かきを中心的に行い、あとは各家へと繋がる道の雪かきをする」
「わかりました。かいた雪はあのように道の両脇に積めばよろしいのですね?」
「雪は見た目よりも重い。できるだけ最小限の動きで雪をどかすとなれば、両脇に放り投げる形になる」
手慣れたものは、雪をすくってぽいっと放り投げ、すくっては投げてと、一定のリズムで作業を行っていた。
「わかりました」
「まだ、この先は雪のかかれていない場所もある。それから、各家へとつながる道だな」
ついてこい、とギデオンが先に行く。
「おはようございます」
「おはようございます、ギデオン様、エステル様」
雪かきしながらも、二人の姿を見つけた者は、声をかけてくる。
「おはようございます。朝早くからご苦労様です」
エステルの言葉に、雪かきをしている者は喜び、さらに雪かきする手に力を入れる。
「おまえはここの雪かきをしてみろ。馬小屋まで雪をかいたらおしまいだ」
目の前には小屋が見える。だけど、いつも使っていた道は雪に覆われ、どこを歩いたらいいのかわからないような状況になっていた。それでも、誰かが行き来したような足跡が、ぽつぽつと続いている。
エステルも他の人の見よう見まねで雪かきを始めた。手にした道具で雪をすくって、ぽいっと脇に放り投げる。
たったそれだけの動きだというのに、腕の筋肉が震え始めた気がする。
それでも他の人と同じようにすくっては投げて、すくっては投げを繰り返し、道を作る。やっと馬小屋の前まで道がつながり、振り返ったときには、大きな通りからつながる細い一本道ができていた。
ちょうど朝日がきらきらと降り注ぎ、積もった雪は太陽の光を浴びて輝いている。降っている雪も朝日を受け、まるで光の粒子が舞っているかのよう。
「うわぁ。きれい~」
幻想的な朝の雪景色に、エステルも思わず感嘆の声を漏らす。力仕事をしたせいか、身体はぽかぽかとあたたまり、額にもうっすらと汗をかいているが、それを忘れるくらい、美しいものだった。
気がつけば、道路の隣に雪だるまが並んでいた。朝から子どもたちも、雪だるま作りに励んでいたようだ。さらによく見れば、子どもたちが雪だるまを転がした跡は道になり、人が歩きやすくなっている。遊びながらも雪道をならしていたのだろう。むしろ雪だるま作りにはそういった意図もあるようだ。
「おはよう、朝から元気ね」
「おはようございます、みてみて、エステルさま」
きゃっきゃっと子ども特有の甲高い声で、エステルを呼ぶ子どもたちの姿は微笑ましい。
「これ、ぼくがつくったんだ。かっこいいでしょ?」
雪の玉が二段重ねられた雪だるま。形は少しいびつだが、木の枝で顔が描かれ、どこか愛らしい。
「エステルさま。こっちは、わたしたちが作ったの。お姫さま」
女の子たちが、小さな雪玉を三段重ねて雪だるまを示す。
「お姫様? じゃ、こちらのかっこいい雪だるまは王子様なのかしら?」
「違うよ、領主さまだよ」
そう言われると、大柄なところ、目の鋭いところなんかはギデオンに似ているような気がする。
「お姫さまはエステルさまね」
「ええ?」
「ねえねえ、エステルさま。領主さまとはいつ結婚するの?」
「え? ちょっと……どうして、そんな話に……?」
いきなり子どもたちに話題を振られ、何が何やら、エステルにはまったくわからない。
「だって、お父さんもお母さんも言ってたもん」
「ね~、言ってたよね? エステルさまは、領主さまのお嫁さんになるためにここに来たって、ね~」
ね~、ね~、と子どもたちは顔を見合わせているが、エステルにはなんのことやらさっぱりわからない。
子どもたちに囲まれ、賑やかな声が聞こえていたのだろう。
ギデオンも「朝から元気だな」と笑いながら、近づいてきた。
「おはようございます、領主さま」
子どもたちもギデオンに挨拶をする。
「ああ、おはよう」
「ねえねえ、領主さま。領主さまはいつ結婚するんですか?」
無邪気な子どもの質問に、ギデオンも困惑の表情を浮かべた。
「結婚か……残念ながら、結婚は俺一人ではできないからな。相手がいないといけないだろ? 俺のお嫁さんになってくれる人を探すところからだな」
「お嫁さんになってくれる人って、エステルさまじゃないの?」
ギデオンもその話は初耳だったようだ。
「なんでそんな話になっているんだ?」
子ども相手のためか、ギデオンもいつもより口調は穏やかだった。
「だって、みんな言ってるもん」
ね~、と子どもたちはみんなで顔を見合わせている。
ここまでくればギデオンも察する何かがあったようだ。
「わかった。どこかでそんな噂があるようだな。だが、残念ながら俺とエステルの結婚の予定はない」
「え~」
一気に子どもたちから不満の声が上がった。
「エステルは俺の友人の娘だ。大事なお客様なんだよ。だからおまえたちも、仲良くしてやってくれ」
「え~。お嫁さんじゃないの?」
「エステルさま、ずっとここにはいないの? おうちに帰っちゃうの?」
口々に子どもたちが騒ぎ出し、エステルもどうしたものかと困惑する。
「そうだな。いつかは家に帰るだろう。いつまでもここに、というわけにはいかないな」
「え~」
不満が一気に高まった。
「だが、それはおまえたちも同じだろう? これからどうなるかだなんて、誰も知らない。王都で学ぶ者も、隣国で働く者もいるかもしれない。いつまでもここにいたい、そんな理由で、未来をしばってしまってもいいのか?」
子どもたちには難しい話かもしれない。だがギデオンの真剣な眼差しと、未来を期待する思いが彼らにも届いたようだ。幼い子らも、しゅんとどこか寂しそうな表情を浮かべる。
それを見てギデオンは、微かに笑みを浮かべた。
「エステルがここにいる間は一緒に過ごせるわけだろう? 終わりのない時間なんてない。限りある時間をエステルと一緒に楽しめばいい」
そこでギデオンがしゃがみ込み、雪を手に取った。それをぎゅぎゅと丸めて玉を作っている。
「こうやってな?」
下から上にふわっと雪玉を投げるが、それは見事、子どもの一人の肩に当たる。
「あっ!」
「みんな、負けるな」
「敵は、領主さまだ」
「エステルさまはこっちだよ」
いつの間にかギデオン対子どもたちの雪合戦が始まった。
子どもたちはギデオンに雪玉を投げつけているのに、ギデオンは手加減をしているのか、ふわりふわりと雪玉を落とすように投げてくる。
朝日がすっかりと昇り、子ども特有の甲高い声が辺りに響くと「ちょっと~あなたたち~」と、慌てて彼らの親が呼びに来た。
「領主様、申し訳ございません。エステル様も」
親から見たら、肝が冷えただろう。何よりも子どもが領主に向かって雪玉を投げているのだ。
「久しぶりに雪が降ったからな。子どもたちと一緒に遊んだだけだ。それにエステルは雪を見たことがないらしい」
「はい」
頬を真っ赤にし、白い息を口から吐きながら、エステルは答えた。
「そうなのですね。雪は大変ですけども、これが春の恵みになるわけですから」
その意味がわからずエステルが首を傾げると、ギデオンが補足する。
「雪解け水だ。山に積もった雪が春になって解け、それを農業用水として使う。冬に十分な雪が降らなければ、水不足に陥り、農作物も育たない」
雪に触れたことのないエステルにとって、そのような考えはなかった。寒い地域には雪が降るものというそれだけの認識だった。
「だが、いくら生活のためとはいえ、毎回の雪かきには辟易してしまうがな」
ところで、とギデオンが話題を変え、子どもの親に詰め寄った。
「おまえたちは、エステルのことをどう聞いている?」
「お母さん、エステルさまは領主さまのお嫁さんじゃないんだって~」
子どもの一人がそう言えば「そうなんですか?」と驚いた声をあげたので、領民がエステルをどう思っていたのかは一目瞭然だった。
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
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