第三章:除雪機を作ります!(1)
外から、やいのやいのと声が聞こえる。だが、まだ室内は暗いし、外も薄暗い。
アドコック領に冬がやってきた。本格的に雪が降る前に『こたつ』は完成し、底冷えするような場所で仕事をする人たちの役に立っている。だが、いつまでもぬくぬくとして、一度入ったら出られない魅惑のものとも言われ、それを脱却するためにも、一定の時間が来たら熱源が切れるようにした。これは切り忘れ防止にもいいし、作業にもメリハリがついていいと、好評だった。
エステルはそっとベッドから下りた。今日はいつもよりも、冷え込みが激しい。暖房魔導具のおかげで室内はそれなりにあたたかいが、それでもいつもよりは寒い気がした。
エステルは厚手のガウンを羽織って、そっと窓際に近づく。外から聞こえる声が気になったのだ。
「うわっ」
外には雪が積もっていた。昨夜から雪が降り始めたとは聞いていたが、その雪は大人の膝が隠れるくらいまで積もっている。
(すごい……)
初めて雪を見たエステルは、興奮を隠しきれない。その雪が積もっている場所に、ちらほらと人の姿が見えた。
(あの人たちは何をしているのかしら……あ、雪かき?)
集まった人たちは大きな板に持ち手をつけたものを手にして、雪をすくっては投げ、すくっては投げを繰り返している。
(たった一晩で、これほどまで積もってしまうものなのね)
エステルの前世も雪かきするほどの雪を見たことはない。だから、昨日はうっすらと積もっていた雪が、一晩でこれほどまで積もるのが信じられなかった。
(私も、雪かきをしてみたいわ)
好奇心旺盛なエステルは居ても立ってもいられない。むしろ、みなが揃って雪かきをしているのだ。その先頭には、ギデオンの姿もある。
エステルはベルを鳴らしてハンナを呼ぶ。
さすがに彼女は雪かきには参加していない。控えていた隣の部屋から、すぐにやってきた。
「エステル様。今朝は早起きですね」
「ええ。あのね、今、みんなで雪かきをしているみたいなの」
「そのようですね。城塞で寝泊まりしており、手の空いている者はみな、外へ駆り出されたようです」
「そうなのね。ねえ、ハンナ。私も外に行ってみたいの。雪かきをしてみたいわ」
ハンナは困ったように目尻を下げる。
「ねえ、お願い。一緒に雪かきをしましょう」
「わかりました。ですがエステル様なら、こう、ちゃちゃっと雪かきができるような魔導具を作れたりしませんかね?」
ハンナの一言で、エステルの顔がぱっと輝き出す。
「それよ、ハンナ。今は手作業で行っている雪かきを、ぱぱっと手軽にできる魔導具」
ふと思い出されるのは、除雪機だろうか。
「そのためにも、やはり雪かきは経験しておかないと」
今にも部屋から飛び出しそうなエステルとハンナが慌てて呼び止める。
「エステル様。まさかそのような姿で外に出るつもりですか?」
「あ」
まだ寝衣にガウン姿だった。
「外は寒く、まだ少し雪が降っておりますから。しっかり防寒して外に出ないと、風邪を引いてしまいます」
ハンナからぴしゃりと言われ、肩をすくめたエステルはすぐに着替えることにした。
厚手の生地のブラウスとトラウザーズ。その上に、コートを羽織る。さらに足元は、膝下まであるブーツだ。まるで乗馬をするような格好だが、雪が深いためドレスではすぐにスカートの裾が雪まみれになってしまう。
さらにまだ、雪が降っているということで、頭にはボンネットをかぶるのも忘れない。
「エステル様、手袋を忘れております。子どもではないのですから、もう少し落ち着いてください」
見たこともない、触れたこともない雪に、エステルの気持ちは昂ぶっていた。
しっかりと手袋をつけたエステルは、ハンナが注意する声を右から左へと聞き流して、小走りで外へと向かった。
「おはようございます」
エステルが元気よく挨拶をすると、みな、驚いた様子でエステルに視線を向けた。
「エステル様、危ないですから戻っていてください」
慌ててエステルを制したのはジェームスだ。
「だけど、私。これほどの雪を見たのは初めてなのです。雪かき、私もやってみたいんです」
「雪はこう見えても重いのです。甘くみてはいけません」
ジェームスがエステルの身体を気遣ってくれているのは伝わってくる。
「だからって、私だけぬくぬくとお城の中にいるわけにはいきません。それに、えぇと……そう、魔導具を作りたいのです」
「魔導具、ですか?」
「はい。今、ジェームスさんもおっしゃったように、雪かきって大変ですよね。その雪かきが楽になるような魔導具です。そのためには私も雪かきをと思ったのですが……」
うっすらと雪は降り続き、長く外にいれば頭が白くなってしまうほど。ジェームスの頭にも、少し雪がつもっている。
「何を騒いでいる」
雪かき道具を手にしながらやってきたのは、ギデオンだ。しっかりと防寒具を身につけた彼は、いつもよりも身体が大きく見えた。
「おはようございます、ギデオン様。私にも雪かきをやらせてください」
ギデオンが許可してくれたら、ジェームスだって折れるはず。
「ですが、旦那様」
危険だからエステルにはやらせたくないと、ジェームスは訴える。
「話は聞こえていた。雪かき用の魔導具を作りたいとも言っていたな?」
「そうです。そのためには、雪かきがどんなものか、知りたいのです」
だからお願いです! とエステルは詰め寄る。
「あれより勉強熱心じゃないか。それにあれは、雪かき用の魔導具なんて、ひとことも言っていなかったな」
顎をさすりながら、ギデオンも何やら考え込む。
「雪かきは力仕事だ。体力があるうちはまだいいが……」
そこでギデオンは、チラリとジェームスを盗み見る。
「いつまでも若いとは限らないし、体力もあるとはいえない」
「だ、旦那様!」
ジェームスがギデオンの言葉を否定するかのように、慌てて声をあげた。
「雪かきをした後、腰が痛いと言って寝込まれても困るしな。雪かきを楽にする魔導具があれば、ここの者たちは喜ぶだろう。な? ジェームス?」
それではまるで、雪かき後に腰を痛めるのはジェームスだと言っているようなもの。
ジェームス本人も心当たりがあるのか「左様でございますね」と、今度は背中を丸めている。
「ジェームス。おまえが使っているその道具をエステルに貸してやれ」
「それでは私の作業ができません」
「だから、おまえの腰を労ってやってるんだ。おまえは、中の仕事の指示をしろ。おまえに寝込まれたら困るのは俺だけではないんだからな」
突き放すような言い方の中にも、どこか愛情を感じる。
ジェームスは渋々とその言葉を受け入れたようだ。だがそれには、申し訳なささも感じられた。
「旦那様、エステル様……。それではお言葉に甘えまして、私は中の仕事に戻らせていただきます。美味しい朝食を用意するよう、料理人には指示を出しておきます」
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
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あなたのげんなりは何センチの雪から?私は10センチです(自治体の除雪基準と一緒)。