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第二章

 気のせいだろうか。最近周りの人から親切にされることが増えた気がする。書類を落とした時に、少し離れたところにいた他部署の社員が拾ってくれたり、コンビニ弁当で済ませることになってしまった時はレンジの順番を変わってもらえたり。マスクをしているからどんな表情かはわからないのだけれど、相手の声は一様に優しげだ。思い起こして気づいたのは、皆男性社員だということだった 。

 日常のちょっとした親切や好意を、私にわかりやすく説明してくれたのは、またしても女子トイレにたむろする社員だった。私が個室に入ったタイミングで、女性社員二人が会話をしながら入ってきた。営業部の三上さんと、制作部の仙田さんだ。二人とも二十歳半ば、同期同士で仲が良く、私生活が充実しているのか、きらきらと輝いて見える人たちだ。

「それで、私最近思うんだけど」

「なに?」

「長谷川さん、綺麗になった?」

 いえ、なってないです。私は心の中で三上さんに応える。実際に、私生活や仕事、生活様式に至っても、私には何も変化もなかった。

「えー、そう? 長谷川さんは前から見た目に気を使ってると思うけど」

「確かに、服とか爪とか、髪もきちんとアレンジしてるけど、そういうのとは違って、なんていうか……顔?」

 二人の間に沈黙が流れる。私は三上さんの意図がわからず、視界に映る音姫と便座に、意味もなく目を行き来させた。「あー」という声を出したのは仙田さんだった。

「マスクしてるからってこと?」

「そう! そう、なんていうか、すごく美人に見えるなって」

 美人ということばに身体が強張る。見える? どういうこと?

「長谷川さん、涼しい目元してるもんね。自分に合ったメイクがわかってるからかな。背もすらっと高いし」

「ね、私、綺麗な目してるの、今まで気づかなくて。もともと所作が綺麗だなとは思ってたけど」

「まあ、パーツのバランスとかで印象変わるもんね。でも三上さん。マスクしたら美人とか、失礼だから絶対言っちゃだめだよ」

「言わない言わない! 私、長谷川さん好きだし! いつも丁寧だしちゃんとしてるし。経費の申請のミス、すぐに気づいてくれるから、仕事が忙しくなる前にやらなくて済むんだ」

「そもそも、ミスをなくせって話でしょ!」

 仙田さんの指摘に照れ笑いをする三上さんの声と、二人の足音が遠ざかる。他に化粧をしている人はいないかと、トイレの中から何の音もしないことを確認してから、私はゆっくりとドアを開けた。個室から出てまず目に飛び込んできたのは備え付けの全身鏡だった。私は吸い寄せられるようにそれに近づく。

 鏡の中の私は、所在なげに立っている。何か特別なものは感じない。つけているマスクを外す。いつもの私だ。でも確かに、目元に比べて、鼻と唇は野暮ったい印象を受けるかもしれない。マスクで蒸れて肌が荒れないように顔下半分は化粧を薄くしているから、今は特にそう感じる。でも、私が私であることには変わらない。いつも通りだ。自分の見た目を客観的に見つめるのは、案外難しいかもしれない 。

 マスクを定位置に戻して、手を洗って身なりを整えてから席に向かった。自分でも気づくほど足取りが、軽くなっていた。

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