第四話 始まりの悲鳴
「静かな恐怖」は、時に「暴力的な絶望」よりも心を蝕む。
ゲームが動き出す。命が、試される。
だがそれは、まだ“始まり”にすぎなかった。 十優と狼、二人の小さな会話の裏で、最初の“悲鳴”が響く。
――誰かが死んだのか。それとも、“何か”が始まったのか。
ぬいぐるみは満面の笑みを浮かべながら、場の空気をさらに掻き混ぜるように声を弾ませた。
「子供たちは、いい子だね〜。僕、子供はダーイスキ♡」
その裏の意味を感じ取った大人たちは、一瞬身を強張らせたが、子供たちは純粋な笑顔を向けている者もいた。
「じゃあ、ゲーム説明するよ〜? ちゃんと聞くんだよ〜?? ……ま、伝えることはほとんど無いんだけどね!」
ぬいぐるみはぴょんと跳ねて、横に並べられた台の上に小さな手を広げた。
「ここにあるのは〜、数え切れないほどの注射器! 色とりどりで綺麗でしょ〜? 僕のおすすめは水色♡♡ ぜひ注射してね〜?? ……この注射器は、ちゃーんと一人一本用意されてるよぉ。で、この注射器の中にある液が体に入り込むと――なんと!! 君も能力者に!☆」
その場がざわめいた。
「だけど! この能力を手に入れても、生き残るためにその能力を使い、生き残るしかない?!」
子供たちの目がさらに輝き、大人たちは不安そうに顔を見合わせた。
「ただ、君たちが殺し合うことは無いよぉ〜。こっちで 鬼 が待機してるから、そいつらと戦って生き残ってね♡ 簡単でしょ?」
そこで少しだけ、ぬいぐるみの声の調子が変わった。
「しちゃいけないことは……無理やりこの施設から出ようとした時のみ! そんなことしたら……こっちの 黒鬼 が君を殺しに行くよ〜♪ こんな感じ! わかったかなぁ〜? はい!今だけ質問受け付けまーす!」
場は一瞬静まり返った――が、やがて一人の幼い少女がすっと手を上げた。
オッドアイの少女だった。
「ん? そこの可愛い女の子! どーぞぉ?」
少女は怯むことなく、澄んだ声で問いかけた。
「その注射をしたら、能力を得られるって言ったわね。注射してすぐにわかるものなの?」
ぬいぐるみはパチンと手を叩き、嬉しそうに跳ねた。
「いい質問だねー! それがなんと! 注射して10秒ほどで少し動悸がして一瞬息苦しくなるけどその後すぐに能力を開花してるよぉ〜。自然と出せるようになってるし、脳に 君の能力はこれ って伝わってくる、不思議な注射だよぉ✨。これでいいかな?」
少女は静かに頷き、それ以上は何も言わなかった。
「他に質問は〜?」
今度は狼がゆっくりと手を挙げ、低い声で尋ねた。
「……生き残るには戦って勝って進んでいくしかないのか?」
「そうだよぉ〜。あ、あと一つ言い忘れてた♪(ニヤリ)……もう一つ、無いことは無いよぉ?」
その言い方に、場の空気がまた少し緊張する。
「それはね、生き残りが たった一人 になって、そのゲームルームをクリアしたら終了するよ?」
狼の眉がわずかに動いた。
「……でも、もし一人生き残ったとして、そっち側には何のメリットがある? ……まさか、最終的に殺したりしないよな?」
ぬいぐるみはふわっと笑って、首を振った。
「そんなことしないよぉ〜、笑。僕らぬいぐるみは 嘘はつかない よ。それに、メリット〜? ……それは僕もわからないけどぉ、 上 がね、『ただ殺すだけじゃ楽しくない! ゲームだ! ゲーム!』って言ってて、どうせ生き残れる攻略者はいないって、自信満々に言ってたからぁ〜。それは不可能だと思ってるんじゃない〜?」
ぬいぐるみはさらにくすくすと笑いをこぼす。
「……一人生き残りできたらどうすんだよ! ってね、あははっ♡ ……ぁ、やべ、喋りすぎたか〜?笑」
狼と十優は、その言葉を静かに聞いていた。
(……確実に、上にいる奴は、人間の命を軽く見て楽しんでる……)
無言のまま二人は視線を交わす。考えていることが一致していると、お互いすぐに悟った。
狼が小さく口を開き、十優にだけ聞こえるように囁いた。
「……これは早めに、十優くんと話さないとだね」
十優もまた小声で答える。
「……はい、これは急がないと……嫌な予感がします……。」
ぬいぐるみの声が朗らかに響いた。
「じゃあ説明もしたことだし、早速この中から好きな色の注射器を一人一つ選んで注射してね! 全員が注射できたらゲームが開始されるよぉ……毎回そのゲームの説明が行われるから、ちゃんとお話を聞くようにね!♪」
そう言うと、ぬいぐるみは映像の中でルンルンとスキップするように歩き出した。
「ってことで一旦、僕は疲れたから退散退散〜!」
軽快な口調のまま、モニターの映像からぬいぐるみは退場した。画面はプツリと暗転し、沈黙が訪れる。
その瞬間を逃さず、十優が狼に声をかけた。
「狼さん! 話すなら今のタイミングです……!」
狼はすぐに状況を察し、うなずいた。
「わかった。ここじゃ目立つ……あそこの隅に行こう。」
二人は目配せを交わし、足早に会場の隅へと移動する。周囲の人々は注射器の選択に気を取られており、二人に注意を向ける者はいなかった。
薄暗い隅に着いたところで、十優が声を潜めて言った。
「ここなら大丈夫だと思います。それと、注射器についても安心してください……こちらでもう取ってあります。」
そう言って、十優はポケットから水色の注射器を取り出して見せた。
「!? 本当に……何者なんだ、十優くん……。」
思わず狼の口から漏れる驚きと苦笑。
「こちらの水色の注射器は、僕が使わせてもらいます。」
「それって……あのぬいぐるみが“おすすめ”って言ってたやつじゃないか。……明らかに怪しくないか?」
狼の言葉に、十優は静かに首を振った。
「あのぬいぐるみは“嘘はつかない”って言ってました。それは本当なんです……それに、これがどんな能力を得られる注射かも、僕は知っています。」
「……本当に、なんでそんなにこの謎のゲームに詳しいんだ?」
狼の問いに、十優の顔が一瞬曇った。どこか泣き出しそうな声で答える。
「……実は、僕の親友が、このゲームのことを知っていたんです。その親友に……この“デスゲーム”を終わらせてほしいって頼まれて……僕、ここに来るように仕組んだんです。」
その言葉とともに、十優の拳が震えていた。強く握りしめたその手が、微かに白くなっている。
狼はしばし沈黙した。だが、やがて穏やかな声で言った。
「……もはや、びっくりしすぎて言葉が出ないよ、笑。」
狼は気付かないふりをして微笑み、十優の心をそっと包み込むように言葉を続けた。
「すみません……驚かせてばかりで……。」
「ううん、全然大丈夫。むしろ話が聞けて、現実なんだなって実感するよ。」
「ありがとう……狼さん。」
互いに視線を交わし、少しだけ肩の力を抜く。
狼は気を引き締めた声で言った。
「とりあえず……俺はどうしたらいい?」
十優は力強くうなずき、白色の注射器を差し出した。
「狼さんには、生きて最後までたどり着いてもらわないといけなくて……こちらの白色の注射器をお願いしたいです。」
狼は注射器を受け取りつつ、問いかける。
「わかった。……信じてないわけじゃないんだけど、その能力、聞いてもいい?」
十優が口を開きかけた、その時だった。
――きゃぁぁぁーーーー!!!
甲高い悲鳴が場内に響き渡った。
狼と十優は顔を見合わせ、一瞬にして表情を引き締めた。
ご覧いただきありがとうございました。
今回は、デスゲームの中で少しずつ見えてくる“仕組まれた運命”と、 十優の過去に踏み込む重要な回でもありました。
そして、響き渡る「最初の悲鳴」。 この物語において、この悲鳴は決して「ただの恐怖演出」ではありません。
次回以降、少しずつ明かされていく“真実”や“伏線”にもご注目ください。
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