第三話 笑顔に隠れたナイフ
ぬいぐるみは語る。命を懸けたゲームが、今始まろうとしている。けれど本当に恐ろしいのは、その無邪気な声の裏側にある“何か”なのかもしれない。」
やがて誰もが思い知る。
ここは、ただの遊び場なんかじゃない。
――それでも、立ち向かうしかないのだ!
「じゃあ、ゲームのルール説明しちゃうね! 静かにして聞いてね? ……じゃないと、わ・か・る・よ・ね?♡」
ぬいぐるみが無邪気な声で言い放つ。
その声には、不釣り合いな甘さと、背筋をぞくりとさせるような冷たさが混じっていた。
場の空気が一瞬にして凍りつく。張り詰める緊張。誰もが息をひそめ、動けずにいた。
ぬいぐるみが小さく跳ねるようにして続きを口にしようとした、そのときだった。
「ちょっと待って」
静かだが、芯のある声が割り込んだ。十優だった。
ぬいぐるみがきょとんとしたように顔を傾ける。
「ん? なぁ〜に??」
「ゲームの説明の前に、僕たちを集めた理由を説明してくれない? いきなりゲームとか言われても、訳がわからないよ」
その言葉に、ぬいぐるみの目が細められた。縫い付けられた笑顔はそのままだが、雰囲気がどこか変わったように感じられる。
「そっか! 確かにそうだね〜♫ 君、しっかりしてるね〜♫ まだ中学3年生なのにね〜、笑」
十優の眉がわずかに動いた。
「……なんで僕が中3だって知ってるの?」
その問いに、ぬいぐるみはくすくすと笑った。
「へぇ〜、すごく冷静なんだね。おもしろいよ、君」
次の瞬間、声のトーンがわずかに変化する。明るい響きの奥に、硬質な怒気が混じった。
「ま、連れてきた理由はちゃんと教えてあげるから――静かにしてな?」
語尾が少し強くなる。イライラした気配を、十優はすぐに察して、黙って頷いた。
その様子を見ていた狼は、心の中で思わずつぶやく。
(すごいな……あの状況で意見できるなんて。本当に十優くんは、何者なんだ……)
ぬいぐるみが、にっこりと笑った。だがその笑顔はどこか歪んでいて、冷たい針を胸に刺すような不穏さを孕んでいた。
「じゃあまずは、君たちを連れてきた理由を教えてあげるね。
それは―――…君たちに復讐するため、だよ? ふふ、笑」
瞬間、空気がまた一段と冷え込んだ。誰も言葉を発せず、ただ固まったようにぬいぐるみを見つめる。
「はい、以上〜♪ ……じゃあ、ゲームの説明を――」
「ちょっと待ってよ」
またしても、十優の声が割って入った。
ぬいぐるみの目が鋭く細まる。
「はぁ、また君?? 次は何さ?」
「……復讐って、なんのこと? どういう意味?」
ぬいぐるみは小さく首をかしげたが、口元にはうっすらと笑みを浮かべたままだ。
「そんなの簡単なことでしょ。
――僕らぬいぐるみたちを、大事にしてくれなかった恨みだよ」
その言葉に、十優の眉がひくりと動く。
「……僕は、ずっと大切にしてきたよ。どんなに汚れても、ちゃんと綺麗にして、ずっとそばに置いてた。
それでも恨みって言うの? 本当にここにいる全員が、ぬいぐるみに悪いことしたって言いたいの?」
ぬいぐるみは無言で十優を見つめていた。だがその時、もう一人の少年が静かに口を開いた。
(十優くんばかりに言わせるのも、よくない……ここは、俺も……)
「……確かに。俺だって、ぬいぐるみを粗末に扱った覚えはない」
それは狼の声だった。
彼の言葉には少し迷いがあったが、それでも自分の意思を込めて発したものだった。
しばしの沈黙。
そして突然、ぬいぐるみの口調が一変する。
「……知らねーよ!!」
「?!?!」
狼と十優の目が見開かれる。
ぬいぐるみは顔を歪め、今までの可愛らしさを捨てたかのように毒を吐いた。
「……僕は司会者で、上の指示を受けてるだけだっつーの。
詳しく知りたきゃ――ゲームで生き残ってみろよ」
その言葉には、遊び心も冗談も、一切なかった
ぬいぐるみは唐突に笑いながら肩をすくめた。
「おっと! ごめんね〜♪ 驚かせちゃったね? 笑 僕って怒りっぽくてさぁ〜、あははっ♪ だから、あんまりイライラさせないでね!♫」
その言葉は謝罪のようでありながら、どこか開き直るような、そして子どもがふざけて言うような軽さを纏っていた。
十優が何かを言おうと前に出かけたその瞬間だった。
「待って、十優くん……これ以上は、ダメだよ。相手の言うことを聞こう」
狼が静かに、しかしはっきりと声をかける。
十優は数秒だけ沈黙し、すぐに首を縦に振った。
「……わかりました。すみません、取り乱して……」
「ううん、大丈夫。俺も、この状況で何も説明されずにいるのは……正直、落ち着かない。誰かが目の前で死ぬなんて……もう見たくないんだ。ほんと、キツいからね……」
狼の声は震えてはいない。ただ、そこに込められた重みと本音が、十優の胸を強く打った。
十優は静かに頷きながら、柔らかな微笑みを狼に向ける。
「……僕のせいで誰かが殺されたら、辛いです。ここは……耐えます。ありがとう、狼さん」
「?!……ほんとに俺のこと、知ってるんだね……十優くん」
狼が驚いたように目を見開く。
十優はその言葉に特に返さず、ただ優しく笑うだけだった。そして、ぬいぐるみへと再び視線を戻す。
その間、ぬいぐるみは――
「すーはー、すぅー……はぁー……」
なぜか深呼吸を繰り返していた。あの怒りを鎮めるためか、それともただの演出か。もはや誰にも分からない。
「よしっ! 落ち着いたから、ゲーム説明! ゲーム説明〜♫」
明るく跳ねるようにぬいぐるみが言うと、場の人々の視線が再び彼に集まる。
大人たちはみな、ぬいぐるみの一挙手一投足を真剣な目で見つめ、言葉ひとつを逃さぬよう集中していた。
だがその一方で、幼い子どもたちの反応はまるで別の世界にいた。中には「ドッキリ番組かな?」と笑っている子や、「ねえねえ! 早く超能力ほしい〜!!」と目を輝かせる子までいた。
この場の恐ろしさを、本当の意味で理解しているのは、ほんの一握り――そんな不穏な温度差が、場の空気に微妙な歪みを生んでいた。
ここから本当の“ゲーム”が始まります。
十優と狼は今、まだわずかな余裕を持っているけれど……この空間の「異常さ」に気づき始めました。
ぬいぐるみの真意は?「上」にいる者の目的は?
次回はいよいよ能力取得と、最初の動き出しの予感です。
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