第一話 人形劇の開幕
こんにちは、初めましての方ははじめまして。
今回から連載する物語は、「現実」と「非現実」が交差する、ちょっと不思議でちょっと残酷な世界が舞台です。 主人公は、ただアニメを観て眠るはずだっただけの普通の青年。
けれど目覚めた先には、“喋るぬいぐるみ”と、“数百人の見知らぬ人間”たちがいました。
少しずつ明かされていく謎と、登場人物たちの過去や覚悟。
少年・十優との出会いが、物語の運命を動かしていきます。
不思議で、優しくて、でも時に胸をえぐるような物語を目指して書いていきます。
よければ最後までお付き合いください。
こんなアニメがあったらみたいな気持ち((ボソッ
天使 狼20歳
風神 十優15歳中3
司会ぬいぐるみ ???
ぬいぐるみ──それはこの国では、ただの玩具ではなかった。
人々はぬいぐるみを祀り、心の拠り所とし、何より大切にしていた。
それは信仰にも似た、けれどもっと個人的で、もっと静かな習慣だった。
この国のある町に、「狼」という青年がいた。
彼には幼い頃からずっと大切にしているぬいぐるみがある。
名前は「テミラ」。
それは、母親が法律を破ってまで内緒で作ってくれた、たったひとつのぬいぐるみだった。
──ロウが二十歳になる年。
その国では、成人を迎えると初めて「ぬいぐるみを作る権利」を得る。
だが、それすらも「仕事のため」に限られていた。
私情で作ることは許されない。
それほどまでに、ぬいぐるみは神聖な存在だったのだ。
今日は、狼が家を出る前日の夜。
テミラと一緒に過ごす、少年最後の夜でもあった。
ロウは小さな部屋の隅で、ふわふわのテミラを抱えながら、ぽつりとつぶやいた。
「……もう、二十歳か。早いよな、テミラ……」
その顔には、懐かしさと照れくささが混じっている。
「二十歳にもなって、まだぬいぐるみを抱えてるなんて……ちょっと恥ずかしいよな、ははっ」
苦笑しながらも、テミラをぎゅっと抱きしめる手に力がこもる。
「でもさ、いつからか“ぬいぐるみを大切にするのが決まり”みたいになってたけど……そんなの関係なく、お前は俺にとって大事な相棒だからさ」
そう言って、狼は微笑んだ。
その笑顔には、大人の覚悟と、少年の心が同居していた。
そしてテミラも、何も言わず、ただそこにいた。
まるで、狼のすべてをわかっているかのように。
その夜。
狼には、もうひとつ楽しみにしていたことがあった。
──アニメの最終話。
最近ハマっていた作品で、毎週楽しみにしていた。
明日から新しい旅立ちが始まる。だからこそ、今夜だけは心ゆくまで少年の時間を味わいたかった。
「お、テミラ! アニメ始まるぞ?」
嬉しそうに声をかけると、狼はベッドに座り直し、テミラを膝にちょこんと乗せる。
「これ見て、明日は旅立とうな……いや〜、ほんとに楽しみにしてたんだよなぁ」
そう言いながら、リモコンを手に取り、ピッとボタンを押す。
──画面が光る。
けれど、そこに映し出されたのは、予想とはまったく違うものだった。
「……あれ?ちょっと遅れてるのかな?」
狼が首をかしげる。
だが、いつもの主題歌も、キャラクターも、どこにも見当たらない。
画面いっぱいに広がるのは、いくつもの風景。
見知らぬ街角、花が咲き誇る丘、どこまでも続く森の小道、そして──どこか懐かしい、夕暮れの小さな町。
「ん……? なんだ、これ……?」
誰が撮ったのかもわからない、ナレーションすらない映像。
ただ、カメラは静かに、優しく、世界をなぞるように進んでいく。
狼はテミラを抱いたまま、言葉もなく、ただぼうっとそれを見つめていた。
頭のどこかで「おかしい」と思いながらも、なぜかチャンネルを変える気にはなれなかった。
──映像は、彼をどこかへ連れて行こうとしているようだった。
テミラもまた、何も語らず、けれどその瞳はテレビの向こうをじっと見つめていた。
テレビ画面に映る、どこか懐かしい風景の数々。
狼は、それが何なのかもわからぬまま、ただ見つめていた。
──そのときだった。
ゴンッ!
鈍い衝撃が頭に走った。
目の前がぐにゃりとゆがみ、世界が回転する。
「っ……なん……だ……」
言葉にならない言葉を最後に、狼の体はベッドから崩れ落ち、その場に倒れ込んだ。
──そして、闇。
意識が遠のいていく中で、微かに声が聞こえた。
どこかで、誰かが会話している。
「おや……?貴方も来る??」
柔らかくも、どこか不気味な声。
その言葉に、別の声が答える。
「……僕は行くつもりはない」
けれど、音はくぐもり、輪郭は曖昧だった。
まるで水の中から聞いているように、遠く、かすかに──それだけを最後に、狼の意識は完全に途切れた。
どれほどの時間が経ったのだろう。
まぶたの裏が、ほんの少しだけ明るくなるのを感じた。
やがて重たいまぶたがゆっくりと開き、視界がぼやけながらも形を成していく。
見知らぬ天井。
無機質なコンクリートの壁。
静まり返った空気と、ほんのかすかな人のざわめき。
狼は、ごくりと喉を鳴らした。
「……ここは……?」
体を起こすと、そこには大勢の人間たちがいた。
年齢も服装もバラバラ。子どもから老人まで、性別もバラバラ、数十人──いや、もしかすると三桁を超えるほどの人間が集まっている。
誰もが同じように戸惑い、恐れ、そして言葉を失っていた。
まるで、何かに連れてこられた「被験者」のように。
狼は、ふと胸元に視線を落とした。
──テミラがいない。
その事実に、血の気が引いた。
数百人がひしめき合う広い空間のなか、狼は混乱を必死に押し殺し、深く深呼吸をした。
「……落ち着け……考えろ、俺……」
けれど、状況があまりに非現実的すぎて、思考がまとまらない。
そこに、軽やかな足音が近づいてきた。
「ねぇ、お兄さん」
「……えっ?」
不意にかけられた声に、狼は軽く肩を跳ねさせた。
振り向くと、そこに立っていたのは、自分よりずっと若い──中学生くらいの少年だった。
「えっと……なぁに?」
少年は、まっすぐな瞳でロウを見つめる。
「お兄さんに話があるんだ」
唐突な言葉に、狼は目を瞬かせた。
「ぃ、いや……そんな急に言われても……ってか、みんな困惑してるのに、なんで君はそんな落ち着いてるの?」
すると少年は、少し申し訳なさそうに微笑んだ。
「ごめん、驚かせたよね……僕は風神 十優。お兄さんのこと、知ってるんだ。大事な話が──」
そう続けようとしたそのときだった。
ブゥゥゥン……!
天井近くに設置された巨大なモニターが、突然、ノイズを吐きながら明滅した。
「っ?!」
狼と十優が同時に顔を上げる。
すると画面いっぱいに、ある存在が映し出された。
──それは、喋るぬいぐるみだった。
「じゃじゃーーーーーん!!♫ 人間のみなさぁ〜ん♫」
ぬいぐるみは鮮やかな声でそう言いながら、両手(のような縫いぐるまれた手)を元気よく広げた。
ぱっと見は可愛らしいクマのような姿。けれどその瞳には、どこか作り物とは思えない、底知れぬ“知性”と“狂気”のようなものが宿っていた。
ざわっ……と周囲がさらにざわつく。
「な……なんだよ、あれ……」
狼は、背筋に冷たいものが走るのを感じながら、唖然と画面を見上げた。
そのぬいぐるみが口を開く。
「ようこそ、ボクたちの世界へ!これからキミたちは、選ばれた者として特別な僕らのゲームに参加してもらいま〜す♡」
笑顔のまま語るぬいぐるみに、空気が凍った。
狼は、思った。
──これは夢じゃない。
けれど現実とも思えない。
一体……何が始まるというのか。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
普通の青年・ロウが突然の出来事に巻き込まれ、目覚めた先は“ぬいぐるみの国”のような不可解な場所。
そして、どこか訳ありな少年・十優との出会い。
さらに現れた喋るぬいぐるみの存在──。
物語はまだ始まったばかりですが、ここから少しずつ真実と異常が浮き彫りになっていきます。
よろしければ次回もお付き合いください!
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