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1話


「おい、貴様。まだそんなクズみたいな依頼を受けているのか?」


冒険者ギルドの受付で依頼を確認していた俺の背後から、聞き慣れた嫌味な声が響いた。振り返るまでもない。こいつはオーランド。貴族出身でありながら、実力主義の冒険者の世界に足を踏み入れた男だ。


「……」


相手をするだけ無駄だ。俺は黙って受注したばかりの依頼書を手に取る。依頼内容は「街道の荷馬車護衛」。貴族の派手な依頼とは程遠い、地道な仕事だ。だが、こういうのをこなして信用を積み上げるのが俺のやり方だ。


「ははっ、護衛依頼か? そんな端金でよくやるもんだな!」


オーランドは取り巻きの仲間と共に大声で笑い、手にした依頼書を見せつける。それは大商会の討伐依頼。報酬も桁違いだろう。


「ま、せいぜいコツコツ頑張るんだな、"地べた這いずり冒険者"さんよ!」


そう吐き捨てて、オーランドは意気揚々とギルドを後にした。


「……ふん。」


俺は気にせず、ギルドを出る。すると、肩の上に乗っていた黒鼠が、ちゅっちゅっと鳴いた。


「気にするな、クロ。いつものことだ。」


黒鼠――クロは俺の唯一の相棒だ。見た目はただの鼠だが、実は魔力を持っていて、俺と共に数々の危機を乗り越えてきた。


「さて、今日も地道に稼ぐとするか。」


護衛の依頼主と合流し、街道へと馬車を進める。


そして、この依頼が、俺の運命を大きく変えることになるとは――この時の俺はまだ知らなかった。


護衛依頼は順調に進んでいた。


依頼主は小規模な商隊で、荷馬車三台。積み荷は生活雑貨や食料品で、目的地は隣町のラムダ。街道沿いの交易拠点だ。


「すまねえな、兄ちゃん。金がなくて高ランクの冒険者は雇えねえんだ。」


荷馬車を引く中年の商人――ガスパルが申し訳なさそうに言った。


「気にするな。俺はこういう仕事をちゃんとこなして信用を積みたいんでな。」


「へへっ、助かるよ。」


ガスパルは安堵したように笑う。その笑顔を見て、俺は少しだけ満足する。こういう信頼の積み重ねが、いずれ大きな成果に繋がるはずだ。


クロが肩の上でピクピクと鼻を動かした。


「ん? どうした?」


ちゅっちゅっ。


クロは前方の森を指すように尻尾を振る。


「……何かいるな。」


俺は馬車を止め、剣を抜いた。


――ガサッ!


低い茂みから現れたのは、五体のゴブリンだった。


「ゴブリンか。まあ、定番の襲撃者だな。」


一匹のゴブリンがギャッギャと喚くと、ほかの四体もナイフを振り上げて突進してくる。


「来いよ。」


俺は落ち着いて剣を構えた。


ゴブリンの一体が飛びかかる。だが――


「遅い。」


俺は最小限の動きで剣を横に薙ぎ、ゴブリンの首をはねた。


「ギャッ!?」


他のゴブリンが怯んだ瞬間、クロが肩から飛び降り、素早く駆け回る。


「クロ、頼む。」


ちゅっ!


クロの体が闇色に滲み、次の瞬間、ゴブリンの顔に飛びついた。


「ギャギャァァ!」


クロの小さな爪が目を潰し、ゴブリンがのたうち回る。その隙を逃さず、俺は二体目の首を刎ねた。


「すげえ……!」


ガスパルが呆然と呟く中、俺は三体目、四体目を次々と斬り伏せた。


最後の一体が逃げようとする。


「逃がすか。」


俺は腰の小型ナイフを抜き、正確に投げつけた。


――ブスッ!


ナイフはゴブリンの後頭部に突き刺さり、そいつは絶命した。


「……ふぅ。」


剣を振って血を払い、クロを呼ぶ。


クロはちゅっちゅっと鳴きながら俺の肩に戻る。


「ありがとうな、クロ。」


俺が頭を撫でると、クロは満足そうに目を細めた。


「兄ちゃん……すげえな……。」


ガスパルが感嘆したように呟く。


「たいしたことじゃない。これが仕事だからな。」


だが、この程度の戦いは序章にすぎなかった。


この後、俺の名が一気に広まる事件が起こる――。


訳もなく(笑)


ゴブリンを片付けたあと、俺たちは何事もなかったかのように街道を進んだ。


ガスパルは興奮気味に俺を褒めてくれたが、俺はただ淡々と警戒を続ける。


「兄ちゃん、本当に頼りになるな! いやぁ、これなら安心して旅ができるよ。」


「仕事だからな。油断は禁物だ。」


クロがちゅっちゅっと鳴く。肩の上で鼻をひくひくさせ、周囲の空気を嗅いでいる。


「クロ、お前もすごいなぁ。ちっこいのにあんなゴブリンを翻弄するなんてな。」


ガスパルが感心したようにクロを覗き込むと、クロは得意げにひげをピクピクさせた。


「こいつはただの鼠じゃないんでな。」


「ははっ、そりゃあ見りゃわかる。まるで伝説の魔獣みたいだったぜ!」


……いや、さすがにそれは言いすぎだ。クロは確かに賢いし、戦闘の補助もしてくれるが、伝説級の魔獣なんかじゃない。


「まぁ、護衛依頼をちゃんとこなせたらそれでいいさ。」


「謙虚だなぁ、兄ちゃん。きっといつか大物になるぜ!」


そんな他愛もない会話をしながら、俺たちは順調に進み、夕方には目的地のラムダに到着した。


宿場町として栄えるラムダの街並みは、木造の建物が並び、石畳の道には商人や冒険者たちが行き交っている。市場では香ばしい焼き立てパンの匂いが漂い、どこからか音楽が聞こえてきた。


「よし、兄ちゃん。報酬を払わせてもらうぜ。」


ガスパルはギルド規定どおりの金額をきっちりと手渡してくれた。


「助かったよ。おかげで無事に商売ができる。」


「それは何よりだ。」


「また護衛が必要になったら頼むぜ!」


ガスパルと固く握手を交わし、俺はギルドへと向かう。


その道すがら、クロがちゅっちゅっと鳴いた。


「どうした?」


クロは尻尾を振りながら市場の屋台を指すように動いた。そこには焼きたてのパンが並んでいる。


「……食べたいのか?」


ちゅっ!


俺は苦笑しながら、小銭を出して一つ買い、クロにちぎって渡す。


クロは嬉しそうにそれをくわえ、ちゅちゅっと満足げに鳴いた。


「お前もよく働いたからな、ご褒美だ。」


そんな何気ない一日が過ぎていく。


――大事件なんて起こらなかった。けれど、俺はまた一歩、信用を積み上げることができた。


コツコツと、確実に。


そうやって俺は、成り上がっていくのさ。


ラムダの冒険者ギルドに入ると、相変わらず賑やかな雰囲気だった。


酒場を兼ねたギルドは、依頼を終えた冒険者たちで混み合っている。俺は受付へ向かい、護衛依頼の完了報告を済ませた。


「お疲れさまです、エイトさん。」


受付嬢のリーナが微笑む。彼女はギルドの常勤スタッフで、俺のような地道な冒険者にも分け隔てなく接してくれる数少ない人物だ。


「護衛依頼、無事に終わりました。」


「確認しました。報酬の振込も問題ありません。エイトさん、本当に堅実ですよね。」


「こういう仕事しかできませんから。」


「いえ、堅実なのは大事ですよ。貴族の方々が派手な依頼ばかり受けて、失敗しているのを何度も見てきましたから。」


その言葉に、背後から笑い声が聞こえた。


「ははっ! リーナ、お前、俺たちのことを馬鹿にしてるのか?」


声の主は、オーランドだった。


「貴族の俺たちと、地べたを這いずるエイトを同列に語るとはな!」


取り巻きたちが嘲笑する。オーランドたちは相変わらず高額の討伐依頼を受けているようだ。


「随分と余裕そうだな。」


俺が軽く返すと、オーランドは不敵に笑った。


「当然だ。今回の依頼は、ある有名な商会の専属護衛だ。お前みたいな安い護衛とは格が違う。」


「ふーん。」


興味のないふりをしていたが、内心で少し引っかかった。


「お前はいつまでも安い仕事をこなしてろ。俺は明日、大商会の隊商とともに、この街を出る。今後は貴族の名誉をさらに高める仕事しか受けん!」


オーランドは高らかに宣言し、周囲の冒険者たちも「すごいな」と賞賛していた。


俺は適当に相槌を打ち、報酬を受け取るとギルドを後にする。


***


翌朝、ラムダの街を出たオーランドたちが護衛する隊商が、街道で山賊に襲われた。


噂はすぐにギルドに広がった。


「オーランドの奴、やられたらしいぜ。」


「大商会の隊商だろ? まさか負けたのか?」


「いや、どうも敵が予想以上に手練れだったらしい。馬車の積み荷は全部奪われ、オーランドたちはボロボロになって逃げ帰ったとか。」


俺はギルドの片隅で、その話を聞きながらパンを食べていた。肩の上ではクロがちゅっちゅっと鳴く。


「クロ、お前の言うとおり、いいことなんて続かないもんだな。」


俺が呟くと、クロは満足げにひげをピクピクさせた。


オーランドが無理に格好をつけて、見栄えのいい仕事ばかり狙った結果だ。


一方で、俺は地道に信用を積み重ねている。


この違いが、やがて大きな差になるだろう。


「さぁ、次の仕事を探すか。」


俺は立ち上がり、依頼掲示板へと向かった。


一歩ずつ、確実に成り上がるために。


掲示板の前には、何人かの冒険者が群がっていた。高額報酬の依頼はすぐに奪われるため、俺のような低ランクの冒険者は、地味な仕事を拾うしかない。


「……ふむ。」


俺はじっくりと依頼を見て回る。


討伐依頼はほとんど上級者向けだ。代わりに、荷運びや護衛といった堅実な仕事がいくつか残っていた。


「これにするか。」


俺が選んだのは、ラムダの近郊にある農村までの護衛依頼だった。荷馬車一台分の農作物を、村へ安全に運ぶ仕事。報酬は安いが、安定している。


「エイトさん、決まりましたか?」


受付嬢のリーナが微笑みながら対応してくれる。


「農村への護衛依頼を受けます。」


「かしこまりました。依頼主の方はすぐにお呼びしますね。」


ほどなくして、小柄な老人がやってきた。背中が少し曲がり、手には木製の杖を持っている。


「おお、あんたが護衛してくれるのかね?」


「ええ。俺でよければ。」


「ありがたいことじゃ。わしの名はベイル。この荷馬車には村の皆が必要としている種や道具が積まれておるんじゃよ。」


ベイルの言葉から、村の生活が厳しいことが伝わってくる。


「道中、盗賊が出るって話も聞くが、大丈夫かの?」


「問題ありません。必要なら夜営の準備もしますし、危険を察知したら早めに対処します。」


「ほっほ、心強いのう。」


ベイルは安心したように笑い、荷馬車へ向かった。


俺は荷馬車の状態を確認し、準備を整える。クロは肩の上でちゅっちゅっと鼻を動かし、周囲を警戒している。


「クロ、頼むぞ。」


ちゅっ!


相棒が小さく鳴く。それだけで、少し気が引き締まる。


***


農村への道は、決して平坦ではなかった。


道の途中、車輪が泥に嵌まり、馬車が動かなくなる場面もあった。ベイルと協力して車輪の泥を掘り出し、ようやく動かせるようになったときには、すでに日が傾き始めていた。


「いやぁ、助かったわい。もし一人だったらどうなっていたか……。」


「こういうこともありますよ。無事にたどり着くことが大事です。」


道中、野盗らしき人影を遠目に見かけたが、襲われることはなかった。


クロが敏感に気配を察知し、俺も警戒していたため、不用意に近づくことはなかったのだろう。


そして、ようやく農村へ到着した。


「ベイル爺さんが帰ってきたぞ!」


村人たちが荷馬車を囲み、次々と荷を運び出す。


「助かったぞ! これで春の作業が進められる!」


「エイトさん、ありがとう!」


村人の笑顔に迎えられ、俺は少しだけ報われた気がした。


「どうってことありませんよ。」


ベイルが報酬を手渡してくれた。決して多くはないが、誠実な仕事の対価としては十分だ。


「おぬしのような冒険者が増えれば、もっと世界は良くなるんじゃがのう。」


「……俺は俺のやれることをやるだけです。」


荷を降ろし終えると、俺は村人に簡単な護身の方法を伝えた。盗賊に狙われやすい村では、最低限の対策が必要だ。


「剣がなくても、こういう棒を使えば威嚇になる。足を狙って突けば、時間を稼げる。」


「なるほど……!」


村人たちが真剣に聞いてくれる。こういう地道な積み重ねが、いずれ役に立つ日も来るだろう。


クロが肩の上で満足げにちゅっちゅっと鳴いた。


「さて、俺は戻ります。」


「気をつけて帰るんじゃぞ!」


村人たちに見送られ、俺はラムダへの帰路についた。


***


ギルドへ戻った俺は、静かに報告を済ませた。


華々しい活躍はない。大きな名声を得ることもない。


だが、誠実に仕事をこなし、必要とされる人々のために働く。


それが、俺の選んだ道だった。


「さて、次の依頼を探すか。」


今日もまた、地道に歩みを進める。


ギルドの掲示板を見上げながら、俺は次の仕事を探していた。


地味だが安定した護衛依頼がいくつか並んでいる。昨日の農村護衛と同じような仕事もあるが、今回は別のものを選ぶことにした。


「……これにするか。」


俺が選んだのは、ラムダの街にある貿易商会からの依頼だった。荷運びの手伝いと、簡単な護衛を兼ねた仕事だ。


報酬は決して高くないが、依頼主がしっかりした商会なら、継続的に仕事をもらえる可能性がある。


「エイトさん、また護衛依頼ですか?」


受付のリーナが微笑みながら確認する。


「ええ。長く続けられる仕事がいいんで。」


「エイトさんらしいですね。依頼主はベルナード商会の方です。今、お呼びしますね。」


リーナが手早く手続きを進めると、しばらくして中年の男性がギルドに現れた。


「ほう、君が今回の護衛を引き受けてくれた冒険者か。」


「はい、エイトです。」


「私はベルナード商会の支配人代理を務めるガストン。よろしく頼むよ。」


ガストンは目を細め、俺の全身をじっくりと観察した。


「見たところ、堅実そうな男だな。」


「無理なことはしません。」


「それが一番だ。今回の仕事は倉庫の荷物整理と、翌朝の街道輸送の護衛だ。」


仕事内容を確認し、報酬額に納得した俺は、その場で依頼を受けた。


「では、さっそく倉庫に案内しよう。」


***


ベルナード商会の倉庫はギルドから少し離れた場所にあった。


中にはさまざまな交易品が並んでおり、商人たちが忙しなく動き回っている。俺はガストンの指示を受けながら、荷運びを開始した。


「おいおい、何をしているかと思えば……まさかそんな雑用仕事を受けたのか?」


背後から聞き慣れた嫌味な声が聞こえた。


「……オーランド。」


振り向くと、オーランドが腕を組み、余裕たっぷりの笑みを浮かべていた。


「お前、この間の護衛仕事で商隊を助けたとか噂になってたが、結局はこんな地味な仕事に戻るんだな。」


「仕事を選ばないだけだ。」


「俺とは違うな。俺はもっと大きな依頼を受ける予定だ。貴族に相応しい名誉ある仕事だぞ?」


オーランドはわざとらしく笑い、取り巻きたちがそれに合わせて薄ら笑いを浮かべる。


俺はため息をつき、荷運びを続けた。


「ふん、せいぜい頑張るんだな。」


オーランドは嘲笑を残し、倉庫を後にした。


ガストンが苦笑しながら俺に声をかける。


「あの若い貴族とは知り合いか?」


「ええ、ギルドで何度か顔を合わせています。」


「自信たっぷりな男だが、少し無謀ではないか?」


「……そうかもしれませんね。」


俺は黙々と作業を続けた。


オーランドがどんな大きな仕事を受けようと、俺には関係ない。


俺は俺のやるべきことをやるだけだ。


***


翌朝、商会の荷馬車の準備が整い、俺は護衛として同行することになった。


街道を進む間、クロは肩の上で警戒を続けていた。


途中、遠くの茂みで何かが動いた気配を感じたが、特に危険はなかった。


「順調だな。」


ガストンが満足そうに頷く。


「護衛の仕事は、何も起こらないのが一番ですよ。」


「確かに。」


目的地に無事到着し、荷物を商会の取引先へ届けた後、俺はガストンから報酬を受け取った。


「エイト、また頼みたい。」


「ありがとうございます。」


地道な仕事をこなせば、信頼は積み重なる。


それだけで十分だった。


ギルドへ戻る途中、またオーランドの噂を耳にした。


「オーランド、またやらかしたらしいぜ。」


「今度は何だ?」


「大きな依頼を受けたって自慢してたけど、実は詐欺まがいの商人に騙されて、報酬が未払いのままらしい。」


「マジか?」


「しかも、名誉ある仕事とか言ってたくせに、実際はただの雑用仕事だったって話だぜ。」


俺は特に何も言わず、静かにギルドへ戻った。


人は見栄だけでは生きていけない。


俺は俺の道を行く。


地道に、誠実に、一歩ずつ進み続ける。



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