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97 : 月明かりでダンスを


「ナメクジのようになっていると聞いたぞ」

 寝台に突っ伏していたカルディアに、影が差す。

「これも、お前の策略か?」

「違う」

 ノイはカルディアの寝台に腰掛けた。


「ノイには何も、俺の作戦なんて効かない」

 ふて腐れたような声色が、突っ伏したままのカルディアから聞こえた。


 ――こうして彼とゆっくり話すのは、実に五日ぶりのことだった。


 王宮魔法使いに転移魔法の魔法陣を披露してからというもの、暇でただぶらぶらしているだけだった穀潰しの生活は一変した。

 瓦礫の除去に続き、泥の洗浄や河川工事と、領地は多くの問題を抱えていた。その一つ一つに利用できそうな魔法陣を、あれやこれやと意見を出し合い、王宮魔法使い達と頭を悩ます日々だった。


 言うまでも無く、領主の仕事に駆り出されているカルディアとはすれ違い続けた。


「ノイに避けられて、俺の心はもうボロボロです」

 ノイがカルディアの頭を小さな手で撫でる。好きだと言った女と、好きだと言われた男の距離感には見えない。


「私はお前を避けていたのか?」

「避けていなければなんだと言うんです。君は、十秒でも時間が出来れば、必ず俺の所へ来てくれた」


 そう言われたら、そうなのかもしれない。

 この五日てんてこ舞いで、食事の時間さえ揃わなかったとは言え、本当に全くこれっぽっちも時間が無かったというわけではなかった。ノイが本気でカルディアに会いに来ようと思えば、きっとこうして話す時間くらいは持てたはずだ。


「……そうか。私は避けていたのか」

「そんなこと認めないでください!」

 ノイよりもノイのことを知る男が、ガバリとベッドから起き上がって抗議する。


「面倒臭い男だなあ、お前は」

「嫌いになりましたか?」

「ならない、ならない」

 わかっていて聞いてくるのは、本当に子どもと同じだ。


 苦笑いを浮かべたノイが、再び横になっていたカルディアの頭から手を引く。その瞬間、追い縋るようにカルディアがノイを見た。


 ノイは寝台からぴょんと飛び降りた。カルディアはのそりと上半身を起こす。


「私は今から、デートへ行く」

「は!?」


 秒速でカルディアが起き上がった。そして、ものすごい剣幕でまくし立てる。


「誰と?! 何処へですか?!」

「何処にする?」


 ノイがにこりと微笑むと、カルディアは数秒黙り込んだ後、いそいそと靴を履く。

 そんなカルディアを、ノイは白けた目で見た。


「私の婚約者だった男は怠慢だった。花嫁の私を一度しかデートに連れて行かなかった。それも約束を忘れ、大いに遅刻してきた」

「酷い男もいたものです」

「本当だ」

 ノイが彼の寝室を出ると、静々と後ろからカルディアもついてきた。


 夜はもうかなり遅い。眠るつもりでベッドにいたカルディアは、呼んでも叩いても揺すっても、てこでも動かない男だった。そんな彼が、こんなに簡単に体を起こすなんて、ノイにしてみればありえないことだった。


 二人して、夜に飛び出す。

 まだ使用人がバタバタと動き回っている屋敷と違い、外は真っ暗闇に包まれていた。山で暮らしていたとは言え、王都育ちのノイにとって夜の闇は深い。


 カルディアが魔法陣を編み、光を生み出した。晶火虫(フォスフォラ)のような光が、二人の周りをふわふわと漂う。

 二人は無言のまま歩き出した。ノイもカルディアも、互いに問わずとも、行き先はわかっている気がした。

 丘を下り、村を通り、広場に出ると、ノイ達は真っ直ぐに湖を目指した。


 湖には、浮島があった。


 日中は忙しさと人の目があるため、見ない振りをしてきた浮島を、静かに見つめる。


 浮島はもう、二度と浮かぶことはないだろう。

 わかってはいても、ここはノイにとっていい思い出ばかりの場所だった。カルディアと歩いた湖。オルニスに小言を言われながら食べ物を摘まんだ台所。泥まみれになって励んだ畑――


 ノイの隣に立って、カルディアも浮島であったものをじっと見つめた。屋敷部分は湖の底に浸かっていて、屋敷の横に生えていた木のてっぺんが、かろうじで見えるかどうかだった。


 ノイがカルディアの外套を小さな手で摘まむ。そうして片足を持ち上げた。

 カルディアがノイの靴に魔法をかける。


 湖は暗い。あれほど星が散りばめられていた浮島の湖とは、全く違う。


 ノイが足を踏み出すと、波紋が広がる。ぴょん、ぴょんと水面を歩き出せば、ノイの通った箇所に更に波紋が生まれた。カルディアも、ノイの後ろからついてくる。


 とある場所に来た時、ノイは立ち止まった。

 そして湖の下を覗き込む。


「……お前が作ってくれた墓も、沈んでしまったな」

「――気付いていたんですか」

「うん。綺麗だった」


 目を凝らしても、真っ暗な湖の下は覗き込めなかった。カルディアは淡く目を細める。


「ですが、これで良かったんです。貴方にはまだ、墓は必要ない」

「私が死んだら、あそこに入れてくれ」


 心の底からそう思ったから言ったのに、間髪入れずに否定された。


「死ぬだなんて言わないでくださいっ!!」

「わかったわかった」


 面倒臭い弟子に、ノイは呆れた様子で頷いた。

 デートと言ったのに、初っぱなから最も避けるべき話題に話を振ってしまったノイは、慌てて軌道修正を図った。


「……五日間、どうだった?」

「淋しかったですよ。それ以外にありますか?」

「そうではなくて、領地や、他の者の話だ」

「全てつつがなく進んでますよ」

「全くお前は……」

「ノイはどうだったんです」


 ろくに会話をする気がないのかと呆れるノイに、カルディアが微かに離れた場所から尋ねた。


 秋の風がカルディアの髪を揺らし、湖に真っ暗闇の影を落とす。


「俺がいなくても、淋しくなかったんですか?」


 淋しかったに、決まっている。


 王宮魔法使いに囲まれていても、隣でアイドニが眠ってくれていても、いつもノイはカルディアの事を考えていた。


 きっと彼とは比べものにならないほど、ずっと恋しかった。

 何をしているだろうか、何を考えているのだろうか。


(私のことを、少しでも恋しがってくれるだろうか)


 そんな気持ちに押しつぶされながら、毎日を過ごしていた。

 どれほど忙しさに目を回そうと、領地を歩けばカルディアを目で探し、屋敷に戻れば耳をそばだてた。ノイはいつも、カルディアを意識していた。


(会いたくて、たまらなかった)


 カルディアのもとへ行ったのは、もう限界だったからだ。


(ただ――カルディアに、好きと言いたかった)





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イメージイラストはくろこだわに様に描いて頂きました。
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