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94 : 心の中で揺れる炎


「だからな、お前も――」

「わかりました。俺も王都へ行きます」

「へ!?」

「それならまだ一考の余地がありますね」

「は、はあ!? それじゃ意味が……というか、この状況では無理だろう!?」

「無理でも、仕方がありません」


 今の状況で、領主であるカルディアが領地から離れるのは極めて厳しいことだった。しかし、ノイが出て行くと言うのなら、それ以外の選択はない。


「ノイ以上に大切なものも、優先するものもありませんから」

 ひたむきにノイの瞳を見つめながら言うと、彼女は後ずさりした。

 そしてふるふると、小さく首を横に振る。


「もう決めたんだ。恋をくれないお前とは、一緒にいられない」


 熱の籠もったペパーミント色の瞳が、涙で潤む。


「なら、恋ぐらい差し上げます」


 ノイが側にいてくれるなら、なんだって差し出せる。

 追い縋るカルディアに、ノイは鼻の上に皺を寄せ、ふるふると首を横に振る。


「駄目だカルディア。それじゃ、駄目なんだ。――賢いお前だ。本当はわかってるんだろ?」


 わかっていた。けれど、カルディアの本心でもあった。


(俺が持っているものならなんでもあげるから)


 だから側にいてほしかった。自分から、ノイを取り上げないでほしかった。


「きっとまたいつか、笑って会える日が来る」

 それがいつなのか、何日待てば、何年待てばいいのか、明確に教えてほしい。そうすれば、その日を支えに生きていく。指折り数え、ノイに会える日だけを胸に抱き、生きて行ける。


「私はここから離れるが、お前と手はずっと繋ぎ続けているよ。何かあれば、頼りに来なさい。必ずお前の助けになると誓おう」


 魔力を無くしても。

 子どもになっても、後ろ盾を無くしても、住処を無くしても――目の前の女性は、強く笑う。


 ――カルディアの憧れた、魔法使いの顔で。


「……お互い、冷静になろう。明日ならまたきっと、落ち着いて話せる」

「わかりました」


 とてもそうは思えなかったが、今ここで彼女に結論を急がせない方がいい。カルディアはそう判断して、ノイの意見に同意した。

 心を落ち着かせ、平常通りの声を出す。


「……では、寝室へ行きましょうか」

「? 私はアイドニと寝ると言っただろう?」


 カルディアは目を見開いて、ノイを見た。


「君……ねえ……?! こんな状態の俺を置いて、他の人間と寝るだって?!」


 取り繕うことも出来ず、カルディアはわなわなと震えた。


 今日だけは絶対に、何がなんでも、ノイを他の人間に渡したくなかった。男でも女でも、若くても年寄りでも、関係がなかった。カルディアにとってそれは全て等しく、「自分以外の人間」であった。


「お前は……お前は今日、私に告白されたんだぞ!?」


 ノイも同じほど愕然として、カルディアに叫ぶ。


「だからなんです!?」


「私が寝室でお前に迫ったら、どうするんだ!!」


 ぽかん、とカルディアは口を開いた。


「迫らずとも、吐くかもしれないだろ!? 私はお前の腹に乗った女達と、同じなんだぞ?」

 自分がどれほど危険かを、小さなノイが大声で主張する。


「……まさか。ノイですよ? 今までも散々一緒に……まさか。吐きませんよ、そんなの」


 あり得ない可能性を、カルディアは否定した。しかし自分の口から出た声は恐ろしく弱かった。


「でも私は今、お前のことを好きなんだ」


 ノイが強い眼差しでカルディアを見据える。


「そういう女だと認識していても、一緒に眠れるのか?」


 そんな発想に、カルディアは至ったことが無かった。


 恋でないとはいえ、カルディアはノイが好きだ。全身全霊を持って肯定出来る。


 だから、漠然と思っていたのだ。


 ノイが自分にどんな感情を向けていても、自分にとって嫌悪の対象にはなり得ないと。


(……けれどもし、彼女の言う通りだとしたら……?)


 呆然としたカルディアの体から力が抜けていく。


 ノイは苦笑を浮かべ、カルディアの横をすり抜けると、唯一の出口であるドアノブを掴んだ。


「……おやすみ、カルディア」

 ぱたん、と扉が閉じる。


 カルディアはそれを、止められなかった。





「先生、ノイ様のお部屋についてですが、二階の一番日当たりのいい部屋を――」


 ギロリ。

 やがて、書類を手に執務室に入ってきたオルニスは、カルディアの顔を見て口を止めた。


 カルディアはノイが出て行ってからこちら、ずっとこの部屋の中を行ったり来たりしていた。あちらをぐるぐる歩いては、執務席に座り、こちらをぐるぐる歩いては、カーテンの中に丸まり。


 そして丁度椅子の座面に突っ伏していたところに、オルニスがやって来た。


 いつにない体勢で、尋常では無く不機嫌な師を察し、オルニスは「あー……」とぼやき、入ってきたばかりの入り口を出口にしようとする。


「僕、夕飯を食べてないんでした――」

「中止だ」

「え?」


 先ほど一緒の席で食事を取っていたオルニスは、出て行こうとした体を戻し、カルディアを振り返った。


「全部、中止、だ!」

 師のいつにない暴論に、オルニスは目をまん丸にさせた。

「ちゅ、中止って――! もう家具も壁紙も発注してますよ!?」


 カルディアはノイのため、彼女の居住地を整えようとしていた。二階の、一番日当たりがいい部屋。その部屋を、女性が好きそうな内装に改装するため、オルニスに手配させていたのだ。


 しかしノイは、出て行くという。

 それも、カルディアを好きだからなどという、意味のわからない理由で。


(俺も好きだと、言ったのに)

 けれどノイは首を縦に振らなかった。

(恋だって差し出すとまで、言ったのに!)


 今後誰にもするつもりがない恋を、渡しておくことについては、何の問題もなかった。


 けれどだからと言って、カルディアは誰にでも差し出すというわけではない。


 ノイだから、あげると言ったのだ。

 しかしそれも、やはりいらないと言われた。


(好きだと言うくせに、自分を曲げる気がない)


 それにノイは、カルディアに与えるくせに、何も求めない。そんな強さが好きだったはずなのに、今は酷く辛かった。


「中止だ!!」


 同じ言葉を三度言うカルディアに、オルニスは慌てて「そのように致します」と頭を下げると、部屋を飛び出した。





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イメージイラストはくろこだわに様に描いて頂きました。
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