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82 : 夢から醒めた夢


 言葉すら返せなくなってしまったカルディアに、ノイが覆い被さる。


「それに……謝らねばならないのは、私の方だ。あれほどお前を守ると息巻いておきながら……全てを幼いお前に背負わせてしまった。あんな方法しか遺してやれず、すまない」

「……遺す、なんて死人みたいなこと、言わないでください」


 出だしは掠れてしまったが、不吉な言葉を使うノイをカルディアはわざとふざけてジロリと睨み付ける。するとノイは「悪かった悪かった」と悪びれもせずに謝った。


「……その後も。お前に嘘ばかりついていた。記憶があることを、黙っていてすまない」

「謝罪など必要ありません。貴方がすることが正しくとも、正しくなくとも、私には関係ありませんから」


 突き放すようなカルディアの物言いに、カルディアの頭上に乗ったノイが一瞬息を呑む。


「貴方が白とおっしゃれば、黒ですら白と、私が世界中に言わせてみせます」

「……」

 カルディアがそう言うと、ノイは大きなため息をついた。


「わかったから。さあほら、ご飯を食べるぞ!」

 ノイが朗らかに笑う。

「私はお腹が空いたんだ」


 いつもノイはそう言って、カルディアにご飯を食べさせようとする。カルディアを笑わそうとしているのだ。彼女が一番、笑顔になれる方法で。


(どんな責任でも負うつもりだった。どれほど罵られても、耐えるつもりだった)

 けれど、ノイはそのどれをも与えず、ただ笑顔だけを与えてくれる。


 ノイが、カルディアに手を差し伸べる。

 カルディアはノイが差し出した手をじっと見つめると、その手に向けて恭しく頭を下げた。


「何をしている!?」

「慈悲を与えてくださっているのかと」

「立つのを手伝おうとしたんだ!」


 ノイは叫ぶと、手を引いてカルディアを立たせた。

 カルディアが笑っているのを見て、ノイがぷりぷりと怒り出す。


「またお前はすぐにそう――先に行くからな!」

 ノイの小さな背に向かって、カルディアが口を開いた。


「お師様」

「その呼び名と話し方も、私は許してないんだぞ」

 カルディアの手を引っ張って、食堂へ向かおうとするノイがツンと唇を突き出す。


「師弟の絆が切れることはないが、今の私はただの魔力ナシの小娘だ。周りが混乱するだろ。それに――私をお師様と呼んでいたカルディアは、もっと小さくて可愛い」

「他の人間全ての常識よりも、貴方の方が大切ですよ」

「お前の大切な私の心を慮ってくれ」

「つまり、小さくて可愛い方がお好みと?」

「慮ってほしかったのはそっちじゃない」

「今から小さくて可愛くなる魔法の研究をしてきます」

「カルディア!」


 踵を返そうとするカルディアを、ノイはむんずと掴んだ。

 カルディアは大人しく足を止める。そして膝を突き、ノイの目を覗き込んだ。


「……お師様は、このカルディアを、嫌いとおっしゃる?」

「言わない!!!!!!」


 ノイがカルディアの手を握りしめ、全力で否定すると、カルディアはにぱーと笑った。ノイはハッとして、カルディアを睨む。


「お前……おちょくっているな?」

「滅相もありません」


 にこにことしてカルディアが返事をすると、ノイは大きくため息をついた。

 そして、僅かに拗ねたようにそっぽを向く。


「もう忘れてしまったのか? 私の名前」


 彼女の機嫌の取り方を、カルディアはノイに教えてもらっていた。


「ノイ」


 ノイがぱっと、タンポポのような笑みを浮かべる。

 カルディアはあたたかな春にも思えるその笑顔に、目を細めた。




***




 これまでカルディアは、領民に名前をディアスと偽って接していた。

 だがそれは世を忍ぶ仮の姿――本当は、八十年前に領主になったカルディア・エウェーリンの孫の、カルディア・エウェーリンだった――と言うことにした。


 エスリア王国では、祖父の名前を孫につけることもままあるため、混乱もなく受け入れられた。


 エスリア王国の貴族は、結婚する際に王族の許可が必要となる。当然その法は、空に浮き上がってしまった八十年前のヒュエトス魔法伯爵にも適応される。


 そのため、その辺りのゴタゴタが残る予定だったのだが――パンセリノスが来てくれたおかげで、全て綺麗に片付いた。パンセリノスが諸々の手続きを全てかっ飛ばして、人々の前でカルディアを領主と認めたからだ。


 そんな風にして、ヒュエトス魔法伯爵として八十年ぶりに人前に出たカルディアは、奇異の目を向けられていた。


「カルディア、食事はもういい」

「まだ満腹ではないのでは?」

「ご挨拶にいらしてるだろう」

「待たせておけばいい」

「カルディア」

「ノイは、このカルディアを、嫌いと……」

「もうその手には乗らないぞ、カルディア!」


 チッ、っと舌打ちをして、カルディアはノイに突き出していた料理を、フォークごと引き下げた。カルディアの隣の椅子に座っていたノイは、すまし顔を取り繕う。


「お待たせしてすまなかった。さあ、遠慮せず座ってくれ」

「……いえ」

 ノイが椅子を勧めるも、強面の男達は遠慮する。その表情は、困惑気味だ。


 領主邸の食堂で遅い朝食を取っていたノイ達の前には、王国兵の上官達がいる。

 彼らはパンセリノスの勅命を受け、復興支援のためにこの土地に留まることになっている。

 王国兵が百人、魔法使いを十人もパンセリノスは率いて来てくれた。ただヒュエトス魔法伯爵邸は他の貴族の屋敷と違い、砦としての役割を担っていなかったため、それだけの人数を収容できる施設はない。

 そのため、グルーノ隊長を含めた上官のみが屋敷に滞在し、他の兵士達は魔法伯爵邸周囲の丘に天幕を建て宿営する。

 長期的な任務となるため、いくつかの部隊に別れて、仮設の住居も建設するようだ。


 簡潔に言えば、これからヒュエトス魔法伯爵邸に駐屯するグルーノ隊長達が、領主であるカルディアに挨拶に訪れたのである。


「見ての通り、食事中でね。終わり次第視察に出るつもりなので、出来れば手短に済ませてもらいたい」


 いかにも忙しそうにカルディアが言う。

 これまでノイにゆで卵を剥いたり、パテを手ずから食べさせたがったりと、好き放題していた男を、ノイはジロリと睨んだ。


(私も私だ。……もうしない……二度としない……)


 カルディアが生きているのが嬉しくて、ノイに甘いのが嬉しくて、ご飯が美味しくて、ついカルディアが言うままに「あーん」を受け入れてしまっていた。ドアを開け、入ってきた王国兵達のぎょっとした顔を、ノイは忘れられないだろう。


「はっ。この度は我々の滞在を許可いただき、誠に感謝致します。わたくしは此度隊長を任ぜられましたグルーノ・ドゥロセローと申します」

 筋骨逞しい男性が、自身の隣から順に紹介をしていく。長身の女性副隊長エラ・フィーナ、年配の魔法使い代表ヒメリネ・ヴェリーココと、名前が呼ばれる度に頭を下げていく。

 グルーノ隊長による紹介が終わると、カルディアは椅子から立ち上がり、彼らのもとへ行く。


「貴殿らの助力、感謝する」

「全力を尽くします」


 カルディアとグルーノ隊長が握手をする。

 ノイは明るく微笑んで、魔法使いヒメリネの前に立った。ヒメリネは六十は過ぎた、穏やかそうな男性の魔法使いだった。


「王宮魔法使いが来てくれたとは、心強い」

「――よくおわかりに」

「揃いのローブを着ているからな」


 こんな面倒なことをさせられるのは、見栄と権力の誇示にも使われる王宮魔法使いだけである。


 にこにこしているノイに、ヒメリネもにこにこしてくれた。王宮魔法使いは名家や貴族出身者が多いため、高飛車な者も多いのだが、ヒメリネは子どものノイ相手にも普通に話をしてくれる人のようだ。


「では行こうか」

 隊長達にそう言うと、カルディアはゲーコに上衣(うわぎ)と帯、そして上衣の上に羽織る外套を持ってこさせた。

 領主として顔を明かした以上は、陣頭指揮をとるつもりなのだろう。手早く着替えを済ませるカルディアに、ノイは慌てる。


「もう行くのか? 体は大丈夫なのか?」

「ノイが撫でてくだされば、すぐに治りますよ」


 変態っぽい物言いに、ノイは呆れた顔をして「大丈夫そうだな」と告げる。


「だが、無理はするなよ」


 カルディアはノイの前に、膝を突いてしゃがむ。


(……あれ?)


 何か違和感を覚えたが、ノイはそれがなにかわからなかった。

 カルディアは僅かにノイを見上げ、目を細める。


「むしろ、気分がいいぐらいです。こんな清々しい気持ち――百年ぶりだ」

「……そうか」


 溢れそうになる涙を、ノイは我慢した。


 言葉に出来ない空気を放つ二人の様子を、グルーノ隊長達は不思議そうに見守っていた。






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イメージイラストはくろこだわに様に描いて頂きました。
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