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80 : 夢から醒めた夢


 ――こんなに何も出来無くて。


 何のために、みっともなくも生き恥をさらし続けているのかと、心がふさいだ日もあった。


(だけど……あぁ、カルディア。今ならわかる)


 この日のために、ここへやって来たのだと。




***




 結果として、星詠みの魔法使いの予言は間違っていなかった。


 ノイは魔王を浄化させた。

 しかし、ノイが彼の予言を受け取った――百年後に。


 ノイとカルディアの二人がかりで編んだ魔法陣は、見事に魔王を浄化した。カルディアの体内に巣くっていた黒い皮膚は光となって、跡形も無く消えている。


 カルディアの持っていた、無限にも近い膨大な魔力は減退した。

 宿り主の魔力を増幅させる魔王が浄化されたことで、カルディア本来の魔力量に戻ったのだろう。

 その魔力量は、全盛期のノイほどとは言わないが、一般的な王宮魔法使いよりは多い程度に落ち着いている。


 また、カルディアが大怪我を負いながらも守った領地も、無事だった。

 多少土地が割れ、多少水浸しになり、多少魔王の魔力によって家屋や樹木が吹き飛んだが、概ね無事と言えた。


 村はこれから、復興すればいい。

 生きていれば人は、何度でも立ち上がれる。





「――が暗闇に包まれた。あの空を見れば、誰もが魔王の再来とわかっただろう。世界が混乱する中、よくぞ我が国を守り抜いてくれた」


 眠っているノイに声が降ってくる。


「王都にて改めて場を設けるが、まずは現地の復興が急務。士気あげにと、余が参ったのよ」


「そんな楽な立場じゃないだろうに――それほど、俺が心配で堪らなかったの?」


 重い瞼をなんとか持ち上げると、ノイの身じろぎに気付いたカルディアが、穏やかな目で見下ろし、頷いた。それは簡単に、再びノイを眠りに誘う。


「不安と――喜びと」


 眠りの狭間で聞こえる声には、深い慈しみが籠もっていた。長い間――その身を案じ続けていた者だけが出せる、柔らかな響きだった。


「居ても立ってもおられなんだ。議会の承諾も得ぬまま、リアカーダに後を任せて飛び出してしまいました」

「あいつも困った父親を持って災難だ。こんなクソガキが国王じゃ、エスリアも安心出来る日は来ないだろうね」

「っ――! 陛下!」


 陛下。


 耳をつんざく剣呑な声で、ノイはぱちりと目を開いた。

 勢いよく体を起こせば、一触即発だった空気が、しんと静まる。


(陛下……?)


 鈍く働く頭に手をやり、自分の寝ている場所を見た。ノイが寝ていたのは、ヒュエトス魔法伯爵邸の主人のために誂えられた寝室だ。


 広いベッドの上にはカルディアがいた。カルディアとノイは、まるでおそろいのように体中に包帯を巻き付けている。


 ――魔王浄化から、三日が過ぎた。


 カルディアとオルニス、そしてノイが暮らしていた浮島は、魔王騒動の際に落下してしまい、今は地上の湖に突き刺さっている。


 浮島が落ちる前、命をかけて島に上ってきた男性は、かつてより夢見をしていたという。魔法使いの才能があったのだろう。乱暴な手段は褒められたものではないが、切羽詰まっていた状況を考慮し、現在は監視のもと、日常に戻っている。場合によっては、魔法使いとしての教育も考えられているらしい。


 浮島の屋敷は、落下の衝撃で崩れてしまった。


 ノイとオルニスは、魔王を浄化し一命を取り留めたカルディアを、ヒュエトス魔法伯爵邸へと運んだ。


 カルディアよりも軽傷だったノイは、寝込むほどではなかった。二日は別の部屋で暮らしていたのだが、あまりにもカルディアの目が覚めないため、駄々をこねて同じ部屋で寝かせてもらっていたのだ。


 勿論、長椅子で寝るような殊勝な心は持ち合わせていいなかったため、堂々とカルディアの隣で眠った。


 ノイが勢いよくカルディアを押し倒すと、ベッドのヘッドボードに背をもたれかけていた彼は頭をしたたかに打ち付けた。しかしそれに気付かず、ノイは小さな両手でカルディアの顔を掴む。


「カルディア、無事か!?」

 目を白黒させていたカルディアは、彼の太股に跨がったノイの切羽詰まった顔を見て、ふっと表情を柔らかくした。


「……ええ、無事ですよ」

 ほっとするあまり、ノイは脱力してカルディアの肩にもたれ掛かった。


「――良かった……良かった。お前、三日も、目が覚めなかったんだぞ……」

 泣きべそを掻くノイに、カルディアが優しく頷く。まなじりに寄せた皺まで余ること無く優しさが溢れたその表情に、また涙がにじむ。


「……余は、待機と伝えたはずだ。この者の不敬は許しておる。下がれ」


 部屋からする第三者の声に、ノイは慌てて上半身を持ち上げた。ベッドのすぐ脇には、椅子に座ったパンセリノス――国王陛下がいる。その後ろには、腰の剣に手をやりながらも、ノイに意気を削がれた顔をした近衛兵もいた。


 ノイは顔を真っ赤にして、カルディアの上から飛び降りる。

 そんなノイを、パンセリノスは温かい目で見守った。


「パンセリノスですよ。この平凡顔、覚えていますか?」

「お前……陛下も堪忍袋の緒が切れることはあるんだからな」


 部屋の隅で怒りを煮えたぎらせている近衛兵にかわりノイが叱ると、カルディアはパンセリノスではなく、ノイに「申し訳ございません」と謝った。


(……敬語になってるな)

 師匠とバレてしまったのだ。それも致し方のないことだろう。魔法使いは、縦社会。わかっているのに、一抹の淋しさは拭えなかった。


「そなたも、悪戯に振り回した。許せ」

 パンセリノスに話しかけられたノイは、慌ててベッドから降りて礼を取った。手のひらを掲げ、両手の指を交差する。


「とんでもございません。陛下の助言無くば、私は何の心構えも出来ず、カルディアと共に戦えたかすら、わかりませんでした。明ける光、太陽の子。貴方の叡智と慈悲に感謝致します」


「共に、戦う? そなたが?」


 魔法使いの礼を見て、パンセリノスが魔力ナシの娘に問う。パンセリノスは立ち上がり、ノイの頬に手を伸ばす。

 しかしその手が触れる前に、ベッドの上にいたはずのがカルディアが、ノイの前に躍り出た。


「いくら君とは言え、この方への無礼は許さない」

 背後のノイをパンセリノスから守るかのように立ちはだかると、カルディアが顔を歪めてそう言い放つ。


「陛下っ――!」

 呆気に取られているパンセリノスの後ろで、近衛兵がいきり立つ。


「カルディア、止めろ」

 ノイは頭を抱えた。


「けど、――」

「止めろと言ったんだ」

「こら、パンセリノス、いつまでこの人をそんなに凝視してるんだ。見るな。減るだろう」

「カルディア!」


「お師様。何故こんな爺を庇うんですか? 俺のことはもう、信じてくれないんですか?」


 そうやって言えば、ノイが簡単に言うことを聞くと知っているかのように、カルディアは目を潤ませてノイの目を覗き込んだ。

 ノイは「うっ」とカルディアの可愛さに顎を引き、頭を抱える。


「……いいから。いい子に、待っているんだ」

「感謝しろよ、パンセリノス」


 カルディアは渋々、ノイを離した。しかしその目は依然、じろりとパンセリノスを見ている。


「俺は忘れてないからな……前にお前が来てから、お師様が変になったのを……」

 覚えていたか。とノイは心の中で冷や汗をかいたが、利口なことに口は閉ざしていた。

 ガルガルと喉を唸らせながらカルディアがパンセリノスを睨み付けるため、ノイはカルディアの両目を両手で塞いだ。


「……これは一体?」


 パンセリノスがノイとカルディアを見比べたため、ノイはゆっくりと肩を落とした。






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イメージイラストはくろこだわに様に描いて頂きました。
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