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72 : ペパーミントの躍る先


 待った。

 待ったの。

 もう待ったの。


 ――だから、もう。いいよね?




***




「はい、どうぞ」

 地上から戻ってきたオルニスが、リビングでのんびりとしていたノイに、新しい本を渡す。

「ありがとう! これ、読みたいと思っていたんだ! こっちも! あ! この間の本と同じ作者が手がけた物もあるじゃないか!」

 渡された十冊の本を前に、ノイは手放しで喜んだ。


 迷宮の鏡と錯覚の力、未知なる魔法生物、遺失の伝承、運命の綴りと未来の謎、神託の言葉~運命の紐解き~。

 タイトルを読むだけで心が躍る。


 最近、ノイは地上に降りていない。元気が戻ったのなら、と誘われたこともあったが、ノイは理由をつけて断った。

 この世に、必要以上の未練を作りたくなかったからだ。


「外で読んできてもいいか!?」

「とんでもない。その本一冊で家が建つと言われてるんですよ!? 本が傷みでもしたら――」

「いいよ」

「言うと思いましたッ!」


 オルニスが声を荒らげて、カルディアの了承に嘆く。

 常々思っていたが、黙っていると冷たそうにまで見える美しいオルニスの全力の熱いつっこみは、ギャップがあってとてもいい。

 ノイはタンポポのように笑ってカルディアに礼を言うと、一冊の本を抱えて庭に飛び出した。


「それより先生、地上で気になる話が――」

 ノイが玄関のドアを閉める瞬間、オルニスがカルディアと何かを話していたが、今は本が優先だった


 お気に入りポイントでもある小高い丘の上に行く途中に、ノイはオルニスが乗って帰って来た舟が不安定に揺れているのに気付いた。


「なんだ。私には口うるさいくせに、きちんと繋いでないじゃないか」

 あとでオルニスに褒美のゆで野菜で貰おう。舟を桟橋にある杭に巻き付けようと、ノイは湖の方へと近付く。


 ――ガシッ


 湖の際に立ったノイの足を、何者かが掴んだ。


「!?」


 驚いたノイは、悲鳴一つあげられなかった。

 尻餅をついたノイの足を掴んだのは、男だった。ザバリと、水中に隠れていた男が、水辺へ上ってくる。


 あり得ないことだった。


 ここは符翼鳥(アイオログラフ)さえ届かない、上空。カルディアとオルニスとノイしか住んでおらず、やって来る珍客は翔翼獅(ゼピュライ)クラスの聖獣(せいじゅう)にでも乗っていなければ、ありえない。


 そんな場所に、ノイの知らない――そして、明らかにノイを敵視した目を向ける男が、立っていた。


「カッ――!」


 カルディアの名前を呼ぼうとしたノイの口は、男の手で塞がれた。

 ノイの呼吸が、ひゅっと止まる。男は分厚い手でノイの口を覆い、強い視線で睨み付けていた。その手には、ナイフが握られている。


 鈍色の刃に太陽の強い光が反射して、ギラリと光る。


「あんた、領主と知り合いか?」


 領主――そう呼ぶと言うことは、彼はヒュエトス魔法伯爵領に住む、領民なのだろう。ひとまずの身元が知れ、ノイは僅かに安心し、こくんと頷いた。


 簡素な服を身に纏った中年の男性は、ノイを睨み付けながら低く唸った。


「なら、領主の元に連れて行け!」

 男は逆上しているのか、目が血走っていた。


 この状況で魔力ナシのノイに出来ることは、何もない。一気に片がつかないのであれば、拘束され、刃物を突き出されたこの状況では、逆上させないことが最善だ。


 ノイはとんとん、とノイの口を塞ぐ男の手の甲を指先で叩いた。


「あ!? 聞こえねえのか!?」

 怒鳴られてもノイは、じっとしていた。

 すると、ノイが話したいことがあると察したのか、男が手を口から顎に移動させる。


「領主は、ここには、いない」

 顎を押さえられているせいで、話しにくかったが、ノイはなんとか口にした。


「何だと?! 嘘つくな! 領主はこの島にいるって、俺ぁ子どもん頃から――」


「領主は、高齢だ。治療を受ける、ため、こっそりと、療養している」


 ノイは嘘をついた。

 何としてもこの男を、ここから引き剥がしたかったからだ。


 魔法は万能ではない。

 魔法は、魔力を持つ物体――つまりここでいうところの、人の体には干渉できない。


(もしこんなに逆上した男が、カルディアを見つけたら――)


 男の持っているナイフは家畜をさばく用のものなのか、刃は大きく、先は恐ろしく鋭い。


 この刃物がカルディアの肉を突き刺す――そんな恐ろしい想像に、ノイは身を震わせた。


「んだって?! 上がって来損じゃねえか!」


 男は、オルニスが地上に上がってくる時の水流を利用して、どうにか上ってきたのだろうか。人が泳ぐことなど考慮されていない、激流である。楽な道ではないはずだ。それほどに、領主に恨みを持っているのかと思うと、ノイは一刻も早く地上に降りたかった。


(どうせ、死ぬ身だ)


 偶々見つけた魔力ナシ。魔王を殺す条件が整っていたとはいえ、器はきっと代用が利く。時間はかかるだろうが、魔王を屠るための方法を編み出したカルディアなら、また捜し出せるだろう。


 パンセリノスの言っていたように、次は人命を犠牲にしない方法だって、見つけられるかもしれない。

(……信じてるぞ、カルディア)


「しょうがねえ、一度――!」


 男が地上を見下ろした。降りようとしてくれていることを察しホッとしたノイは、ぎくりと身を震わせた。


 男も、異様な気配を感じたのか、バッと視線を向ける。そこには――周囲に火花が燃え上がり、長い髪が宙に舞い上がるほど、怒りに包まれたカルディアがいた。


「なっ――」


 およそ人間と思えない形相に、男は声をあげた。


「待て! 止めろ!」


 腕を振ったカルディアが魔法を編もうとしている事に気付き、ノイは声を荒げた。


「この者は領民だ!」


 カルディアは、領地を大切にしていた。


 その中で暮らす領民は、彼にとって守り、慈しむ存在だ。特に子どもの頃、人を傷つけたくないと言って自分の楽しみを我慢しようとまでしていたカルディアに、この男を傷つけさせたくなかった。


「だから?」

 カルディアはノイの制止も気にも留めずに、魔法を編む。


 魔法を使われそうになっていると気付いた男が、ノイの首にナイフを宛がおうとするが、ナイフはその瞬間ぶくぶくと泡立ち、どろりと溶けて地面に落ちた。


「ひっ――」


 腰を抜かした男の周囲の土が盛り上がり、男に襲いかかる。生き物のように動いた土が、男の足先から口まで覆う。


「んーー!! んっーー!!」


 男がもがくが、足の指一つ動かすことは出来なくなっていた。


 魔法は普通、初動に時間がかかる。しかしカルディアは、国一番の魔法使いと言われたノイすら凌ぐほど速く、魔法陣を編み上げた。


「ノイ」


 名前を呼ばれ、はっとする。

 カルディアが一歩ずつこちらに歩いてくる。彼の周りには火花が散り、小さな爆発が飛び交う。


「何を、してたの?」


 そんなわけがないのに、カルディアはまるでノイしか目に入っていないかのように、ノイから視線を離さない。


「なんで止めた? なんですぐに――助けを呼ばなかった?」


 土で縛りあげられた男の隣で、ノイは尻餅をついてカルディアを呆然と見上げていた。


「ノイ、答えなさい」


 ノイは答えられずに押し黙った。その態度に腹を立てたのか、カルディアが強くノイを睨み付ける。


「ノイ!」


 呼ばれ、ノイは目を閉じる。

 そして目を開くと、カルディアの赤い目を真っ直ぐと見た。


「……魔王の器の代わりは、きっと見つかる」


 沈痛な面持ちでそう言ったノイに、カルディアの目が見開かれる。

 空に舞っていた髪が背に落ち、散っていた火花がぽとんぽとんと地面に落ちる。


「……知って――」


「魔法は万能じゃない。もし剣で死ぬなら、お前よりも、その内死ぬ予定の、私の方がいいと思った」


「何を――」


 カルディアがよろりとノイに近付いた瞬間、男が動いた。カルディアの注意が逸れ、魔法で操っていた土の制御が緩んだのだ。


「ッ――ノイッ!」


 カルディアが叫ぶ。


 しかしその時には、ノイは男に引きずられ、地上に向かって飛び降りていた。





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イメージイラストはくろこだわに様に描いて頂きました。
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