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06:師匠と弟子


 ぼんやりと考え事をしていたカルディアに、入道雲を見つめていたノイがおもむろに口を開いた。


「――空が青いのは何故だと思う?」


 突然の問いかけに、カルディアはすぐに返事が出来なかった。とりあえず、ノイを見習って空を見上げてみるも、答えが映し出されているわけもない。

 ただ、「わからない」と答えるのは嫌だった。


「……太陽の色が、青いからですか?」

 なんとか捻り出した答えは、到底満足いかない出来だった。


 夕焼けは、太陽のオレンジを吸い込んで赤くなる。ならばとこじつけてはみたが、入道雲の上で輝いている太陽は、どう頑張っても青とは表現出来なかった。


「青い太陽! そうかもしれんな。ここからでは白く見えるが、実際に近付いてみたら、青いのかもしれん」

 というのに、ノイはカルディアの答えを笑うどころか、感心したように頷いた。


「私もな、弟子の頃、師に同じ質問をされた。その時私は、泳ぐためだと答えた」

 空を泳ぐなんて、カルディアは考えたことがなかった。突飛なノイの考えを辿る。

「……海と、同じだからですか?」

「そうだ。泳げそうじゃないか」


 言われてみれば、そうな気もする。というか、ノイが言うなら、本当に泳げそうな気がした。


「けれど、人には、魚の尾も、鳥の翼も生やせない。空を泳ぐのは割合早くに諦めてしまった」


 万能にも思える魔法だったが、欠点もあった。

 魔法は、魔力を持つ物体に干渉することが、非常に困難とされる。

 しかしこの「非常に困難」という表現は、「干渉できない」ということを完全に立証出来ていないために使われているだけに過ぎなかった。

 現在の魔法使いの中では「魔力を持つ物体に魔法は干渉できない」という見解が、主流とされる。

 すなわち「人に翼を生やす」なんてことは、魔法をもってしても夢物語なのである。


 魔力の量は、種族や個体によってそれぞれ異なる。簡単な伝言を運ぶ程度の魔力しか持たない符翼鳥(アイオログラフ)もいれば、人を遙かに凌ぐ魔力量を誇る(ドラゴン)もいる。


 人は、体内に維持できる魔力量が、多くの魔法生物よりも大きかった。そのため、あらゆる魔法生物を手懐け、生活のために使役していた。


 魔法を使えば魔力は減る。ただ、十分な休息を取れば、減った魔力は回復する。

 ノイはその魔力量が、幼い頃から他の魔法使いよりも抜きん出ていた。彼女に追いつける魔法使いは、誰もいない。


 だからノイは、誰よりも大きな魔力を持つ国一番の魔法使いとして、魔力で(ことわり)を殴る方法を探している。

 すなわち――大量の魔力ならではのアプローチで、魔力を持つ物体に魔法が干渉する方法がないかという研究を、この山奥でしているのである。


 そのことを、これまで魔法と縁のない生活をしていたカルディアは、たった一度の説明ですんなりと理解した。


「――そうそう。空が青い理由!」

 つい話が逸れてしまった。とノイが手を打つ。ノイは話し方も、こうした動きもかなり古くさいのだが、カルディアはそんなところも師匠が国一番に可愛い要因の一つであると感じていた。


「空が青いのはな、この土地の記憶のせいらしい」

「土地の……記憶?」

「そう。この土地が、空は青いものだと記憶しているんだそうだ。だから、赤くなっても、黄色になっても、紫になっても、最後には青に戻る」


 カルディアは、じっと空を見上げるノイを見た。突拍子もない話に思えても、ノイが言えば自然と信じられる気がした。彼女は不思議と、そういう雰囲気を持っていた。


「――冬の後に春が来るのも、土地の記憶ですか?」

 気付けばそう口にしていた。ノイはカルディアを見下ろし、目を見開く。


「天才か?!」

 ノイはカルディアの頭をわしゃわしゃと撫でた。


「天才! 天才だ! 私の弟子は本当に凄い! なるほど、その通りだ! それも、土地の記憶に違いない」


 ノイが春のように明るく笑う。

 カルディアは、この笑顔を見るのが好きだった。


(こんな風に笑ってもらえる間は、きっと――ここにいても大丈夫)


 打算と不安が入り交じり、常に不安が勝っているような心境だった。そしてこの目を向けられた時だけは、不安が消えてくれるのだ。


「それにしても。カルディアは魔力を撚るのが上手いな。かなり早いが、次に進んでもいいかもしれない。こんなに飲み込みの早い見習いは、初めて見たぞ。カルディア!」


 笑顔に加え、ノイは身振り手振りでもって、目一杯にカルディアを褒めた。こうまでくると、流石にこそばゆい。カルディアは控えめに笑った。


「よく頑張った弟子にご褒美だ。今日は共に、街へ行こう」


 街とは、この山の麓にある王都の市街地である。多くの店や家屋が並び、王宮を囲む街は常に活気に溢れている。

 久々の街である。カルディアはパッと喜色を浮かべたが、すぐにどんよりとした。


「ど、どうしたカルディア」

「……僕、街には行きたくありません」

「そうか! よし! なら家にいよう! 家でも面白いことが出来るぞ! このお師様と玉蹴りでもするか!? 小屋を爆発させたっていい!」


 俯いたカルディアの前で、ノイが手をジタジタと、足をバタバタとさせる。ノイに気を遣わせたことが申し訳無く、カルディアは更に表情を曇らせた。

 そんなカルディアを見てノイは「あー」と唸り、次に「うー」と唸った。そしてしばらく黙り込んだ後、ゆっくりと口を開く。


「……だがな、カルディア。街に行けば、甘い蜜のかかった菓子を食べられるぞ。ハトの丸焼きもきっとあるし――最近流行りの、湯気で蒸したカブも置いているかもしれん! お前が欲しいと言う物は、全て買ってやる」


 街への誘い文句が全て食べ物なことが面白くて、カルディアは僅かに表情を和らげる。

 微笑を浮かべたカルディアを見て、ノイはあからさまにほっとする。


 ノイがカルディアを街に連れて行きたい理由はなんとなくわかっている。

 未だに、カルディアの衣類を揃えてやれていないことが気がかりなのだろう。

 エスリア王国の服は男女ともに、ゆったりとした上衣(うわぎ)を、腰帯で締めるかたちが一般的だ。そのため、ノイの服が大きくても、カルディアはさほど不便に感じたことはない。これまで着ていたよりもずっと上質な生地に気後れする程だ。

 問題は靴だった。さすがに、成人女性のノイの靴を、カルディアが履くのは無理がある。今は袋状に縫った布に、足のサイズに切った薄い木の板を差し入れ、足首をヒモで縛るだけの簡易的な靴を履いている。


 カルディアと目線を合わせるべく、ノイが膝を曲げた。

「……もし、お前に不安があるなら。この師が取り除いてやる。なにしろ私は、国一番の魔法使いだからな」


 ペパーミント色の瞳が、カルディアの瞳をじっと見つめる。

 カルディアがふるりと唇を一度震わせると、ノイが手を握った。カルディアの小さな手を、ノイの柔らかい手が包み込む。


「言ってごらん。私の可愛いカルディア」


 優しい声がカルディアの体に染み込んでいく。

 カルディアは無意識に、手に力を込めていた。


(頼っても、いいの?)


 伸ばした手を拒絶された痛みを、カルディアは忘れていない。あの日のことを、ノイの家にやってきてからも毎晩のように、夢に見る。


 けれど――カルディアは己の手を見た。

 手は伸ばさずとも、繋がれていた。カルディアが伸ばす前から、ノイは手を掴んでくれているのだ。


(本当に?)


 カルディアはノイの目を見返した。ノイはカルディアに「信じろ」とでも言う風に頷いた。


 勇気をもらったカルディアは、ノイの手を強く握りしめながら、口を開いた。


「――僕、魔王だから」


「人だ」


 間髪入れずに、ノイがカルディアの言葉を訂正する。

 ノイに「人」と言ってもらえるのは嬉しかった。

 けれど、カルディアの中に魔王がいる事実は変わらない。


「お師様以外は……弱い」


 だから、街へ行くのは嫌だった。もしカルディアが魔王になってしまった場合、街は混沌となるだろう。多くの人が巻き込まれるかもしれない。


「僕が育った教会があるんです。皆に、何かあるのは、いやだ……」


 カルディアにとって、いい思い出よりも、辛い思い出の方が多くなってしまった場所だが、だからと言って滅ぼしたいと望んでいるわけでもない。

 ノイがカルディアの体を抱き寄せた。くっつくノイの体温に、カルディアは少しずつ落ち着きを取り戻し始める。


「お前は本当に、優しい子だ」

 囁かれるノイの声は涙混じりになっていて、か細く震えていた。


「安心しろ。お前に何かあれば、すぐに私が対応する。約束だ」

「でも、街は人が多くて……はぐれるかもしれません」

「なに」


 繋いだままの手を、ノイがカルディアにも見えるように持ち上げた。

 涙の膜を張ったペパーミント色の瞳が、柔らかく細まる。


「ずっと、こうして手を繋いでいれば大丈夫だ。だろう?」





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イメージイラストはくろこだわに様に描いて頂きました。
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