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64 : 嘘ばっかり


「カルディア様は、そなたを」

 ――殺そうとしている。


 パンセリノスの口の動きを見た。声も聞いた。

 けれど、その言葉の意味が理解出来なかった。


「――……え?」

 ようやく吐き出せた言葉は、あまりにもいとけなかった。


 パンセリノスの眉根に皺が寄る。沈痛な面持ちは、彼がノイの心身を慮っていることが伝わって来た。


「カルディア様は、そなたを大事に思っている。これは間違いない。ただ――それ以上に、憎んでいる者がいる」


 ノイは目を見開いた。

 一瞬にして思い浮かんだ考えを、そんなはずはないと自分の中で打ち消した。


(――あれは私が浄化した。星詠みの魔法使いの(せん)が、外れることはない)


 ノイは自分の魔力もだが、それ以上に、星詠みの魔法使いを信頼していた。彼の占いが外れたところを、ノイは生まれてから一度も、見たことがなかったのだ。


(だから、そんなことは、あり得ない)


 嫌な予感が、ノイを襲う。

 心臓の音が大きく鳴りすぎて、外まで聞こえてきそうだった。

 そんなノイの耳に、残酷な事実が飛び込んできた。


「カルディア様の体に巣くう――悪しき魔の王を」


 ノイは、持っていたカップを床に落とした。

 分厚い絨毯の上で、カップがコロコロと転がる。


「……魔王」

「知っておるのか」


 ぽつりと呟いたノイに、パンセリノスが片眉を上げる。

 ノイはカップが落ちたというのに、拾うことも出来ず、また、彼の質問に答えることも出来なかった。


(私が……浄化し損ねた……?)


 絨毯に広がっていく茶の染みを見ながら、ノイは呆然とした。

 言葉を失い、茫然自失するノイに、パンセリノスが静かに続ける。


「知っているなら話は早い。カルディア様はそなたを利用して、魔王を倒そうとしている」


 パンセリノスの声が、右から左に抜けていく。


「そなたは魔法陣に明るいと聞いている。カルディア様が、師より受け継いだ魔法陣が、この屋敷の何処かにあるだろう」


「陛下、先生が――」


「そなたなら何かわかるかもしれん。それを見て、判断しても良い。助けを求めたくなったら、オルニスに言いなさい。余が力になろう」


 台所の窓から森を見張っていたオルニスがパンセリノスに声をかけると、彼は早口で言い切った。

 しかしノイはあまりにも動揺していて、返事の一つも出来ない。


「庭にルクセがいるじゃないか――ああ、やっぱり。暇な老人が遊びに来てたか」


 ノイが黙り込んでいると、玄関のドアが開いた。それは、霊廟に籠もると夜中まで帰って来ないはずの、カルディアだった。

 森から翔翼獅(ゼピュライ)が見えて、早めに切り上げて来たのだろうか。


「老人とはなんです。年下に向かって」

「俺はまだお爺さんじゃない」


 先ほどまでノイに真剣な顔をして語りかけていたパンセリノスは、そんな気配を全く滲ませない声色でカルディアと会話をする。しかしノイは、俯いたまま顔を上げることさえ出来なかった。


 顔を真っ青にしたノイが小刻みに震え、呆然としていることに気付いたカルディアが、すっと目を細める。


「……パンセリノス。まさか、俺の花嫁さんをいじめてた?」

「バレましたか。あまりに可愛かったので、カルディア様みたいな性悪ではなく、孫の花嫁にならないかと口説き落としていたところです。立派に邪魔をしてくださいましたよ」

「それはいいタイミングだった。花嫁さん、そんな馬鹿な話、真に受ける必要はないからね」


 カルディアはノイを抱き上げる。しかし、ノイがいつものように身を預けないことを不審に思ったのか、カルディアは眉を上げる。


「花嫁さん?」


 ノイはいつものように笑い返したつもりだった。


 だがカルディアが息を呑んだことで、失敗したことをノイは悟った。




***




「あった……」

 クローゼットの裏側に手を伸ばしたノイは、紙の束を掴んだ。


 ――カルディアは昔から、何かを隠す時はここに隠した。


 まさか百年経っても変わっていないとは思ってもいなかったが、人間の本質は変わらないということだろう。


 ノイを衰弱させたパンセリノスは、カルディアによって叩き返された。「王様にただ緊張していただけだ」と伝えたが、カルディアが信じてくれたかは怪しい。

 疲れたから休むと言って、ノイは夕食も食べずに一人カルディアの部屋に戻っていた。夕陽が射す床にクローゼットの裏から引っ張り出してきた紙を広げる。

 真新しいものから、とても古びた紙まで様々な紙があった。その全てには複雑な模様――魔法陣が書かれてある。

 細い両手を床に突いて、ノイが紙を覗き込む。


「……転移魔法」


 ノイはその紙を隅々まで見つめた。

 何枚もある紙は、枚数を重ねるに連れ、細かく全体を調整し、魔法が最適に稼働するように手を加えられていっている。


「――なるほど」


 魔法陣には意味があり、意味があれば読み解くことは可能だった。


 これはかつて、ノイが開発していた転移魔法の魔法陣だ。


 カルディアはノイの遺した未完成の魔法陣で水幻站(モノノエキ)という魔法道具を生み出していた。魔力を持つものに干渉しない水幻站(モノノエキ)は、比較的実現が可能な範囲の魔法だ。

 勿論、カルディアの飲み込みの速さと、たゆまぬ努力、そして彼が魔法の研究に没頭できる長い歳月があったからこそ生まれたものであって、普通の魔法使いであれば、志半ばで頓挫していたことだろう。


 ただノイは、カルディアは水幻站(モノノエキ)を作るさせることで、転移魔法を完成させたのだと、そう勘違いしていた。


 けれど、違ったのだ。


 魔力に干渉しない水幻站(モノノエキ)は、ただの習作。それを足がかりに――カルディアは、魔力をもつものに干渉する存在すらも、転移する魔法を編み出していた。


「……あぁ。いつも……見ていたものな……」


 魔法陣を指でなぞる。カルディアの作った転移魔法の魔法陣には、浄化魔法の時にノイが力業でねじ込んだ、魔力に干渉する魔法陣が埋め込まれている。ノイが膨大な魔力で押し切ったように、カルディアも、彼の抱えるおびただしい魔力で押し切るつもりなのだろう。


 ノイは首を反らし、目を瞑る。


「……魔王を私の中に移してから、殺すつもりなんだな」


 魔王は、宿り主の魔力を何倍にも増幅させる特徴を持っていた。今、カルディアが無尽蔵に魔力を使えているのも、その特性が関係しているのだろう。

 今は彼の自我が魔王を抑え付けているようだが、その主従関係がいつ反転するかはわからない。


(――百年生きているのも、魔力の質が変わったのも、これほどの島を浮かせ続ける魔力があるのも、わかってしまえば簡単だ……)


 カルディアの体の中にはまだ、魔王がいる。


 何故そんな簡単なことが、思い浮かばなかったのだろう。ノイは己の暢気さに呆れた。


(守るだなんだの言っておきながら――私は、全てをあの子に背負わせて……)


 震える唇を、ノイは小さな両手で覆った。


(……あの子は、怖いと泣いていた)


 きっと、いつ反転するのか、カルディア自身にもわからないのだ。

 今日かも知れない、明日かも知れない。そんな風に毎日に怯え、死ねば魔王を復活させるからと死ぬことも出来ず、彼は生きてきた――一人で。


 そして、ノイを見つけた。


 魔力を持たない、ノイを。


 魔力を増幅させる特性は、魔力を持っていなければ、何の意味も持たない。

 ゼロに何をかけてもゼロなように、ノイは魔力を持たないからだ。


 ノイを殺して魔王が羽化しても、魔力を持たない魔王なら、浄化も容易い。


(カルディアは、最良の道を選んだ)


 魔王の強さはノイ自身が身を以て知っている。


(魔王を殺すには、もう。この方法しかない)


 国一番の魔法使いを自負していたからこそ、最短の最適解に辿り着く。


 けれど、ああ――


『突然だけど、一目惚れしたみたいなんだ』


(嘘ばっかり)


 胸の奥が、ぎゅっとする。


「……ああ、なんだ。そうか」


 嫌いだから、痛むんじゃない。

 今度アイドニに会えたら、伝えてやらねばならなかった。


 ノイは胸の上に手を置いて、ぐっと強く押す。


「好きだから、痛むんだ」






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イメージイラストはくろこだわに様に描いて頂きました。
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