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04:師匠と弟子


「――お師様」

 二人での生活は、劇的に変わった。


「お師様。おはようございます」

 まず、朝寝坊が出来ないのである。


「……んん……? まだ昼前じゃないか……用なら後にしてくれ……」


 小さな手に揺り動かされたノイは、むにゃむにゃと布団の中に潜り込む。朝のやわらかな光がノイのベッドを照らし、二度寝に誘っていたからだ。


 しかし、ノイは瞬時に覚醒して、勢いよく体を起こした。


「朝ご飯!」


 ガバリと起き上がったノイが顔を動かすと、ベッドの傍で所在なさげに立っているカルディアを見つけた。

「すまない! お前に朝ご飯を食べさせねば。起こしてくれと頼んであったんだったな。そうだった、すまないすまな――ぶっ!」

 慌ててベッドから降りようとしたせいで、掛け布団に足を取られてノイはベッドの下に顔を打ち付けた。カルディアは慌てて、ノイを助け起こそうとしゃがみ込む。


「お師様! 大丈夫ですか!?」

「大事ない。それより、お前の朝ご飯だ!」


 地面に接着している上半身をずりずりと這わせて、ノイは完全に床に降り立った。そのまま立ち上がり、寝起きとは思えない頭の回転で朝ご飯のことを考え始める。


「いいんです。僕、一食ぐらい食べなくても――」

「駄目だ! 駄目駄目だ! そんなこと二度と言うな。私はお前を太らせることが、今の目標なんだからな!」


 ――カルディアを弟子に迎えて、三日が過ぎた。


 ゴシゴシとノイの手によって磨かれたカルディアは、随分とこざっぱりしていた。

 絡まりすぎて毛玉になっていた毛先は、どうしようもなかったために切り落とした。魔法以外のことはてんで不器用なノイが切り揃えたためかなり不格好ではあるが、カルディアは軽くなった髪に喜んでいた。

 体型に関してはまだ変化はないものの、顔色も肌つやもすこぶるよくなっている。このままノイと生活を続けていけば、その内しっかりと肉もついていくことだろう。


「でも――」

「でももだってもへったくれもない! ご飯と言ったら、ご飯だ!」


 カルディアと接す内に、ノイは彼のことが段々とわかるようになってきた。

 ともかくカルディアは、要求することが下手な子どもだった。

 ノイが与えなければ、何も欲しがらない。それどころか、ノイの家にある物にすら、勝手に触ってはいけないと思っているようだった。


(私が弟子の頃なんて――師匠の物は弟子の物、くらいの感覚だったがなぁ)


 ノイは、祖父に弟子入りした。そのため、祖父の抱える他の弟子よりも図々しかったのは否めないが、これほど遠慮をする弟子もいなかった。

 師匠と弟子というものは、ただ教えを請い請われる関係だけでなく、同じ家屋で暮らし、苦楽を共にする――いわば第二の家族である。

 カルディアには早く、眠っている師匠に悪戯をしかけ、一秒でも勉強の時間を減らさせようとする悪ガキに育ってほしいものである。


(手厚く世話してやるつもりだったが、風呂は初日以降絶対に手伝わせてくれなくなったからな……)

 怪我の確認も済んだため、カルディアの意思を尊重し、あれ以来共に入浴はしていない。


 ただ、ベッドが一つということもあり、一緒には眠り続けていた。床でいいと言い張るカルディアをベッドに引きずり込み、抱き締めて眠った。


 ノイは指先を動かして魔法で火をつけると、長い鉄の棒に芋を刺した。いつも通り薪の上に放り投げ、灰が噴き上がるのを、カルディアが控えめな表情で見ている。


「どうした? ……は! もっとか? もっと欲しいのか!?」

 芋を追加しようとしたノイに、カルディアが慌てる。

 両手をブンブンと振った際に、着ているノイの服もバサバサと揺れる。


「大丈夫です! 十分です!」

「そうか? もっと食えるようになったら言いなさい。十個でも二十個でも。こう見えて金には困ってないんだ。好きなだけ、食わせてやるからな」


 カルディアは「はい」と殊勝に頷いた。素直な弟子に満足して、ノイは笑みを浮かべた。




***




お師様・・・は、変な人だ)


 いつも何か食べているし、調理は焼くことしか出来ないし、そのくせ焼き方は雑だし、おまじないをかけたがるし、一緒のベッドで眠りたがる。

 人のぬくもりと共に眠りにつき、温かいままに目覚める心地など、カルディアは初めて知った。


(変な人)


 誰もが「魔王」になったカルディアを恐れ、卑しめたのに、ノイは彼を「人」と言い切った。

 更には、自分が一番強いから、魔王なんて怖くないと言う。


(それに――)


『違う! 人だ! ――そして……これからは、私の弟子でもある!』


 もう誰も触れなくなった自分を、「弟子」と言って、抱き締めたがる。

 目の前で山盛りの芋に齧り付いているノイを見て、カルディアはぼうと考えていた。

 この三日間、彼女の弟子になってからというもの、知りもしない温もりの中にいた。





 ――カルディアは幼い頃、両親に捨てられた。


 身寄りのない子どもを育てる施設の前に置いて行ってくれるような気の利いた親では無かったので、カルディアはずっと、両親が帰ってくるのを、それまで彼らと生活していた場所で待ち続けた。

 親の帰りを待ち続けて、何日が過ぎたかわからなくなった頃、見るに見かねた隣人により、カルディアは教会へと連れて行かれた。


 教会ではまともな待遇を受けた。早朝からお祈りがあったり、昼夜問わずに年下の面倒を見たり、畑の手入れをしたり、地域の商店の下働きに駆り出されたりと、楽な暮らしではなかったが、少なくとも一日二度の食事にはありつけていた。


 面倒を見てくれるシスター達は皆親切だったが、仕事以上の感情を寄せてはくれることはなかった。当然だ。生きていくのは子どもでも、大人でも、大変なことだったから。

 住まわせてくれるだけありがたかった。大人になってこの場所を出て行くまで、こういう日々を過ごすのだろうと、漠然と思っていた――ひと月前、王宮から使者が来るまでは。


『星詠みの魔法使いの(せん)により、その者が魔王であると判明した。王命により、身柄を拘束する。抵抗はするな』


 抵抗をする者など、誰もいなかった。カルディアを庇う者も、カルディアを守ろうとする者も、カルディアを引き留める者も。


 けれど一度だけ、手を伸ばした。


『嫌だ! シスター、止めて! ここにいたい!』


 鎧を纏った使者に押さえ付けられながら伸ばした手は、甲高い悲鳴と共に跳ね退けられた。「呼ばないで!」と叫ばれた金切り声が、耳の奥から離れない。

 恐怖に染まり上がった彼女達の表情は、カルディアから力を奪った。前を向く力も、立ち上がる力も、再び手を伸ばす力も。


 それからのことはよく覚えていない。けれど、誰も自分を助けてくれることはないと、わかっていた。無条件の愛をくれるという親もいなかったし、自分の手を引いて教会まで連れて行ってくれた隣人はそこにはいない。いいや、たとえ隣人が目の前に現れたって、魔王になった自分を助けてくれるとは、到底思えなかった。


 だからだろうか。


『お前、名は?』


 誰かに二度も捨てられた自分が、おが屑よりも見窄らしく思えて仕方なかった。そんな自分を表す名前を、こんなに光り輝く彼女に知られるのが嫌で、口ごもってしまった。


 ノイは鈍いくせに、この時ばかりは彼の心の痛みを正確に察知して、新しい名前をカルディアに授けた。


 ――カルディア


 新しい自分の名前が、彼女の声で紡がれた響きが、カルディアの心臓を高鳴らせた。


 こんな喜びは、燦めきは、尊さは初めてで、気付けば笑っていた。


(変な人で……本当に、国一番の魔法使い)


 ノイは簡単にカルディアを幸せ(・・)にした。こんな魔法、きっと国一番の魔法使いでもなければ、使えるはずがない。





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イメージイラストはくろこだわに様に描いて頂きました。
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