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48 : 紡ぐは糸か恋か


 リナリーはぶるぶるぶると首を横に振った。しかし、アイドニは引かなかった。


「わたくしが手伝いますわ!」

 アイドニの芯の通った真っ直ぐな声が、仕立て屋に響く。

「糸そのものに魔力を編み込んだことはありませんが、魔力の扱いは得意ですの。きっとお役に立ってみせますわ」

「で、でも、同じ糸を二人で紡ぐことは……」


 魔法に干渉できるのは、一つの魔法につき一人。それが世の理だった。

 二人で同じ刺繍針や包丁を持てないように、一人の人間が生み出す魔法は、その人間しか扱えない。


「わたくしが糸を紡ぎ、貴方が織っても構いませんし、縦糸と横糸をそれぞれ紡いでもかまいません」

 だが、必要なのが糸では無く布ならば、分担する術はいくらでもあるとアイドニは主張する。

「わたくしを、糸を紡ぐ魔法道具と思って使ってくださいまし。住み込みで働かせてくださいませ。眠る場所がなければ、床にでも転がしていただいて結構ですわ」


「な、なんでそこまで……うちじゃなくても……」

 リナリーはたじろいだ。


「他の店に断られて困ってる、という理由ももちろんありましてよ。ですが、わたくしは――どうしても、この布で作ったドレスを纏った、ノイ様を見たいと思いましたの」


 アイドニが食い下がると、リナリーの頬に赤みが差した。


「それに、貴方の色使い。わたくしとても好みでしてよ。貴方が一から仕立てたドレスを、見てみたいと思ったんですの」

 リナリーはアイドニの強い言葉に息を呑むと、俯いていた視線を上げ、こくんと頷いた。


「……わかりました。やってみます」

「やったぁ! かまいませんわよね、カルディア様!?」


 リナリーの決意に両手を挙げて喜んだアイドニは、財布を振り返った。満面の笑みで同意してくれると思っていたのだろうカルディアは、しかし渋い顔を浮かべていた。


「うーーーん……」


 アイドニとリナリー、そしてノイの顔に、冷や汗が垂れる。


「この布は素晴らしいし、ドレスを作ってもらうのは非常に助かる。けれどね、アイドニ。俺は君を、つむぎの郷から預かっている。可愛いアイドニに労働をさせた上に、見知らぬ場所に泊まらせるなんて、俺は自分を許せなくなるよ」

 勢いが溢れていたアイドニとリナリーが、一瞬で萎れた。


「うちにとっても、大きな仕事は大助かりだ。こう見えて私は、昔は王宮に勤めていたこともある。責任をもって彼女を迎えよう」

 王宮に勤めていた魔法使いということは、国お抱えの王宮魔法使いということだ。百年前のノイと同じ経歴の持ち主である。


(余生を孫娘の笑顔のために過ごしておられるのか)

 王宮魔法使いともなれば、引退後も引く手数多だったろう。だが彼女は、この小さな、そして愛情溢れる店を選んだのだ。


「貴方は信用に足るお方だと、理解はしております」

 しかし、カルディアは微かな笑みを向け、イボミアの厚意を断る。

 しんと静まり返った仕立て屋に、一つのため息が溢れる。


「……なら、僕も泊まり込みます」

 そう言って手を上げたのは、オルニスだった。

「その辺の床を貸してください。何処でも寝られますので」

 その大きな瞳から、今にも涙が零れそうになっていたアイドニが、顔を上げる。


「カルディア様の隣に立つのに、見窄らしいドレスで行かせるわけにはいきませんから。僕が護衛として、アイドニの側にいましょう」


 オルニスの言葉に、ノイも小さな手をピンッと立てる。

「な、なら私も――!」

「芋もろくに焼けない貴方に、何が出来るってんですか? 貴方が来れば、先生も来ることになるでしょう。大勢でお邪魔するのは、イボミアさんにご迷惑を掛けるだけです」

 けんもほろろにオルニスに切り捨てられ、ノイはガーンっとショックを受けた。


 しくしくしくと泣くノイを笑ってあやすカルディアが、オルニスに目線を向けた。それは一人の弟子を信頼した、師匠の目だった。


「任せていいんだね?」

「この身を賭して」


 両手の指を交差させ、オルニスが頭を下げる。


「……大変心苦しいが、子ども達をよろしく頼む」


 カルディアは深々とイボミアに頭を下げると、彼女はにっと笑ってそれを受け入れた。




***




 ノイはその夜、カルディアと二人で過ごしていた。

 貴族は、自らの領地にカントリーハウスを、そして王都にタウンハウスを持ち、社交シーズンにあわせて二つの家を行き来する。

 しかし、王都に来る予定が皆無だったカルディアに、タウンハウスなんて気が利いたものはない。二人は王都の宿の一室に泊まっていた。


 客室は広さこそないものの清潔だった。カルディアにとっては、快適な寝具があればそれでいいのだろう。羽振りの良い貴族や商人が泊まる贅をこらした宿ではなく、旅をする人間が気軽に泊まるような宿だった。馬を預ける厩もあり、御者にも一部屋与えている。


 それに、窓からの景色は豪華だった。窓を開ければ、王都の美しい夜景が一望出来る。窓から夜景を見ていたノイに、カルディアが話しかけた。

「出際、何の話をしていたんだい?」

 店を出る間際、ノイはお針子のリナリーに引き留められていた。

「ドレスの参考にしたいと、好きなモチーフを聞かれたんだ」

「へえ。なんて答えたの?」

 寝支度を整えたカルディアが、ベッドにしなだれてノイを手招きする。ノイは窓を閉めると、とたたたと近付いた。

 そして片膝をついてベッドに上りながら、カルディアの問いに答えようと口を開き――閉じた。


(……なんでだろう。なんか、むずむずする)

 ノイはリナリーに、星と答えた。

 カルディアと出かけた夜の湖で見た星の美しさを、忘れられなかったからだ。

 けれど、その思い出から好きなモチーフを選んだのだと彼に伝えるのが、なんとなく恥ずかしくなった。


「……ええと、なんだったかな。忘れてしまったなあ」

 斜め上を向き、汗をだらだらと流しながら言うノイに、カルディアは片方の眉を上げた。しかし、どれほどノイが棒読みをしたとしても、カルディアは突っ込んで聞いてくるような野暮な真似はしない。

「そうなんだ。思い出したら教えてね」

 ノイの白い髪を少しだけ指にとり、カルディアは自分の唇に寄せる。たったそれだけのことに、何故か最近、胸がぎゅっとするようになった。


「灯りを消すよ」

 カルディアが魔法で、灯りを落とす。

 二人で同じベッドに横になることに、もう何の疑問も違和感も抱かない。カルディアはノイの額におやすみのキスを落とすと、長い黒髪をシーツに広げ、仰向けになって眠ろうとしていた。

 行儀良く横になったノイは、先ほど痛んだ胸に手を当てた。


『嫌いだと、ここが痛むんですの』

 涙に震える声でアイドニが教えてくれた言葉を思い出し、ノイは怖くなった。


(アイドニは、嫌いだと、ここが痛くなると言っていた……)

 ノイは自分の服を小さな手で掴む。

(……私は、カルディアのことを、嫌いなのか?)


 ここがぎゅっとなる時にはいつも、カルディアのことを考えている。

 アイドニが嘘をついているとは思えなかった。彼女はあんなにも震えていたのに、自分の傷をノイに見せてくれた。


 オルニスが自分も仕立て屋ニーマに残ると名乗り出た際、アイドニは唇を噛みしめていた。喜びも悲しみも安堵も、どんな表情も顔に出しまいとして。


 オルニスが関わると、アイドニは落ち着きを無くす。だからこそ、嘘だとは思えなかった。


(……でも。私がカルディアを嫌いだなんて。そんなこと、あるわけない)


 怖くなったノイは、もう眠っているかもしれないと思いつつ、カルディアに声をかけた。


「カルディア」

「……うん」


 予想通り、カルディアの声は半ば眠っていた。既に体の半分を、夢に預けているのだろう。ノイも目を閉じ、自分の心の思うままを言葉にした。


「私は、お前が好きだよ」

「え?」


 言葉にすれば、簡単だった。こんなにストンと胸に落ちる。

 安心したノイに、一気に眠気が襲ってきた。


「……今、なんて?」


 カルディアが起き上がる。


「ふぁあ……おやすみ、カルディア」

「え、ちょ、花嫁さん?」


 ノイは眠気に身を委ねる。今日一日、なんだかんだと走り回って、くたくただったのだろう。すぐに瞼がひっついて、開かなくなった。


「ねえ、ちょっと、君。花嫁さん?」


 カルディアは一度ベッドに入ると、何があっても眠ろうとするのに、珍しいこともあるものだと、夢うつつになりながら、ノイは考えていた。





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イメージイラストはくろこだわに様に描いて頂きました。
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