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47 : 紡ぐは糸か恋か


「まさかあんた達がドレスを欲しがってたとはね。――さあ、ここさ。入っておいで」

 望みの服が手に入るかはわからんがね。と付け足して、年嵩の魔法使い――イボミアと名乗った女性は、一軒の店に入っていった。


 王都の一角に佇む仕立て屋ニーマは、こぢんまりとしていた。

 建物は古び、刻んできた年月を感じさせる。それになんと、ガラスが一枚割れていた。


 アイドニは表情にこそ出さなかったが、がっかりとしているのだろうなとノイは思った。

 彼女は、本に書かれていた煌びやかな店で買い物をしたかったに違いない。

 この店は、彼女が憧れた店からはほど遠い外観をしていた。


 彼女の腕には、オルニスに投げつけた本がある。先ほど、オルニスから渡されたのだ。

 二人の間にはまだ会話はなかったが、だからと言って、互いに不自然に避けたりすることもなかった。


 玄関ドアには小さな鈴が吊されていて、来客を告げる柔らかな音を奏でる。

 店内に足を踏み入れると、窓から差し込む優しい光が店内を照らしていた。

 あたたかな木の床は綺麗に磨かれていて、服を扱う店なのに、糸くず一つ、埃一つ見当たらない。

 店内に唯一あるカウンターの横で、一人のお針子が黙々と作業をしていた。その横には、古びた縫製道具や針箱が置かれている。

 使い古されたくたりと柔らかな生地にまた命を吹き込むように、お針子が一針一針丁寧に針を運んでいた。


 ノイが割れた窓ガラスをじっと見ていると、イボミアが舌打ちをして指を動かす。すると、瞬く間に窓ガラスは元の位置に戻――りはしたものの、そのひびは健在だった。


「以前来たヒュエトス魔法伯爵とやらが、うちの商品を馬鹿にしてなぎ倒した時に割ってったんだよ。魔法でどうにかくっつけているけどね。この通り、私がここから離れるとすぐにこうさ。新しいガラスを買おうにも、あいつが暴れてから、とんと客足が遠のいてしまってね。全く、馬鹿な騒ぎに巻き込まれたもんだよ」

 ガラスは高級品だ。割れたからと、すぐに買い直せるものでもない。


「ああ、おばあちゃん。お帰りなさい」

 作業に集中していたお針子が、話し声で我に返ったのか、慌てて立ち上がる。

 こぢんまりとした店で店番をしていたのは、一人の年若い少女だった。質素な風合いの服だが、センスの良さが感じられる色使いだ。


「あら? お客様も? いらっしゃいませ」

 慌てて、ぺこりと頭を下げると、彼女の二本のお下げが大きく揺れる。あたたかな笑顔が、先ほどまで怒濤の中にいたノイ達の心にホッと一息つかせる。


「リナリー! この子達が、今度の舞踏会に着ていくドレスを探してるって」

「今度の舞踏会って……王宮主催の? おばあちゃん! うちはそんなご大層なドレスは作れないって、何度も説明してるじゃない!」


 リナリーと呼ばれた孫娘は、悲鳴にも似た声で叫んだ。


 この店は仕立て屋と言っても、オートクチュールの専門店ではなく、庶民用に吊しの商品を扱っている店のようだった。

 ポールには、似たデザインの落ち着いた服が控えめに並んでいる。貴族や裕福な家から流れてきた服を、染め直したり、寸法を合わせたりして、一般家庭でも手が届きやすい品に作り直して、送り出すのである。


「あんたなら出来る。私はいつだってそう言ってるだろう? これまでは、機会に恵まれなかっただけ。いい機会じゃないか。何と言っても、この子達は私に恩がある。練習台にはぴったりだ」

「おばあちゃんっ……! お客様の前でなんてことを!」

 リナリーはそのまま後ろに倒れてしまいそうだった。卒倒しそうな孫娘が不憫になり、ノイは笑いながら会話に入る。


「実は何処の店にも断られて、ほとほと困っていたんだ。どんな服でも、ありがたい」

「お嬢様……お嬢様はまだご存知ないかもしれませんが、王宮にうちなんかの服を着ていったら、指を差して笑われてしまいます」

 可哀想なほどに顔を青く染めて、孫娘は首を横に振った。


 ノイは以前、王宮で働いていたことがある。

 そこに出入りする人間を間近で見ていたし、舞踏会にだって呼ばれたことがある。


 要するにノイは知っていた。この店の服では、ドレスコードとして相応しくないと。


 けれど、それでも構わなかった。それだけ、カルディアのためなら覚悟があったのだ。恥をかいてもいい覚悟が。


「財布は重たいのを連れてきている」

 ノイがカルディアの服をつんつんと引っ張ると、アイドニがふふっと笑う。


「……ねぇ君。あれは、売り物じゃないのかな?」

 店に入ってきた後、ずっと商品を眺めていたカルディアが、すいと壁に掛けられている布を指さした。


 それは、ストールほどの大きさの布だった。藍色の糸で織られた、きめの細かい美しい布。一見、何の変哲もない布に見えるが、ノイはその布を見て「あっ」と声をあげた。


「……糸に、魔力が編み込まれている?」

「お嬢ちゃん、目がいいね」

 背の高いイボミアが、すっと手を伸ばして布を取る。ノイ達はイボミアの手にした布を、囲んで見つめた。


「……魔法陣?」

「いいえ、魔法陣は見当たりませんわ。ですが、糸に魔力を溶け込ませて、織っているようですわね」

「確かに。魔力と糸は相性が良い。何と言っても、歌にもなっているくらいだしね」


 魔法のこととなると、喧嘩をしていることも忘れて語り始めるのが、魔法使いである。オルニスに意見を言ったアイドニに、カルディアが同調する。


 魔力の撚り方は、糸の撚り方に似ている。

 そのため、魔法使い見習いの子どもは、魔法使いの弟子になったら最初に覚えさせられる歌があった。



 糸巻く糸巻く くるくると 廻りて紡ぐは (いにしえ)の糸

 伸ばして引いて からからら いざ始むるぞ 魔法の旅

 トゥララ ララ……


 糸出づ糸出づ さらさらと 空舞い踊るは きらめく糸

 彩り輝きて きらきらら 天の輪潜る 魔法の扉

 トゥララ ララ……


 糸編む糸編む ちくちくと 此方(こなた)から 彼方(かなた)へと

 望むがままに ひらひらら 魔法の糸で 願い叶えん

 トゥララ ララ……



 歌を通じて、学びや知識を楽しみながら覚えるためのものだ。

「この糸には、魔力を注ぐと光が浮き上がる魔法をかけているんです」

 リナリーがそう言うと、イボミアがふっと魔力を布に注ぐ。すると、みるみるうちに布が所々淡く光り始める。


「凄いな……」

 初めて見る技術だった。百年後にはこんなに凄い布が出来ていたのか、と感心するノイの隣で、アイドニが悲鳴を上げる。


「綺麗っ……こんな美しい布があるなんて!」

 アイドニの目は、先ほど仕立て屋エン・ディマで見たどの宝石よりも輝いている。

「是非この布で、ノイ様のドレスを作っていただけないかしら!?」

 ずっとしょんぼりとしていたアイドニが、今日一番の笑顔を見せる。


「ね! ノイ様! ノイ様もこの生地がよろしいでしょう!?」

「そうだな。絶対にこれがいい」

 アイドニの笑顔が嬉しくて、ノイもにこーっと笑顔になった。

 しかし、リナリーが勢いよく首を横に振る。


「む、無理です! おばあちゃんと二月かけて、ようやくこのサイズになったくらいで……王宮の舞踏会は、来週ですよね? 今から糸を紡いで、布を織って、ドレスを作るなんて……絶対に間に合いません!」






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イメージイラストはくろこだわに様に描いて頂きました。
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