40 : 布団に包んだ秘密
「――お、お前は世慣れてるように見える。普段からそういう態度を取っていると、更に女性を誘うのではないか?」
なんとか話を変えようと試みる。カルディアは、ただそこにいるだけで独特な色気がある。
「少なくとも、初摘み目当ての女狐にベッドに引きずり込まれることは無くなったよ」
「押し倒されてたじゃないか」
「ここでは無理だよ……皆、おしめをしていた頃から知ってるんだ。何をされたって、あの子達は叱れやしないさ」
納得はいかなかったが、カルディアがそう言うならと頷きかけたノイは、次のカルディアの言葉に、ぴたりと体の動きを止めた。
「――皆……百近く年下だからね。何をされたって、可愛いよ」
何故か、カルディアの頭を撫でていた手に、力が入らなくなった。
(……私も、お前にとっては百才も年下の、子どもだ)
本当に見た目通りの子どもではなくとも――二十六才だったとしても、うんと年下になってしまった。
彼が歩んできた道を知らず、彼の苦労も知らず、彼の決意も知らない。
人数有利を取りつつ、自分に無遠慮に触れる異性を「年下だから」と叱れない彼の寛容さにも納得出来ない、子どもだ。
(……そうか)
ノイも、彼女達と同じなのだと、言われているのと大差ない。
(そうかあ)
ノイが今こうして、彼と手を繋ぎ、頭を撫でていられるのは、彼にとって脅威ではないから。ノイが、彼の服を剥ぐ目的で、お腹に乗ろうとしないから。
(同じ、なのか)
なんだか自分だけが特別な位置にいるような気になっていた。
もしかしたら、それを見透かされていたのかもしれない。だから、釘を刺されたのだろうか。そう考えたら、途端に胸がぎゅっとした。
(……痛い。いつも、カルディアのことを考えると、ここが痛くなる)
不思議な痛みだった。しかし痛みに顔を顰めるわけにもいかず、ノイは慌てて笑みを取り繕う。
この沈黙を、何かで埋めたかった。
「さ、さっきな。お前が望んで女性といたなら、邪魔をしたなと思ったんだ」
「――は?」
控えめな笑みを貼り付けたノイに、カルディアが目を見張った。そして、ノイの肩を両手で握る。
「は? 何? なんでそんなこと言うの? 君は俺の花嫁さんでしょ?」
目を見開いたままのカルディアが、真顔でノイの目を覗き込む。その剣幕に、ノイはたじろいだ。
「も、勿論だ!」
「なら――」
「今は守ってやる。だが……いつかは、さよならする日が来るだろう?」
カルディアの深紅の瞳が見開かれる。
彼を安心させたくて、ゆっくりと話す。
「私はこの先大きくなるし、そうすればお前は私の事も気持ち悪――」
「ならない」
「なるかもしれない。それに冗談では無く、本当に気持ち悪くならない相手が、いずれ見つかるかもしれん」
カルディアが愕然とする。意味が伝わらなかったのだろうかと、フォローするようにノイは早口で続けた。
「今日、お前が新しい花嫁を探していると勘違いした時にも思ってたんだ。身を引いた後、こういう所で働くのもいいのかもなと――」
ノイの肩を掴んでいたカルディアの腕から、力が抜ける。
話せば話すほど、想像とはほど遠いカルディアの反応に、ノイは慌てた。
皆と同じだと遠回しに告げられたくせに、ノイはきっと浅ましくも、自分だけはカルディアの脅威ではないと証明したかったのだ。
だから言葉を尽くして、お払い箱になった後は潔く立ち去ると伝えているのだが、カルディアの反応は芳しくない。
「……カルディア?」
いつの間にか両手を寝台の上に落とし、俯いているカルディアを覗き込むために、ノイがそっと腰をかがめると、ぐいっと体ごと引っ張られた。
ノイはカルディアの胸に顔を埋めるかたちで、抱き締められて、寝台に横たわった。
「カルディア??」
いつも隣で眠っているが、こんな風に抱き合って眠ったことはない。
(へ、返事をしてくれない……)
ガーン、とノイはショックを受けていた。なんだかんだで大人になっても律儀だったカルディアは、ノイを無視したことなど無かったのに。
(何をそんなに怒らせてしまったんだ……?)
ぐるぐると考えてみたが、ノイには何もわからなかった。
(いいのか、カルディア。今日はおやすみのキス、していないぞ……?)
そっと顔を覗こうと、ノイが体の位置をずらすと、カルディアはぎゅっと強く抱き締めてきた。全く身動きが取れなくなり、ノイはため息を零して諦める。
(……そういえばカルディア。百年間生きてるって、白状したな)
だからと言って、何か変わるわけではない。ノイは元々知っていたからだ。
(でも、私にはぐらかすのを、止めたってことだ)
それは、単純に嬉しかった。ものすごく、嬉しかった。
ふふと笑って、ノイはカルディアの胸に鼻をこすりつけた。湯上がりの匂いがする。カルディアに抱かれたまま、ノイはいつしか眠ってしまっていた。