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35 : 花嫁探し


 オルニスに引っ張られるがままに立ち上がり、しょんぼり顔のノイは後ろをついていく。

 屋敷は広い。そこそこ長い距離を歩く間に、沢山の人を通り過ぎる。


「なーに可愛い子泣かせてんのよ」

「なんだオルニス、彼女か?」

「あのオルニスに春がねえ」


 通り過ぎる人は皆、オルニスに話しかけてきた。カルディアに弟子入りするまで、オルニスがここで過ごしていたことを実感させられる。


「全く、うるさいったらないね……」


 げんなりとした顔も、思春期に親戚から絡まれる若い男の子感が出ている。浮島にいる時のオルニスとは、また違った印象だ。


「ほら」


 ポイッとオルニスに放り込まれたのは、炊事場だった。

 そこは活気に溢れていた。熱気と下処理中の野菜の香りが一面に充満している。いくつもの長い調理台が並べられ、その上には鉄の調理器具や干し肉、香草がぶら下がっていた。

 壁際に備え付けられた釜炉(ヒノロ)の上では鉄の鍋が踊る。ノイが見たこともないサイズの、巨大な雪積宿(ツララノヤド)の横には、穀物や野菜がきれいに整頓されていた。


 前掛け(エプロン)を身につけた女性達が大声で笑い合い、指示を出し合いながら、調理台の周りをにぎやかに動き回っている。


「こっち」

 オルニスは勝手知ったる顔で炊事場を歩くと、食材が並んでいる場所までノイを連れてきた。そしてカブを手に取り、「ほら」と突き出す。


 ノイは何の疑問も持たずに、それを受け取った。そして、しゃくりと歯を当てる。

 しゃくしゃくしゃく、とカブを食べ進めるノイを見て、オルニスは幾分かホッとしたような息を吐く。


「こら! 何勝手に食ってんだい!」

 調理場にいた女性に怒鳴られ、ノイはびくりと体を揺らした。はわわと恐れるノイの隣で、オルニスはしれっと口を開く。


「客だよ。長旅で腹減ったんだって」

「お、お邪魔して、いや、ご馳走になって、います」

「あっ……お客様だったの。ごめんなさいね。……オルニス、あんた帰ってたんだね」


 ここにも、オルニスは知り合いがいるらしい。だが、相手はオルニスの帰郷を知らなかったようだ。広すぎる家のため、一度に顔合わせが出来ていないのだろう。

 ほっとしてまたカブをしゃくしゃくし始めるノイの隣で、オルニスが飽き飽きとした顔をした。


「この三日で百回は言われてるよ、それ」

「何! オルニスがいるって?!」

「ちょっとこっち! こっち来なさい!」


 魔法使いは縦社会だ。特に上に立つものが姦しい女性陣だった場合、その傾向は顕著になる。


 オルニスはぶつくさと文句を言いながら、調理台で呼ぶ女性達のもとへ向かった。四十代から五十代の婦人が多く、皆難しい顔をしている。


「メインは鴨のパスティにするつもりなんだけど、前菜で悩んでて」

「だから絶対、レバーのパテの方がお喜びになるって!」

「前回は魚の酢漬けを大層喜ばれてらした!」

「なあオルニス、カルディア様は何がお好きだい?」


 カルディアのための献立に悩んだ末に、常日頃から彼の食事番をしているオルニスに意見を求めたようだ。


「先生に好き嫌いはないよ」

「そうは言っても、好きなものくらいあるだろう!」

「だから、嫌いも無ければ、好きもないんだって。本当に何でも食べてくださるし、何かを食べたいと言われたこともない」


 オルニスの言葉に、ノイはぱちくりと瞬きした。その時、調理台の上に置かれている籠を目に留める。


「……この卵は? どうやって出すんだ?」


 これまでしゃくしゃくと静かにカブを齧っていたノイが話したことに若干戸惑いつつ、女性が答える。


「ああ、それはゆで卵さ。賄い用だよ」

「カルディアは、ゆで卵、好きだぞ」

「はい?」

「ゆで卵の時はいつも一つ、自分からおかわりする」

「え?」


 女性とオルニスが驚いた声を出した。

 カルディアは遠慮しいなので、ノイが皿にせっせとおかわりを入れなければ食べない小食な子だったが、ゆで卵の時だけは、自分からおずおずと手を伸ばしていたことを思い出す。


「なんっ――」

「コラあんた! カルディア様を呼び捨てにするなんて――!」

「このこしゃまっくれが!」

「第一、ゆで卵なんて簡単過ぎるもの、出せるはずないだろう!?」


 オルニスがノイに何かを言おうとするも、調理係の女性らの声でかき消される。


「なら、貴方の自慢の品を出せばいい」


 なんてことない風にノイが言う。

 女性は明らかにムッとした顔をした。

 オルニスがノイの横で、「この馬鹿」と呟く。

 その意図に気付かず、ノイは彼女らの目をじっと見つめた。


「カルディアは感謝を知る者だ。貴方達がこれほど悩み、真心を込めて作った料理なら、絶対に喜ぶ」


 ノイのひたむきな言葉に、女性らは毒気を抜かれて、互いに顔を見合わせる。


 そしてその時、調理場の重い木の扉が勢いよく開いた。


「――ちょっと! あんた達! カルディア様がこっちにいらっしゃるよ!」

「カ、カルディア様が!?」


 女性達は一斉に目を剥いた。


「もうそこまでお見えになってる!」


 外から走って来た女性がそう言うと、皆慌てて頭に巻いていたターバンを外し、腰を折った。

 一同の統率の取れた動きにぽかんとしているノイの頭も、隣にいた恰幅のいい女性に押さえ込まれる。


「ちょ、なんで私まで――」

「しっ、お黙り!」


 強い口調で言われ、ノイは思わず黙った。ノイが口を閉ざしていると、コトコトと鍋が煮える音に混ざって、小さな話し声が聞こえてくる。


「カルディア様、花嫁を探しに来たって本当かな?」

「じゃあ、ここにも私達を見に来たってこと?」

「やだ。紅塗っておけばよかった……お勝手にはいつもいらっしゃらないから……」

 若い女性らが、薄紅に頬を染めながら、前掛け(エプロン)を手ではたき、髪の毛のほつれを指でなぞる。


 いつもなら微笑ましいその光景が、今日は何故か胸に来る。


(……そうか。カルディアは……私じゃなくても良いんだな……)


 何に落ち込んでいたのか、ノイは今、はっきりとわかった。


 魔力がないことも、女性達のように美しくないことも、浮島を追い出されて住む場所が無くなることも、勿論悲しい。

 けれど何よりも悲しかったのは、カルディアがノイ以外に「花嫁役」を頼もうとしていることだったのだ。


(あんなに、花嫁さん花嫁さんと、言っておいて)


 優しく抱き上げ、目を合わせ、ノイのことをいつも助けてくれるから。


 ――ノイはいつしかすっかり、その気になってしまっていたのだ。


「いらしたわよ!」


 小声がしんと静まり返った調理場に広がる。





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イメージイラストはくろこだわに様に描いて頂きました。
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